「梶原台場」は、幕末の動乱期、倒幕を狙う長州藩の藩士らの上洛を防ぐために築造された砲台です
勝海舟が設計責任者で、その遺構が、大阪府高槻市内で初めて見つかりました
高槻市は今日2/28午前10時から現地説明会(上の動画)を開きました
倒幕と言うと、
勝海舟と西郷隆盛が会見
英雄同士が意気投合し
無血開城が決まって一件落着
みたいな、簡単に済んだようなイメージもありますが、その背後では勝海舟も西郷隆盛も、権謀術数の限りを尽くして着々と戦争準備を進めています
戦争(内戦)なんですから当然ですけど、両軍のトップが会って簡単に事が済むなら、世の中から戦争なんて、とっくに無くなっています
おそらく「戦争の天才」大村益次郎の立てた江戸攻略作戦が完璧すぎて、それを勝海舟ら幕軍トップがよく理解(状況判断)し、無駄な負け戦(泥沼)を避けたというのが実情でしょう
武装解除の命令に反して決起した幕軍の残党(彰義隊)が、わずか数時間で壊滅したことからも、大村の立てた作戦の完璧さがうかがえます(それにしても大村は、どれほど脳が大きかったのだろう?)
これには水戸学(尊皇思想)に傾倒していた「最後の将軍」徳川慶喜の
「大君(おおきみ)に向けて弓は引けない」
という意向も反映していたはず(大君=天皇)
官軍の背後にはイギリス、幕軍の背後にはフランスがいましたから、泥沼の代理戦争に踏み込む可能性は十分にありました(アメリカは南北戦争で、それどころではなかった)
実際、徳川慶喜のお膝元の水戸藩では、天狗党などの悲劇が泥沼の様相を示しています
この理解(状況判断)が出来ずに、無謀な戦争の泥沼に踏み込む愚かなリーダーが、世界の歴史には山ほどいます
人間に闘争心や向上心がある限り、地上から戦争は無くならないと思いますが、勝てない戦争(泥沼)は絶対に避けるべきです
昭和19~20年の日本も、同盟国の独伊が消えて明らかに負けが見え、降伏すべきタイミングがあったのにそれを逃し、最後の泥沼の中で多くの貴重な命が失なわれました
第二次大戦での日本人の死者数は、大まかに総計300万人と言われてますが、最後の昭和19~20年で、この半分くらいが亡くなっているのではないかな?
仮に15か月間に150万人とすると、平均で毎月10万人、毎日3000人以上が死ぬ
(死ななくても、手足を失うような大怪我をする人は、この10倍くらいか)
東日本大震災による死者は約15900人ですから、毎週これ以上の人が死ぬ状態を、1年以上も続けてしまった
イタリアとか見ていると、「負けるのが上手だなぁ」とつくづく感心します(単に弱すぎるだけかもしれないけど)
第二次大戦におけるイタリアの死者数は、大まかに30万人(日本の10分の1)
今日2/28、米国とイスラエルがイランとの戦争を始めましたが、果たして短期勝利できるのか、泥沼に踏み込むのか?
((((;゚д゚))))











★いな吉
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