大寒(だいかん)

今日は大寒(だいかん)、1年で最も寒い時期

いまちょっと外出して、帰宅するまでの10分足らず

ビル風が吹き付けて、余りの寒さに息が止まりそう!

という訳で、李白の「秋浦(しゅうほ)の歌」

白髪三千丈 白髪三千丈(はくはつさんぜんじょう)

縁愁似箇長 愁ひに縁りて箇(かく)の似(ごと)く長し

不知明鏡裏 知らず明鏡の裏(うち)

何処得秋霜 何れの処にか秋霜を得たる

口語訳:三千丈(約9km)もあろうかという私の白髪は、長年の愁いによって、こんなにも長くなってしまった。鏡の中にいるのは確かに自分のはずだが、全く知らない誰かを見るようで、どこでこんな秋の霜のような白髪を伸ばしてしまったのかわからない。

有名な「白髪三千丈」の元詩

老いの我が身の寒さ孤独さを歌っています

髪の長さに借りて、我が人生の長い年月を暗示

秋浦は地名で、晩年の李白が放浪の末にたどり着いた

知らず」という表現は、鴨長明「方丈記」にもありますね

知らず、生まれ死ぬる人、いづかたより来たりて、いづかたへか去る。

また知らず、仮の宿り、たがためにか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。

その、あるじとすみかと、無常を争ふさま、いはば朝顔の露に異ならず。

あるいは露落ちて花残れり。残るといへども朝日に枯れぬ。

あるいは花しぼみて露なほ消えず。消えずといへども夕べを待つことなし。

李白は、42~44歳のころ一時的に朝廷に仕え、玄宗皇帝(唐の第9代皇帝で楊貴妃を寵愛)に謁見することもあったようです

楊貴妃の美しさを褒め称える詩もつくっています

豪放磊落な性格で役所務めには向いていなかったのか、すぐに放浪生活に戻り、若いころも含めて人生のほとんどを放浪生活の中で過ごしています

((((;゚д゚)))) サムイ

 

品川駅前に丸川珠代

昨日のブログ記事で、スーツさんがいた品川駅港南口

今日の朝散歩で通ったら、総選挙に出馬予定?の丸川珠代が通勤者の流れに向かって、必死に手を振ってました

その1時間後くらい、散歩の帰りに見たらもういないので、帰ったのかな?と思ったら、駅前で動画を自撮りしてて

「今日は私の誕生日~♪」

とか話してました(今日で54歳)

前回選挙は2024年10月で、「お助けください!」の名言を残して落選

衆院解散が死ぬほど待ち遠しかったことと思いますが、わずか1年少々で次のチャンスがめぐって来ましたね

実は今回の総選挙で、自民党は東京7区(渋谷港)に別候補とのウワサも流れています

どうなるかな?

(^_^;)~♪

丸川珠代の公式Webサイトへ

JR大停電の日のスーツさん

上の動画は、2日前1/16(JR大停電の日)に撮影された、スーツさんの動画

スーツさんというのは、上の動画にも自撮りで顔が出ますが、Youtube界では鉄道動画で有名な人です

私は最近Youtubeを観るのが趣味になっていて、一番よく観るのがネコ動画で、その次くらいによく観るのが鉄道動画かもしれません(私は乗り鉄ですから)

Youtubeを観る時間が増えると、それに比例してテレビを観る時間は減って、前回テレビ番組を観たのは昨年の秋くらいかな?

スーツさんは10年くらい前(大学生のころ?)からYoutubeに鉄道動画をアップし始め、人気を集めてユーチューバーとして成功を収めた(たぶん年収数千万円

就職の必要もなくユーチューバー専業になり、まだ28歳ですが、Youtubeをメインとした事業家と呼んでもよさそう

Youtubeに鉄道動画をアップする人は多いけど、スーツさんが成功した要因は、以下の3点ではないかと私は思っています

1)始めたタイミング:まだ「ユーチューバー」なんて言葉が広く知られていなかったころから動画アップを始めたので、当時はライバルが少なく、その間に大量の鉄道動画をアップして、鉄道動画界で抜群の知名度を獲得した

2)言語化能力:彼の鉄道動画の中で彼がいろいろ話して解説(ナレーション)するんだけど、それがまるでアナウンサーが原稿を読むようになめらかでよどみなく、聴いていて心地良い

たぶん原稿など無くてアドリブで話してるんだと思いますが、スーツさんは話し言葉における言語化能力が非常に高い(相当な高IQだと思います)

