.港区

乃木坂を歩く

乃木希典は日露戦争で陸軍トップの軍人(陸軍大将)で、学習院の院長もつとめた明治時代の偉人

昭和天皇の教育係も務めた

司馬遼太郎「坂の上の雲」では愚将として描かれましたが、最近「そうではない」という本も出て、名誉回復が図られています

彼は長州藩の支藩である長府藩の藩士、乃木希次の三男として、江戸の長府藩上屋敷(現在の六本木ヒルズ)に生まれた

乃木坂の地名は、ここに彼の自宅があったことから

六本木が現在のようになったのは戦後に米軍が来てからで、戦前は現在のミッドタウンの場所に陸軍歩兵第一連隊があり、「陸軍の街」でした(海軍の街は横須賀)

陸軍歩兵第一連隊は、1874年(明治7年)、最初の歩兵連隊として東京府赤坂檜町(現・東京都港区赤坂)で編成され、1877年(明治10年)には西南戦争で九州に出陣、西郷軍と戦っている

ちなみに昔は「連隊」ではなく「聯隊」と書いた

1936年(昭和11年)、2・26事件の反乱軍は、ここから皇居方面へ向かった

そんな「陸軍の街」六本木に、陸軍トップの彼が自宅を構えるのは、ごく自然なことでした

彼の自宅は港区立「乃木公園」として現存(復元?)しており、9/12に見学会があったので、行ってみました

上の写真はその自宅前ですが、貫禄たっぷりですね

でも彼は明治天皇の崩御のあとに、62歳で殉死しており、この写真はたぶんそのころ(殉死直前?)のもの

殉死(割腹自決)した部屋も見ることができ、血に染まった服などもありました

ですから上の写真は、現在の我々より8歳も年下ということになります

(;´Д`) トシトッタ

当日の写真(105枚)へ

 

新宿駅の三角形

新宿駅で見つけたという光景

三角コーンを繋ぐポールが、三角形状に仕切られている

なぜ三角形なんだろう? (・_・?)

その理由の推測が、X(旧twitter)で話題になっているそうです

「三角形は形が安定」という性質を利用している訳で、鉄橋とか建物などで使われるトラス構造ですね

多角形の中で、三角形だけ

でも上の写真、よーく見ると、三角形じゃない場所もあって、厳密なトラス構造ではないね(その必要もないだろうけど)

さて、今年2月に品川駅の近くに、京急線の新しい八ツ山鉄橋が架けられました

あらかじめ京急品川駅の上で組み立てた鉄橋を、深夜にJR線路の上に移動させる(送り出し工法)という、面白い工事でした

(^_^;)~♪

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Youtube動画 スマホは横にしてご覧ください

 

窓からクルーズ船が見えた

今朝起きてベランダに出たら、ちょうどクルーズ船が虹橋(レインボーブリッジ)をくぐって出て行くところでした

ちょっと見ると左へ進んでいるようにも見えますが、しばらく見ていると実はゆっくり右へ進んでいて、東京湾外へ出て行くところみたい

右下にタグボートみたいな小さな船も見えますから、方向転換の最中だったのかもしれません

先日、山潤さんが乗ったクルーズ船よりも小さいみたいで、虹橋の橋げたまでかなり余裕がありそう

虹橋を支える柱の下にあるのが、湾岸署の警備艇(パトボート)置き場みたいです

▼少し引くと、こんな感じ

我が家のベランダに立つと、タワマン群のスキマから、虹橋(レインボーブリッジ)が見えます

今朝は雨模様なので、写真がボケてますけどね

虹橋の下は、クルーズ船、九州などへのフェリー、伊豆諸島などへの東海汽船、東京湾遊覧船、屋形船、貨物船など、いろいろな船が毎日いっぱい通りますが、その他に

モノレール(浜松町→羽田)

新幹線(東京駅→大井車庫)

クルマ(夢橋、首都高湾岸線、バス車庫)

飛行機(羽田を飛び立ってスグ)

も見えます

乗り物好きの私としては、ちょっとウレシイ

窓の近くに双眼鏡を置いて、ときどきながめて楽しんでます

Youtubeには、羽田空港ライブ映像というのがいくつもあって、これを見ていると、いま離陸したばかりの飛行機が、1~2分後に窓から見えたりします

(^_^;)~♪

▲「夢橋」と書いたけど「虹橋」です (^_^;) ウッカリ

 

夜散歩2026春

一日中机に向かって倦んだので、4/14夜22時くらいから近所を散歩

朝散歩コースとほぼ同じなので、さほど変わり映えはしませんが、昼と夜では雰囲気がだいぶ変わります

先日、桜が満開のころ、朝散歩と夜桜を比較しましたが、今回はすでに桜が散って、日常的な風景が戻ってきたバージョン

旅行とかイベントの写真はバッチリ残るけど、こんな何げない日常の写真は残りにくい

日本とか世界の歴史でも、当時の人々が余りにも知り尽くしていた日常知識って、歴史の史料に残りにくいんですよね

(^_^;)~♪

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