10【朝陽27同窓会】

同窓会誌「朝陽」来ましたね

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▼最終ページ(裏表紙)

最終ページ(裏表紙)を見たら、ゼンショー(すき家の牛丼)の広告が載っていて、先日4/6、77歳で亡くなられた小川賢太郞さん(新宿高校19回生)の名前があります

ゼンショー創業者、小川賢太郞さんは朝陽19回生で、我々27回生とは8年違いですが、この違いは決定的でした

全共闘運動が、彼の人生を決定的に変えた

東大の安田講堂「落城」のあと、彼は港湾労働者(沖仲仕)の組織化に取り組み、オルグとして自ら港湾労働の世界に飛び込みました

▲沖仲仕

私は最近(1年くらい前)、ホッファーという人(沖仲仕として働き続けた哲学者)の本を2冊ほど読みました

「大衆運動」 「人間とは何か」

もしかすると小川賢太郞さんも、港湾労働の世界に飛び込む前に、ホッファーを読んでいたのかもしれない

しかし最近半世紀ほどのコンテナ物流革命によって、沖仲仕は世の中から消えた

小川賢太郞さんは、そこから一気に方向転換(共産主義→資本主義)して、超人的な躍進が始まります

世の中には、周囲から「超人」とか「天才」とか呼ばれる人がいます

そんな人に共通しているのは、彼ら彼女らの言う「普通」とか「当然」の内容が、まったく普通でも当然でもないということです

「こんなこと簡単なのに

 なんでみんなしないんだろう?」

みたいなことを言うんだけど、そんなの普通の人には出来ないよ

牛丼「すき家」を創業した小川賢太郞さんは、彼の考える「普通」のことを、従業員(普通の人)にやらせるために、軍隊のような「鉄の規律」を導入

それを物語るのが、企業理念に加え、社員や店舗スタッフの動き方までこと細かく記した「ゼンショーグループ憲章」だ。

たとえば、カウンター席の客には、注文から原則10秒で牛丼を出す。

外食産業に詳しい経営コンサルタントによれば、これは「業界最速」だ。

「営業報告から掃除に至るまでやるべきことのタイムテーブルも秒刻み。時間管理の厳しさは本社の管理部門でも同様で、商談は30分以内、歩く時は1秒に2歩以上が求められる。外食産業の多くでマニュアル化が進んでいるが、ゼンショーは突出している」

マニュアルというのは「聖書」のようなもので、きちんと布教活動をしないと誰も読まなくなる

今までは教祖が先頭に立って社内に布教してきた訳だが、教祖亡き今、すき家はどうなっていくのだろうか?

ゼンショーの後継者は、次男の小川洋平さん

1979年生まれ、東大教養学部を卒業後、財務省に12年間(2004~2016年)

元財務官僚ならそれなりに優秀だろうけど、大きすぎる父親を越えられるかな?

小川賢太郞さんは、極度の「筋トレおたく」だったそうで、会社にはベンチプレスを置いてあって、社員にもすすめていた(一時は義務づけていた)