彼はこの能力を生かして、最近は鉄道以外の動画にも進出している(鉄道がネタ切れになったのもあるかも)

3)鉄道の知識:彼は鉄道オタクだったから、単に鉄道に乗って電車の動画をアップするだけでなく、その背景となる鉄道知識の説明が詳しくて面白い

そんなスーツさんが、なぜか1/16(JR大停電の日)、朝の品川駅港南口に登場します

もしかするとスーツさんは、品川駅港南口あたりに住んでいるのかもしれませんね(となると私にとってご近所さんだ)

品川駅港南口に来たスーツさんが「今日は駅前の人が多い」とか言うのですが、こんなセリフは普段から日常的に港南口を利用してる人でないと言えないよね

この日の大停電は、1/16早朝4時ころに始まり、まず東京品川間で山手線が止まり、京浜東北線や上野東京ライン(東海道線)などにも波及して、都内の朝の通勤時間帯を直撃し、ダイヤの混乱は午後まで続きました

首都圏のJRダイヤがこれほど大規模に混乱するのは久しぶりで、国土交通省がJR東日本に対して「社会的使命を自覚しろ!」と警告文を出す事態に

田町駅(駅改良工事中)の電気設備が燃えたとの情報もあり、詳しい原因はまだ調査中

山手線や京浜東北線は車内トイレが無いので、電車が駅間停車した際に乗客が近くの駅まで線路を歩くことになり、体調不良を訴える乗客も少しいたようです

この日のスーツさんは、品川駅から東京駅へ行く予定だったようで、品川駅まで来てみると電車が止まっている、そんなところから上の動画が始まります

品川駅って、都内JR駅の中では大きい方なんだけど、なぜか地下鉄が乗り入れてないので、山手線が止まると都心方面へのアクセスが極端に悪くなります

でもそこはさすが鉄道ユーチューバー、すぐに頭を切り換えて、新幹線で品川から東京駅まで行くことにします(千載一遇の動画撮影チャンス!と思ったことでしょうね)

電気の供給系統が別なのか、この日の新幹線は通常通りの運行

品川から東京駅まで、山手線などの在来線だと180円、新幹線だと1050円なので少し高いですけど、タクシーよりはずっと安い

普段なら、こんな近距離移動に新幹線を使う人は滅多にいない

その新幹線から見た品川東京間の車窓風景に山手線の車両がまったく見えず、スーツさんの鉄道オタクらしい解説も面白い

電車って電力供給が止まっている時はパンダグラフを降ろして停車するみたいで、そのことをスーツさんが指摘してますが、こんなの普通の人なら気付かない

このときすでに、東海道線の品川東京間は再開していたようですが、動画的には新幹線の方が面白いので正解だったようです

上の動画でもスーツさんが「やけに東海道線が多いなぁ」なんて言ってますが、山手線と京浜東北線が止まっていたので、JRが東海道線を増発していたようです

実はこの日、私は昼ころに急に焼肉が食べたくなり、行きつけの激安「焼肉安安」川崎店へ行こうと思って品川駅に来ました(停電のことなどつゆ知らず)

品川駅に来てみると、山手線が止まってダイヤ混乱中でしたが、幸い東海道線はちゃんと動いていたので、川崎駅まで問題なく移動できました

品川駅から川崎駅は、新宿駅や東京駅よりも距離的には遠いのですが、東海道線でたった1駅(8~10分)なので時間的&感覚的には近いから、私は外食や買い物で川崎へよく行きます

もし東海道線が停電とか人身事故なんかで止まっても並行して京急線もあるし、実際この日も京急線で帰って来ました

(^_^;)~♪

スーツチャンネルへ

独裁者のマドゥロが泣いている

先日1/6、当ブログで「ベネズエラ電撃作戦」について書きました

この事件(1/3)が起きてから約2週間が経過し、事件の背景や影響についていろいろ情報が出揃って来ましたので、少し書きます

上の動画にあるように、ベネズエラの支配者として王侯貴族のような優雅な生活を送っていた元独裁者のマドゥロ夫妻ですが、今はニューヨークの拘置所に収監中

王侯貴族からいきなり囚人に転落した訳ですから、毎日の生活の快適さは雲泥の差

余りのミジメさに「ベネズエラに帰りたいよぉ」などと訴えて、泣きながら暮らしているそうで、転落した独裁者は哀れなもんです

それでも殺されなかっただけマシで、マドゥロを警護していた親衛隊は、ほぼ全員(40人くらい)が、電撃作戦の当日1/3に死にました

マドゥロ自身も麻薬取引の罪で懲役40年くらいだそうですから、生きて再びシャバの空気を吸うことは難しいでしょう

文明国アメリカの拘置所ですから、北朝鮮や中国の強制収容所みたいな残酷な拷問や虐待はたぶん無いと思いますが、生活環境の落差が非常に大きいですから、さぞかしミジメな気分だろうとは思います

