12【新宿高校OB有名人】

牛丼「すき家」の壁の絵

前記事(同窓会誌「朝陽」来ましたね)で、牛丼「すき家」の創業者である小川賢太郞さん(新宿高校19回生)に触れましたので、そのつづきを書きます

上の絵は、牛丼「すき家」のお店の壁に大きく描かれています

私は「すき家」の牛丼がダイスキなので、この絵は前からよく見ておなじみなのですが、先日の

ハマ研(横浜を研究する会)

で、実際に横浜の街を歩いて

上の絵で人々が立っている場所は「象の鼻」だ!

ということに気付きました

それで当時の絵を探したら、ありました!

もう、そのものズバリ、牛丼「すき家」の店内壁画は、この絵を元にしてるのは間違いなさそうです

遠くに高台(港の見える丘公園のあたり)があって、右に海岸通り、これは現在の山下公園のあたりでしょう

となると上の絵で人々が立っている場所は、「象の鼻」以外あり得ない!

▲開港当時の「象の鼻」

▲現在の「象の鼻」

ではなぜ、牛丼「すき家」の店内には、開港当時の横浜の絵を飾っているのか?

牛丼「すき家」の創業者である小川賢太郞さん(新宿高校19回生)は、石川県の出身ですが、「すき家」の第1号店は、生麦駅の近くだった

生麦駅は、川崎と横浜の中間にありますから、横浜に縁が深い

そしてここから先は、まだ十分な事実確認をしていないので、私の推理になります

若いころの小川賢太郞さんは共産主義にハマっていたので、20歳代のほとんどを

港湾肉体労働者(沖仲仕)の組織化(オルグ)

に費やしています

いまでは想像することも難しいのですが、当時(1968年ころ)は、優秀な学生が全共闘運動に参加して革命を夢見るのは「当然」のことでした

1968年、小川賢太郞さんは20歳

日本が高度成長で、どんどん豊かになっていった時代

1969年にはアポロ11号が月面着陸、1970年には前回の大阪万博があったりして、お祭り気分もあった

でもまだ日本には、多くの貧困が残っていた

小川賢太郞さんは、共産主義に見切りをつけて実業家になってからも、社会における「貧困の解決」を自分の人生テーマにしていたようです

▲アポロ11号が月面着陸 1969年

▲前回の大阪万博 1970年

▲沖仲仕

「港湾」労働者の組織化(オルグ)ですから、主な活動場所が横浜だったであろうことは容易に想像できます

青春の情熱を注ぎ込んだ地である横浜

その近くに、「すき家」の第1号店を出し、今なお「すき家」の店内に横浜の絵を飾っている

小川賢太郞さんの横浜に対する思い入れが伝わって来ます

そうなると、

彼の20歳代の活動内容を知りたい!

となるのですが、この辺の情報が意外に無いんです

ズバリ「伝記 小川賢太郞」のような本があれば一番いいけど、先月4/7にお亡くなりになったばかりで、まだ出てないみたい

wikiに経歴の概略が書いてありますが、ほとんどは牛丼業界に飛び込んだ30歳代以降で、20歳代の活動にはほとんど触れてない

共産党活動と言っても戦後ですから、それほど非合法なことはしてないと思いますが、港湾肉体労働者(沖仲仕)を雇っている荷役会社からすれば、共産党オルグは「招かざる客」で、ドロドロの戦いもあったのかもしれない

という訳で、小川賢太郞さんの20歳代についての情報を、これからWebやYoutubeなどでコマメに探していこうと思っています

(^_^;)~♪

森香澄 新宿高校出身

この人、新宿高校出身だったんですね

新宿高校→東京女子大→テレビ東京→フリー

新宿高校は、女子アナ出身高校第1位だったんだけど、今でもそうなのかな?

(^_^;)~♪

* * * * * * *

元テレビ東京アナウンサーのタレント森香澄(29)が6/19、インスタグラムを更新。

同窓会の機運が高まっていることを報告した。

森香澄はストーリーズで

「有吉クイズのOA観てくれて、プチ同窓会が開かれそうです」

と報告。

6/17放送のテレビ朝日系「有吉クイズ」(日曜深夜0時25分)に出演し、18年以来稼働していない都立新宿高校2年時のクラスのグループLINEに対し、6年ぶりにメッセージを送信していた。

詳細はここをクリック

 

新宿高校の記事6+7

朝日新聞の記事を送っていただきました

熊さん、ありがとー!

6の縦の見出しが切れていますが

「風潮に流されず思いを実現」だそうです

3と4がまだな訳ですが、全部そろえたからどうなる

というほどのものでもないので、手に入ったらよろしくです

(^_^;)~♪

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蟹江敬三

蟹江敬三(かにえ・けいぞう)

1944年10月28日生まれ、東京都出身

2014年3月、胃がんのため69歳で死去

彼が俳優になったのは、都立新宿高校在学中に、ふとしたことで舞台に立ったことからだ

詳細はここをクリック

 

新宿高校OBで世田谷区長 保坂展人の新著

新宿高校OBで世田谷区長の保坂展人(ほさか・のぶと)著

『国より先に、やりました

「5%改革」で暮らしがよくなる』

が4/30に発売される

「5%というのは決して小さくない数字です。

1年目で5%を変える、翌年、残りの変わっていない95%のうちの5%をまた変える。

これを繰り返していくと、8年で3割以上、12年なら半分近くが変わる計算になります」(本文より)

世田谷区長として4期目を迎えた保坂展人が、国政で解決できていない問題に取り組んだ12年半を振り返る

我々より1学年上だが、そのわずか1年の差が、洗脳されるかされないかの運命を分けたかもしれない

我々より少し上の学年だった世代は、坂本龍一がそうだったように、当時流行していた共産主義(共産教カルト)の宗教的イデオロギーに洗脳された人が多い

いまどき共産主義(共産教カルト)なんぞ、まともな知性のある人なら誰も見向きもしない

だが当時は、優秀な学生から洗脳されていったのだから、カルト宗教の流行は恐ろしい

そして一度洗脳されてしまうと、オウム真理教、共産教カルト、統一教会などカルト宗教はみんなそうだけど、抜け出すのは覚せい剤をやめるより難しい

保坂は、中学時代から学園闘争に熱中していた

保坂の父がマスコミ(NHK職員)だったので、その影響もあったのかもしれない

試験の成績は良かったはずだが、内申書に過激な活動歴を書かれ、昼間(全日制)の高校は全て不合格

新宿高校の夜間(定時制)に潜り込んだが中退している

だから最終学歴は中卒なんだけど、才能ある人は学歴なんか関係なくのし上がる、ということなんでしょうね

 保坂展人

1955年11月26日、宮城県仙台市生まれ

東京都立新宿高校(定時制)中退

政治家、教育ジャーナリスト、世田谷区長

1996年10月に衆院議員となり、2011年に世田谷区長に当選して現在4期目

社民党副幹事長、総務省顧問等を歴任

著書に『<暮らしやすさ>の都市戦略 ポートランドと世田谷をつなぐ』(岩波書店)、『88万人のコミュニティデザイン』(ほんの木)、『NO!で政治は変えられない―せたがやYES!で区政を変えた8年の軌跡』(ロッキング・オン)など

 

新宿高校の記事1+2

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増田さん、熊谷さんから

新宿高校の記事を送ってもらいました

ありがとー!

(^_^;)