「日本人は欧米人に比べて体格が貧弱すぎる。ちゃんとベンチプレスやって体鍛えて牛丼を食ってれば、戦争に負けなかった!」

というのが口グセ

日本が戦争に負けたことがよほど悔しくて、会社の名前を「ゼンショー(全勝)」にしたのかもしれない

小川賢太郞さんのご冥福をお祈りします

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週刊誌記事(週刊ポスト2014年4月25日号)によると

小川賢太郞 ゼンショー(すき家の牛丼)創業者

1948年生まれの団塊世代で、1968年に都立新宿高校から東大に入学

全共闘運動に身を投じるが、安田講堂の“落城”で敗北を味わう。

そのときの身の振り方が他の学生と決定的に違った。

多くの学生が教室に戻り、就職したのに対し、大学を中退

港湾労働者(沖仲仕)を組織化すべく、荷役会社へと 潜り込んだ。

そんな挫折と幻滅を味わい、逆に資本主義の優位性を痛感する。

今度は、「資本主義体制の下で世界の飢餓と貧困を撲滅する」という大目標を立て、急成長中だった牛丼の吉野家に入社した。

1978年のことだ。これが今に至る道の始まりだ。

小川氏が入社した2年後(1980年)、吉野家は経営危機が表面化した。

小川氏は孤軍奮闘して自主再建を目指したが、会社は会社更生法の適用を申請。

「米、牛肉、醤油というシンプルな組み合わせの牛丼は必ずハンバーガー並みにポピュラーになる」

と確信していた小川氏は3人の部下を引き連れて独立し、ゼンショーを設立した。1982年のことだ。

社名の「ゼンショー」は「全勝」という意味

そこには、敗北の連続だった小川氏の「これからは全戦全勝だ」との思いが込められている。

 

石川太郎先生の研究

▲我々27回生の卒業30周年同窓会(2005年)の太郎先生

87歳にしてこの背筋まっすぐの凛とした姿勢は、帝国海軍仕込み?

今日、昼寝をしていたら、夢の中に石川太郎先生が登場しました

最近はほぼ毎日昼寝をし、昼寝も夜寝も同じくらいの長さ

どちらも4時間くらいになっています

長時間続けて眠れないのは、年のせいでしょうかねー?

睡眠不足は重大な悪質ストレス要因で、

悪質ストレスは、免疫系を破壊して、ガン細胞の暴走を促す!

と私は信じているので、睡眠はタップリとるようにしています

具体的には、よほど重大な用事が無い限り

眠気を催したら、ためらうことなくスグ横になる

自然に目覚めるまで、ひたすら眠る(約4時間)

という、昼夜2サイクル(合計8時間)の睡眠パターン

現役世代には無理な、リタイア世代だけに許された、ゼイタクなライフスタイルかもしれませんね

スペインには、シエスタという昼寝の習慣があるそうですが、我が日本も見習ったらどうかなぁ

いま太郎先生にお会いしたら「70前の若造が、たるんどる!」とか怒られるかな?

 

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夢の細かい内容はスグに忘れたのですが、太郎先生のことを思い出しながら、以下に少し書いてみることにします

新宿高校時代に太郎先生の生物の授業を受けた方はご存じのことですが、太郎先生は海軍将校となって第二次大戦に従軍されています

(この辺の記憶が、先週の「横須賀・軍艦クルーズ」とつながって、夢になったのかもしれませんね)

太郎先生は新宿高校での生物の授業中に、この戦争体験を「雑談」として語り、時として授業時間の大半が「雑談」になることも多々ありました

その体験談が非常に興味深いものだったので、新宿高校卒業生の間では

新宿高校最大の名物教師

として語り継がれています

あの名物授業を録音しておいて、いま聴きたかったなぁと思います

いま考えてみますと、太郎先生は年齢的に、1943年(昭和18年)の「学徒出陣」で戦場に向かう運命になったのではないか?と推察します

それまで男子大学生は兵役法により、26歳まで徴兵を猶予されていましたが、敗色濃い戦時体制下ではこの猶予が撤廃され、20歳以上の文系学生が徴兵の対象となりました

そこでひとつ疑問が生じます

なぜ理系(生物学)の太郎先生が、学徒出陣することになったのか?

実は理系でも一部の学科では学徒出陣の対象となった、という情報もあります

この辺の事情、もしご存じの方がいたら教えてください

▲出陣学徒壮行会 1943年(昭和18年) 元は白黒だがAIでカラー化

太郎先生は戦争から生還して、31年9か月間(昭和21年8月~昭和53年3月)、生物の先生として新宿高校に在籍されました

我々27回生は、その最後に近い3年間、太郎先生に接する機会があった訳です

下の写真は、我々が入学するずっと前、太郎先生が新宿高校へ赴任した直後の撮影ではないかと思われます

まだ若々しい太郎先生(おそらく30歳代前半くらい)が写っています

周囲の先生たちの、いかにも学者っぽい、ややひ弱な感じに対して、太郎先生の堂々たる面構えや雰囲気は、「さすが元帝国海軍将校!」と言いたくなります(私だけの感想かな?)