トランプ大統領がわざわざ拘置所まで面会に来て、元独裁者マドゥロを馬鹿にしまくってるという話は少々眉唾ですが、「トランプならやりかねない」という感じもします

今回の電撃作戦は「力による現状変更」であって、ロシアによるウクライナ侵略などと同列に見て、

国際法に違反する!

という非難が、日本の野党やマスコミからも出ています

形式的な法解釈からすれば、確かにその通りかもしれませんが、

国内法とは異なり、国際法には

原則として、警察のような確実な強制力が無い

という点は極めて重要であり、絶対に忘れてはいけません

ぶっちゃけて言えば(私流に意訳すれば)

国際法を破っても、どこからもおとがめが無い

国際法の歴史は、大国による「破りまくり」の歴史

極論すれば、国際法は破られるためにある

国際社会は、サバンナのような弱肉強食の世界

悔しかったら(侵略や虐殺がイヤなら)強くなれ!

または、信頼できる強者に守ってもらえ(日米安保など)

それも無理なら、弱者が集まって同盟を組め(集団防衛

ということです

これはまさに冷徹なリアリズムの世界であって、国家間の食うか食われるかという残酷な生存競争の世界です

憲法9条をお念仏のように唱えている、薄っぺらい理想主義の世界(頭の中がお花畑の世界)とは正反対

少しでも油断すれば(防衛努力を怠れば)、ウクライナのように領土を侵略されて国民を大量に虐殺されたり、ベネズエラのように国家元首を拉致されたりします

戦争に対する完全な準備を

整えた国民だけが平和を享受できる

という言葉を想い出します

実は北朝鮮に対しても、米軍が独裁者を電撃作戦で拉致(または殺害)しようとする作戦が、過去に何度も計画されていたという説がありますが、実現には至っていません

その理由には、作戦成功見通しの低さと共に、北朝鮮の現体制を維持しておいた方が(泳がせておいた方が)、周辺の大国にとって都合が良いという地政学的な要因もあったと思われます

まさに、冷徹なリアリズムの世界です

((((;゚д゚))))

ベネズエラ電撃作戦へ

八田與一は西成に居る?

大阪・西成で居酒屋「レディゴー」を経営するYouTuber「ジョーブログ」(登録者数242万人)が、殺人犯・八田與一に関する西成での目撃情報について

「八田與一は西成に居ます!」

と語り、ひと晩で表示回数が1000万回近くに達するなど注目を集めている

もちろん、Youtubeによくある「表示回数稼ぎのガセネタ」の可能性もあるのだが、八田與一に対する世間の関心の高さが伝わって来ます

今では日本を代表する、悪のスーパースター八田與一!

殺人犯・八田與一は、2022年6月に大分県の別府市で発生した凶悪ひき逃げ事件の容疑者で、事件の悪質性から罪名に「殺人・殺人未遂」が追加された

上の動画は、売れっ子ユーチューバー独特のハイテンションなんだけど、その背景になってる西成ドヤ街の街並みや雰囲気もかなり独特です

道ばたにホームレスがゴロゴロ寝ているし、公園では昼間から酔っ払って丁半バクチをしていたり、覚せい剤の裏取引もしてるらしい

私は若いころ仕事で大阪へ毎週出張していた時期があり、そのときに何度も、西成を「探検」したことがあります

何か興味を引く場所があると、現場へ行って自分の五感で体験したくなる

場所は、通天閣の近くで、大阪ミナミの少し南

駅で言うと「新今宮」「萩ノ茶屋」の周辺で、「なんば」「天王寺」も割と近いですね

「商売繁盛で笹もって来い!」(十日戎

で有名な「えべっさん」(今宮戎神社)も近くにあります

下の地図で、赤で囲んだあたりが西成ドヤ街

近くに動物園、美術館、大きなお寺があったりして、東京の上野に少し似てますね

四天王寺は、あの聖徳太子が推古天皇元年(593年)につくったと言われているお寺(日本書紀)

