除菌用アルコール(1)

上の写真は、武漢コロナが猛威をふるっていた2021年6月に買った除菌用アルコール缶

■価格

Amazonで18リットル3788円(税送料込み)、1リットルあたり210円

ふつう家庭用500ml入りが500~1000円位だから、まとめて買うと安いね

これを百均で買った小分けスプレーボトルに詰めてせっせと除菌

そして5年たった今月、ほぼ使い切りました!

年3.6リットル、月平均300mlくらい使った訳です

コロナはほぼ去ったけど、除菌習慣は残った

また買おうとAmazonを見たら同製品が5300円で、4割ほど値上がりしてました

原油から精製する訳ではないだろうから、ホルムズ海峡は関係ないと思う

円安のせいかな?(5年前は1ドル110円で、今は160円)

5年前 3788円÷110=34.4ドル

いま 5300円÷160=33.1ドル

■保管場所

ガソリンほどではないけど引火性があるので、室内に置くと危険

それでベランダの日の当たらない場所に保管箱を設置して、その中に保管しました

ついでにカセットコンロの燃料も20~30本くらい保管

これだけあると地震なんかで電気が止まった場合、少なくとも3か月くらいはキッチンで加熱調理できそう

最悪、カセットボンベが無くなっても、除菌アルコールは燃料にも使える

昨年の猛暑では、保管箱内に温度計を置いて、内部温度に気を付けました

■濃度

15kgとありますが水より軽いので18リットルで15kg

アルコール濃度が7割くらいなのには、理由があります

それにしても濃度は67.9%なのに、ネーミングは「ユービーコール75」にして、濃度75%と誤解させようとする商魂

除菌には濃度7~8割が良いとされてますが、濃度を少しでも下げればコストが下がって利益が増える

(^_^;)~♪

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酷暑日

気象庁が4/17、最高気温が40度以上の日の名称を「酷暑日」と決め、今後、予報用語として使用すると発表しました

酷暑日 最高気温40℃以上

猛暑日 最高気温35℃以上

真夏日 最高気温30℃以上

夏日  最高気温25℃以上

熱帯夜 最低気温25℃以上

もうすぐ夏ですね

散歩が大好きな私ですが、昨年7~9月は余りの暑さにすっかり参ってしまい、なるべく外出せず、自宅の冷房の効いた部屋で静かにしてました

親が新潟の豪雪地帯出身なので、私のDNAは寒さには割と強いけど、暑さには弱いのかもしれません

年々だんだん暑くなってるような気がするので、今年の「酷暑」が心配です

(;×_×;;;) ヒー

夜散歩2026春

一日中机に向かって倦んだので、4/14夜22時くらいから近所を散歩

朝散歩コースとほぼ同じなので、さほど変わり映えはしませんが、昼と夜では雰囲気がだいぶ変わります

先日、桜が満開のころ、朝散歩と夜桜を比較しましたが、今回はすでに桜が散って、日常的な風景が戻ってきたバージョン

旅行とかイベントの写真はバッチリ残るけど、こんな何げない日常の写真は残りにくい

日本とか世界の歴史でも、当時の人々が余りにも知り尽くしていた日常知識って、歴史の史料に残りにくいんですよね

(^_^;)~♪

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ハマ研(横浜を研究する会)

▲「象の鼻」は横浜の歴史を知る上で重要なスポット

今回、象の鼻の上も歩きました

昨日4/9、中学友人Uちゃん(横浜在住)と一緒に、「横浜の港と駅の歴史を散策する会」を開催いたしました

横浜を研究する会なので、略称「ハマ研

まあ、「ブラタモリ」みたいなことをした訳です

私にとっては、前日の「離宮を歩く」に続く、連日の「ハマハマ散歩」でした

150年(我々の人生の倍ちょっと)ほど前には、わずか100軒ほどの家しか無かった寒村「横浜村

それが、世界でも有数の巨大都市に成長した訳で、そこにはワクワクするような歴史ドラマがある(あった)はずという問題意識からスタートしました

さらに個人的なことを言えば、自宅近くの品川駅から横浜駅までわずか17分なのに、私は横浜の街をよく知らない!