我が敬愛する物理の有賀先生は、やや不適な笑みを浮かべているようにも見えます

有賀先生は、私の新宿高校1年の時のクラス担任で、有賀先生の授業が面白くて私は物理がダイスキになり、そのまま人生の途中まで理系人生を突っ走りました

そのうち太郎先生に続き、「有賀健治先生の研究」も書きたいなぁ (^_^;)

 

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さて、当ブログの2013年8月8日に「古稀記念文集」という記事があります

これには、新宿高校12回生(我々よりも15年上)が古稀記念文集を発行したときの経緯などが書かれていますが、その中で12回生の同期会(2012年ころ)に来賓として出席なさった石川太郎先生のことが書かれています

石川先生は95歳、中野先生が92歳と、御高齢になられたことでもあり、それぞれお体にご不自由を感ずる日々を過ごされておられるそうです。

石川先生は視力が弱くなって、相手の顔が丸く霞んでいる程度にしか見えなくなっておられる由。

また中野先生におかれては、歩行に困難を覚える外、発声もままならなくなられているので、スピーチは控えたいとのご意向でした。

斯様に、ご不自由なお体を押してまでも、先生方のご参加が得られるのも、この七夕会が文集発刊に象徴されるような絆を保ち続けているからではないで しょうか?

スピーチの中で石川先生は、

「・・・人生振り返ってみると孤独だった。

軍隊でも孤独だった。

そして今外山中学の同窓会で生き残っているのは、自分を含めて たった4人。

孤独だねー」

と言われながらも、若い奥さまの温かな早めのお迎えを受けて(森さん・功刀さん談)4時頃お帰りになられました。

スピーチの中で3回も「孤独」という言葉を発した太郎先生

勝手な推測ですが、戦争で親しい人たちの多くの死に遭遇し、それが太郎先生の人生観に何らかの影響を及ぼしたのか?

あの授業中の饒舌だった太郎先生の、心の奥底が少しうかがえるような気がします

最後の「若い奥さま」というところに救いが感じられます

当ブログの2015年5月11日の記事「訃報 石川太郎先生」によると、3年間ほど自宅療養をされた後、2015年2月17日、奥様に看取られて、安らかに息を引き取られたとあります(享年97)

▲上記同期会(2012年ころ)の記念写真

▲中心部を拡大 左が多分、石川太郎先生(95) 一人おいて中野先生(92)

2012年の時点で太郎先生は95歳、すると生年は1917年ころで、1943年の学徒出陣の時に26歳くらいですから、まさに学徒出陣の対象者に該当します

もしかすると学徒出陣ではなく、徴兵猶予が切れた26歳でスグに戦地へ送られたのかもしれません

 

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ここに、「新宿高校歴代クラス担任一覧」という資料があります

これによると、太郎先生がクラス担任を引き受けたのは3回だけということが分かります

この資料は卒業時(3年生)のクラスなので、これとは別に入学時(1年生)のクラスがあります

いずれにしても、太郎先生の31年余の在任期間を考えると、クラス担任の回数が少ないのかな?とも思いますが、上の先生のスピーチにある「孤独」と何やらつながってくるような気もいたします

また、我々が入学する前に全学連など反体制学生運動の影響を受けて、我々より少し上の世代(坂本龍一とか)が大暴れして、新宿高校の校内もかなり荒れたのですが、それと太郎先生の「孤独」には何か関係がないかな?、などと勝手に想像してみたりします

何しろ、国のために若者たちが命を捧げた時代からわずか20年ちょっとで、若者たちが国をぶっ壊そうと暴れていたのですからね

今から思えば、どっちもスゴい時代だったと思います

▲国会を取り囲んだデモ隊(1960年)

右奥に出来たばかりの東京タワー(1958年完成)

 

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当ブログ1973年3月11日の記事に石川太郎先生  読書雑感という記事があります

我々27回生が新宿高校2年のころ、太郎先生56歳くらいの文章です

私の乏しい記憶や当ブログの過去記事からいろいろ書いてみましたが、これ以外に太郎先生に関する情報やエピソードなどご存じなら、hp@mkosugi.com までお知らせいただけると幸いです

(^_^;)~♪

AUTUMN GALA CONCERT Vol.2

 

立花さんからオペラのご案内をいただきました

情報提供ありがとうございます

右はホンモノの Puccini

下は立花さんの扮装だそうです

(^_^;)~♪

 

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皆様、猛暑のなかお元気でお過ごしでしょうか?