出張先の会社の人に

「昨夜は西成を探検しました」

なんて言ったら、

「えっ、あんな危ないところへ行ったんですか!」

という感じで、地元の人も危険視するような超スラム地区

いわゆる「ドヤ街」という奴で、社会の吹きだまり

あいりん地区(釜ヶ崎)と呼ばれることもあります

東京の山谷なんかもドヤ街なんだけど、ドヤ街の規模では西成がダントツ日本一

まさに「社会の吹きだまり」ですから、何かの事件や不祥事を起こして、それまでの住所に居られなくなった人たちが全国から集まって来ます(夜逃げの落ち着き先)

その多くが、安アパートや「ドヤ」と呼ばれる簡易宿所に住み、生活保護をもらって生活している

警察やヤミ金融の取立人などに追われている人は、本名を明らかにせず、ウソの名前を使ったりしている(もちろん、八田與一もそうでしょう)

そんな人にでも、生活保護の手続きを代行したり、寝る場所を世話したりする「生活保護ビジネス」が西成ドヤ街には完備されている

もちろん生活保護給付金からのピンハネはあるけど、とりあえず食べるものと寝る場所は確保できる

それでも道ばたに寝てる人も多くいるから、人生いろいろ

とにかく、人生にトコトン追い詰められても、

西成に来れば何とかなる!

そんな「いわく付きの人」ばかりが集まっているから、身の上のことをあれこれ詮索されたり、周囲から変な目で見られることも少ない

似たような境遇で「妙な一体感」もあって、居心地がいいのかもしれないね

だから、殺人犯・八田與一が西成ドヤ街に逃げ込んでいたとしたら、「さもありなん」という感じがします

もちろん、Youtubeで「八田與一は西成に居ます!」なんて話題になったから、いたとしてもさっさと逃げたでしょうけどねぇ

市橋達也の整形前       ▲整形後

以前、殺人指名手配で全国を逃げ回ってつかまった市橋達也は、整形で顔を変えていたから、八田與一もすでに別な顔になってるかもしれません

市橋達也に比べると八田與一は、顔の特徴が強いと言うか個性的と言うか、整形手術で誤魔化しにくいような気もします

市橋達也は無期懲役が確定し、長野刑務所で服役中

八田與一に関する情報提供は、別府署(0977-21-2131)までどうぞ

(^_^;)~♪

ブタが逃げた

昨日1/12午後3時ころ、ブタを運んでいたトラックから「積み荷」のブタが逃げたそうです

少しユーモラスで、少し残酷で、少しもの悲しい気分にもなります(この3つは同時に存在することが多い)

我々人類は、動物や植物を利用して生きている

動物や植物の「犠牲の上で」我々の生活(人生)は成り立っている

そのことに過度に反応して、ヴィーガンになったり、罪悪感や感傷的な気分になり過ぎるのもどうかと思うけど、こうゆう生々しい現場を動画で見たりすると、少し感じるところがありますね

自分以外の何か(誰か)の犠牲の上で、自分の生活が成り立っているという現実を直視すると、何やら重苦しい気分になるので、多くの場合、我々は別のことに関心を移して、そんな重苦しい気分から逃れます

これはこれで普通のことで、そうやって我々は毎日を楽しく愉快に生きるし、人生は短いんだから、たぶんそれでいい

「愛の反対語は、憎しみではなく無関心」という言葉もあるけど、常に愛や憎しみで心を満たしていては、ふつうの人の心は疲れてしまう

愛や憎しみ、歓喜、興味、怒り、悲しみ、罪悪感、憂鬱などの気持ちを心の中に持ち続けることは、それなりの「心理的エネルギー」を必要とする

それを長く維持することは難しく、いつかは心理的エネルギーレベルの低い状態(つまり無関心)へと移行していく

常に何かに興味や関心をもって生き生きワクワクしている人、いわゆる「知的好奇心が旺盛な人」というのも時々いるが、それは無関心に移行する前に新しい関心の対象を発見するのが上手な人なのかもしれない

あるいは、心理的エネルギーレベルの高い状態を長く維持出来るという、ある種の先天的な才能を持った人なのかもしれない

何か非常に狭くて特殊なテーマに関心や興味を集中し、それを長い間維持できるという人も時々いて、そこで大きな成果を出したりすると「天才」と呼ばれたりするし、とても幸福な人生と思える