それで「横浜の土地勘を養いたい」という動機もあります

ここはオフィス街、ここは飲み屋街、ここは住宅街みたいな、それぞれのエリアの性格や雰囲気、魅力的なポイントなどを大まかに知っておきたいんです

さらにその街の歴史も知れば、散歩の楽しさも増すだろうという考え

それで今回は、横浜在住で「ハマの小市民」を自称する中学友人Uちゃんにご同行いただきました

最初の地図は明治初めの横浜ですが、長崎の出島を大きくしたような「島」

左側の川(中村川)は人工的に作った掘り割りなので、元々は小さな半島(砂州)でした

徳川幕府が「異人」を恐れて、何とか「」の中に隔離しようとした苦肉の策

当時は水戸学などの尊皇攘夷思想が流行していて、攘夷(外敵を追い払え!)という物騒な連中(テロリスト)がいっぱいいましたから、そいつらから「異人」を守るという意図もありました

実際このころ、生麦事件のような、「異人」が襲われる事件が多発しています

「島」を隔離するために、周囲の橋には関所を置いたので島の中は「関内(かんない)」と呼ばれ、島の外側は「関外」(かんがい)でした

やがて貿易のもたらす巨大なビジネスチャンスに、「異人」も日本人も群がるように寄ってきて、横浜の街を発展させていきます

周囲の海はどんどん埋め立てられて、関内と関外の区別はあいまいになり、街は際限なく拡大していく

そんな中に、高島嘉右衛門という、ケタ外れに面白い男がいました

海を埋め立てて鉄道を敷き、ガス灯を灯し、横浜の発展に偉大な功績を残します

下の地図の上の方の高台に屋敷を構え、そこから下界に広がる海とその先に広がる横浜の街の発展を眺めながら上機嫌だったそうです

やがてその高台は「高島台」と呼ばれるようになります

上の地図で「鉄道線路」とあるのは、もともと海(入り江)だった場所を高島嘉右衛門が埋め立てて、ここに日本初の鉄道(新橋横浜間)が通ります

現在の横浜駅も、この海(入り江)を埋め立てた場所にあります

最初の横浜駅」というのは、現在の桜木町駅で、これと品川駅が

1872年(明治5年)10月1日、日本で最初に開業した「駅」(当時は「停車場」)

ということになります

新橋駅は同年10月14日開業ですから、「日本で最初の鉄道」は厳密に言うと、最初の13日間だけ「品川横浜間」でした

新橋から横浜まで30キロくらいで、歩けば丸1日かかります

これが鉄道で53分(現在は30分くらい)ですから、所要時間10分の1

東海道新幹線ができた当時、在来線特急に比べて所要時間2分の1でしたから、「10分の1」というのは当時の人にとって衝撃的だったと思います

上の写真は、前日の「浜離宮を歩く(花見)」で通った、開業当時の新橋駅(復元)で、最初の横浜駅もほぼ同じデザインでした

まだ頭はちょんまげ、腰に刀を差した武士もいた時代に、よくこれだけの建物を作ったものです

もちろん設計したのは、当時の「異人」さんですけどね

当時の駅のホームとレールも復元されてますよ(↓)

そして更にビックリするのが、この高島嘉右衛門さん、占いで有名な高島易断」の教祖なんですね

実業家にして占い師という何ともフシギな男、それが高島嘉右衛門

この人の人生、いろいろ調べてみたくなりました

それで探したら

高木彬光 『横浜をつくった男 易聖・高島嘉右衛門の生涯』 光文社文庫

持田鋼一郎 『高島易断を創った男』 新潮新書

松田裕之 『高島嘉右衛門 横浜政商の実業史』 日本経済評論社

これから、ワクワクしながら読むツモリ

高木彬光ってミステリー作家だから、面白く書いてそう

高島嘉右衛門の名前は、

地名「高島台」 横浜市神奈川区

地名「高島」 横浜市西区

駅名「新高島」 みなとみらい線

駅名「高島町」 横浜市営地下鉄

駅名「高島町」 東急東横線 2004年に駅廃止

などに残っています

なお横浜駅西口前にあるデパートの高島屋は、高島嘉右衛門とは関係ないそうです

高島嘉右衛門をよく知らない人の中には、上記の地名や駅名の「高島」が、デパートの高島屋にちなむものだと思ってる人もいるかもね

(^_^;)~♪

▲赤い線が歩いたルート

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