ひと足さきにAUTUMN GALA CONCERT Vol.2のご案内をさせてください。

9月14日(土) 15:00開演(14:30開場)

豊洲シビックセンターホールにて開催

今年はPuccini没後100年ということでPucciniのオペラから名曲がたくさん選ばれました。

私は《ラ・ボエーム》からテノールとの重唱『もうミミはもどって来ない』と《西部の娘》から『ミニー、俺は家を飛び出してきた』、そして平井康三郎作曲《夏の宵月》を歌います。

ソプラノ高橋薫子とはなんとリコーダー合奏を絶賛練習中です。乞うご期待!!

チラシを添付しましたのでどうぞご覧ください(最後のはPucciniのモノマネ)。

なおチケットのお問い合わせは

bartoshi@a.toshima.ne.jp か baritoshi112@gmail.com

立花敏弘まで、どうぞよろしくお願いいたします。

同報メールにて失礼いたしました。

 

▲クリックすると拡大します

 

▲Pucciniに扮した立花さん(立花さんからのご案内メールに添付)

 

半世紀前の遠足

▲半世紀前の遠足の写真   ▼今月の写真

 

数日前(7/2)に小田原の大雄山(最乗寺・道了尊)を歩きました

ここの参道は、いい感じの散歩(軽いハイキング)コースなので、これまでにも何回か歩いてます

ここはアジサイが群生していて、ちょうど咲きごろでキレイだった

そしたら、徳永パパから

「新宿高校1年のときに、遠足で行ってる」

とのご指摘をいただきました

私はすっかり忘れてたんだけど、探したら上の写真(1年A組)がありました

そしてその下が、数日前(7/2)に撮った同じ位置の写真

橋はそのままだけど、後ろの樹木が半世紀間でずいぶん変化してる

左下に物理の有賀先生が写っていて、超なつかしい!

私は理系で物理ダイスキだったので、先生の授業は強く印象に残っています

2006年に1年A組のクラス会があって、担任だった有賀先生もご出席

「人生、したいことをして生きる。これが大事だと思いますよ」

とおっしゃっていたのが印象に残っています

有賀先生はこの6年後にご逝去なさっています

(T_T)

▲2006年の有賀先生 1年A組クラス会にて

追伸

半世紀前の遠足の写真、私は一番上の1枚しか見つからなかったけど、他の写真をお持ちの方がいらしたら、ご提供いただけるとウレシイです

(^_^;) chouyou27@mkosugi.com

同窓会誌「朝陽」73号

数日前に、同窓会誌「朝陽」73号をお送りいただきました

編集発送の皆さまに感謝申し上げます

上の表紙の写真は、館山臨海学校の宿舎だと思いますが、台風被害で破壊される前の写真なのか、あるいはほぼ完全に破壊前の形を復元して再建されたものなのか?

26回生が卒業50周年特集、ということは次は我々ですね

世界史の小宮先生の追悼文がありました

やや不謹慎な話題ですが、小宮先生の授業中、宿敵T君との対決を思い出しました

柔道部の顧問でいらしたんですね

上の写真の中央は、わがクラスのY君?

下の拡大写真をクリックすると、再拡大します

過去10年くらい活動を続けた100周年記念事業も成功裏に終了したようです

母校のますますの発展を祈ります

(^_^;)

 

立花さんのヴァレンタインコンサート2024

▲ガルバホール

 

オペラの立花さんから、ヴァレンタインコンサートのご案内をいただきました

情報提供、ありがとうございます

(^_^;)~♪

 

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新年明けましておめでとうございます。

毎年恒例?になったヴァレンタインコンサートのお知らせです。

2月4日といえば日本では立春。

一足先に春の歌で始まります。

日本を代表する大作曲家平井康三郎の歌曲、そして孫にあたる平井秀明氏の作品とお話もお楽しみください。

アール・ヌーヴォー様式の不思議な空間、ガルバホールにて2月4日(日)14時開演です。

チケットのお問い合わせは bartoshi@a.toshima.ne.jp または baritoshi112@gmail.com までどうぞよろしくお願いいたします。