話を元に戻すと、動物や植物だけでなく、人類(人間社会)の中でも、誰かの犠牲(または労苦や努力)のおかげで、我々の生活(人生)は成り立っている

ゴミを処理してくれる人のおかげで、清潔な生活環境が維持できる

ブタや牛、鳥を処理する食肉工場で働く人のおかげで、美味しい肉を食べられる

スーパーやコンビニに陳列してある多くの食品や生活物資は、原材料を調達する人、製造する人、運ぶ人(トラックのドライバーなど)、さらに売る人(スーパーの店員さんとか)たちのおかげで手に入る

これがまさにサプライチェーンという奴なんだけど、普段はその存在をほとんど意識すらしない

ちゃんと対価(お金)を払って利用してるんだから、格別に感謝する必要も無いのかもしれないけど、ふつうは意識すらしない

ときどき、中国がレアメタルの日本への輸出を制限した、などという「事件」が起きて、サプライチェーンの一部が滞ると、そこに関心が向く

もっと考えを広げると、この世(地球上)には相当に悲惨な現場(戦場、虐待、貧困、病苦とか)がいっぱいあるけど、それを直視していると重苦しい気分になるので、我々は別のことに関心を移す(または無関心へ移行する)

一部の人(たぶん少数)は、自分がそんな悲惨な世界とは無縁な、自由で平和で豊かな毎日を過ごせていて良かったなぁ、などと感謝したり喜んだりする

イマジネーション能力の個人差は非常に大きいから、感じるところは人それぞれ

イマジネーション:ふつう「想像力」と訳されますが、何かを頭の中で思い描く能力で、その「何か」とは多くの場合、視覚的で映像的なもの

この世の「悲惨」に対して、ものすごく敏感で、イマジネーション豊かな人がごくまれにいて(例えばブッダとか)、新しい宗教や思想を作ったり、あるいは社会運動を起こしたりします

特に結論めいたことは無いんだけど、そんなもんなんだろうなぁと思います

(^_^;)~♪

▼ジョーン・バエズ、大好き (^_^;)~♪

五十年目の俺たちの旅

日刊ゲンダイの記事によると

「カースケ、オメダ、グズ六

1970年代に青春時代を送った人は

この3人の名前に反応するはずだ」

とあります

「1970年代に青春時代を送った人」と言えば、まさに我々朝陽27世代

私は当時、「俺たちの旅」、ほとんど見てないので、まるで反応しませんでした

夕陽に向かって叫ぶ」みたいな青春ドラマって、余り興味なかったんですよね(今でもそうだけど)

「青春時代のやり場のないモヤモヤ感や抑圧感みたいなもの」が世の中には存在していて、いわゆる青春ドラマがそれの反映というのは分からんでもないです

まあ好みの問題でしょう

ただ、岡田奈々のファンだったので、超懐かしいです!

下の雑誌「GORO」の付録に付いてた、篠山紀信が「激写」した岡田奈々の大型ポスター

下の表紙と同じ写真なんですけど、私の部屋の壁に長らく貼ってあったなぁ

1975年の写真ですから、まさに半世紀前

当時の「絶世の美少女」もすでに66歳、時間の流れは冷酷です

(^_^;)~♪

日刊ゲンダイの記事へ

空飛ぶネコ

ネコ部屋にヒトが同居してる感じ

(^_^;)~♪

苗場プリンスホテル

最近はYoutube(特にネコ動画)を観るのが趣味のようになっています

上の動画は、苗場プリンスホテル

バブルのころは一世を風靡した、あの苗場国際スキー場がメインの巨大かつ豪華なリゾートホテルです

かつてのバブリーな若者スキー文化も「風と共に去り」まして、今はスキーもできる静かな温泉リゾートホテルになってるようですね

以前、太田くんを囲む会の温泉合宿で行ったなぁ、なぁーんて思って動画を観ていたら、何だか記憶と違う

よく考えたら、温泉合宿したのは越後湯沢だったと気付きました

しかもプリンスホテルじゃなくてニューオータニで

昔の記憶がだんだんボケて来ているのを感じます (T_T)

▼これまでの温泉合宿で行った場所

太田くんを囲む会 創立45年以上に及ぶ 輝かしい伝統! (^_^;)

1980年08月 登山合宿 上高地キャンプ場

このころほぼ毎年、新年会か忘年会をやっていたはずですが、記録が無くなっていてよく分からないのです (T_T)

1992年01月 新年会 会場不明

1993年01月 新年会 会場不明 しゃぶしゃぶ

1995年01月 新年会 渋谷 華月楼 9人

1996年01月 新年会 渋谷 十二庵 13人 ←人数最大かも (^_^;)

1997年01月 新年会 横浜 燿来酒家 12人

2002年12月 忘年会 新宿 東京大飯店 7人

2004年12月 新年会 新宿 高田屋 7人

2006年01月 新年会 新宿「喬の倉」→豊島園「庭の湯」

2007年01月 温泉新年会 豊島園「庭の湯」
2007年03月 飲み会 新宿 会場不明
2007年08月 納涼会 西武新宿 世界の山ちゃん
2007年12月 温泉忘年会 六本木ザブー

2008年09月 納涼会 新宿 会場不明

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▲2008年12月 第1回 箱根 「ペンションおかだ」

この頃から、温泉合宿が始まった

2008年12月 第1回 箱根 「ペンションおかだ」

2009年12月 2 箱根 レイクホテル

2010年09月 3 熱海 四季ホテルうたゆの宿

onsen_animal

2011年01月 4 石和 ホテル慶山

2011年10月 5 箱根 伊東園ホテル

2012年03月 6 鬼怒川 プラザホテル

2012年09月 7 別所 上松屋旅館

2013年03月 8 修善寺 ホテル滝亭

2013年09月 9 越後湯沢 ニューオータニ

2014年10月 10 東山(会津若松) 「向瀧」

2015年04月 11 宝川(水上) 「汪泉閣」

2015年10月 12 館山 「ホテル川端」

2016年12月 13 舘山寺 「ウェルシーズン浜名湖」

2017年05月 14 伊香保 「凌雲閣」

2017年12月 第15回 喜連川 「かんぽの宿」

2019年01月 第16回 鶴巻温泉 「大和旅館」 日帰りランチ会

一時は年2回のペースだった温泉合宿ですが、最近はコロナの影響などもあって、合宿をやめてランチ会になりつつあります

* * * * * * *

バブル時代も40年くらい昔になり、体感として知っている人はすでに高齢者

あのころ冬になったらスキー場へ出かけるのが若者文化で、「私をスキーに連れてって」などというバブリーな映画も作られました

撮影場所は苗場かな?と思ったら、志賀高原プリンスホテル

プリンスホテルと言えば西武グループで、私も朝散歩では高プリ日本庭園をよく利用させてもらってます(無料だしね)

とにかく巨大資本でデカいホテルを作るのが西武流で、日本全国にプリンスホテル網を作り上げた訳ですが、やや大作りでラフな印象も受けます

上の動画にも出て来ますが、苗場プリンスホテルは最初わずか28室、需要の伸びに合わせて増築を繰り返したようで、そこには経営者の慎重さも感じます

経営者の仕事で最も重要かつ難しいのが需要予測で、これを間違えると企業は倒産します

その総帥が、西武グループ二代目御曹司の堤義明で、いま調べたら91歳でご存命

御曹司(プリンス)が創ったホテルだから、「プリンスホテル」なのかな?

バブルの頃は世界長者番付でトップになったこともあり、まさに隔世の感があります

あのころ「山手線内側の土地を全部売れば、アメリカ全土が買える」などと言われてた(価格固定の思考実験で、本当だったのかどうか知らんけど)

この堤義明の異母弟が、西武セゾングループ総帥だった堤清二で、渋谷公園通りPARCOを中心に、今に続く渋谷の若者文化を創った

この兄弟の父親が堤康次郎で、これも日本の現代史で特筆すべきスゴい人物なんだけど、書き始めたら終わらなくなりそうなので今日はやめときます

堤義明が正妻の子でスポーツマン、堤清二がお妾さんの子で超インテリ(小説家でもあって、ペンネームは「辻井喬」)なので、余り仲は良くなかったらしい

彼の著作リストを見ると、経営者をしながら、よくもこんなに書けたもんだ!と感心します

体育会系の兄と、サブカル同好会系の弟

兄は弟ほどインテリではない、弟は妾の子で父親とソリが合わないという、それぞれコンプレックスを抱えていて、それがライバル意識と活動の原動力になったのかもしれません

親が作った西武グループを、兄は鉄道事業(本流)、弟は流通事業(傍流)を引き受けて、それぞれ現代史を彩る若者スポーツ文化とサブカル文化に大発展させたんですから大したもんです

(^_^;)~♪