チラシを添付しましたのでご覧ください。

立花敏弘

 

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謹賀新年 ブログを少し変更します

 

朝陽27会の皆さま、あけましておめでとうございます

日ごろは「観潮亭日乗(朝陽27会バージョン)」をご高覧いただき誠にありがとうございます

当ブログは、もともとは新宿高校の卒業30周年記念同窓会(2005年)の写真をアップするために開設しました。

そして歩き続けて、もうすぐ20年になります

本年よりブログ名称を「朝陽27日乗」に改めるなど、ブログ内容に多少の変更を加えることといたしました

引き続きよろしくお引き立て、お願い申し上げます

令和六年元旦

観潮亭主人 敬白

 

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ブログ変更のお知らせ

新しい年を迎えたことを機に、当ブログに少々変更を加えました

1)スマホでも読み易い文字の大きさにします

これまでの当ブログの画面は、PCモニターの大画面での閲覧を前提に作って参りましたが、

スマホでの閲覧では、文字が小さい(読みにくい)

という問題がありました

私も含めて朝陽27会メンバーの皆さまも少しずつ老境に差し掛かり、小さな文字を苦手とする方が増えているのではないかな?と考えました

そこで、

ブログ表示をスマホ対応(レスポンシブ表示)に変更

スマホ閲覧でも読みやすい文字の大きさにする

ことにいたしました

ブログの見た目が少々変わりますが、記事内容は変わりません

2)ブログ名称を「朝陽27日乗」に改めます

これは単純に、今までの名称「観潮亭日乗(朝陽27会バージョン)」が長ったらしかったからです

3)観潮亭日乗からの記事コピーをやめます

これまでの当ブログの記事は、

朝陽27会や新宿高校の関連記事

観潮亭日乗(私の日記)からのコピー記事

という2種類の記事を併せて載せるスタイルで構成してまいりました

観潮亭日乗は、私(観潮亭主人)の日記のようなもので、日々の出来事や考えたことを徒然なるままに記しております

ただ最近では、観潮亭日乗からのコピー記事の比重が高くなり、朝陽27会関連記事が探しにくくなっているのではないかと危惧しておりました

そこで今年から、観潮亭日乗からの記事コピーを停止し、当ブログには

朝陽27会や新宿高校の関連記事だけを載せる

ということにいたします

私の日記は、ブログ表題下の観潮亭日乗】へをクリックしていただければ、これまで通り閲覧可能です

(スマホの場合、ブログヘッダー画像内のをタップしてから)

 

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なお当ブログ(朝陽27日乗)やブログ管理人(観潮亭主人=3D小杉)へのご意見は、下記メールアドレスまでお寄せください

chouyou27@mkosugi.com

以上、よろしくお願い申し上げます

観潮亭主人 敬白

 

立花オペラ『ラ・ボエーム』

 

立花さんからオペラのご案内をいただきました

情報提供ありがとうございます

(^_^;)

 

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35260840

 

ようやく涼しくなってきましたがいかがお過ごしでしょうか?

お元気のことと存じます。あの猛暑が懐かしくもありますが…

さて10月28日(土)15:30開演オペラ『ラ・ボエームのご案内をさせてください。

私は、1幕・若者たちの住むアパートの老管理人「ベノワ」、2幕・ムゼッタのいけ好かないパトロン「アルチンドーロ」、そして子どもたちも楽しめるようにと日本語での「語り」と3役を演じます。

只今3役の絶賛役作り中!

藤原歌劇団を代表するプリモテノール藤田卓也のハイCは凄いですよ。

お時間ありましたらどうぞお出かけください。

会場は小田急線「新百合ヶ丘」駅南口より徒歩4分のユリホール。

心よりお待ちしています。

お問い合わせは

bartoshi★a.toshima.ne.jp または baritoshi112★gmail.com

(★を@に)まで宜しくお願い致します。

立花敏弘