多摩ファミ応援団 コンサート終了後、JCOMホールのロビーにて
写真の追加削除修正などのご要望は、小杉までどうぞ (^_^;)
小杉:chouyou27★mkosugi.com(★を@に)
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この映画音楽がすごくいい
昨日の「最強のふたり」につづき、今日もまた超ステキなフランス映画を観ました
「最強のふたり」は少しアメリカ映画っぽかったけど、この「海辺のポーリーヌ」は、まさにフランス映画ど真ん中という感じ
モンサンミッシェルに近いビーチに、15歳のポーリーヌ♀と25歳くらいのマリアン♀(二人はいとこ)がパリからバカンスにやって来る
マリアンはこのビーチが初めてじゃなくて、現地に昔の恋人もいて、男女数人が入り乱れてビーチで短い夏を過ごします
ストーリーだけ見るとドタバタ痴話げんかっぽいんだけど、それがさすがフランス人で、オシャレ、セクシー、哲学的なんだよね
ストーリーは単純で、雰囲気(ムード)を楽しむ映画です
こんなムードは、フランス映画じゃないと味わえないなぁ
中のひとり、アタマが少しハゲかかった中年男(と言っても40歳くらいかな)のアンリは、いい女とみると見境がなくて、次々に引っかけようとする浮気性の強い奴なんだけど、これがけっこうモテるんだ
欧米では「ハゲの男はモテる」って聞くけど、こんな感じなのかな?
マリアンは、まさにフランス女って感じで、コケティッシュな魅力を思い切り振りまいている
中年男アンリはマリアンと関係しながらも、「彼女は完璧すぎる」とかなんとか難癖を付けている(たぶん、浮気の言い訳)
映画の題名にもなってるポーリーヌは、まだ15歳で子供っぽいんだけど、周囲の大人たちの恋愛に混じりながらボーイフレンドを作ったりして、しかも自分なりの恋愛観を持って毅然としてるのはかっこいい
マリアンがポーリーヌを預かって二人でビーチに来たという設定だから、ポーリーヌの母親とかが出て来ないのもいいんだろうね
フランスの女の子って、こうやって「大人の女」になっていくのかなぁって感じ
フランスには女性の年代層の中に、しっかり「大人の女」という区分があって、これが質量ともに存在感がスゴいなぁと思う(主にフランス映画からの印象だけどね)
日本では下手をすると、「少女」「若い女」からいきなり「主婦」とか「中年女」に跳んでしまって、「大人の女」の幅や存在感が薄いような気がする
「大人の女」という存在が、「主婦」や「中年女」と何が違うのか、と問われたら、まず「恋愛の現役感」でしょうかねぇ
フランス映画の強みを3つ選ぶとしたら(日本人の男である私の目から見て)
フランス女 フランスの風景(特にパリ) フランス語
かなぁと思う
イタリア人もそうだけど、ラテン系の女はカワイイし、自由奔放で魅力的だ
フランスは階級社会だから、上流と下流では違うだろうけどね
同じ白人でも、ゲルマン系は生真面目で固い感じがするし、デカくてゴツい
パリの街並みを背景にして映画を撮れば、下手な監督でもいい映画を撮れそう
恋愛映画でフランス語の話し言葉としての上品さは強力で、英語やドイツ語はかなり不利だ
フランス語:愛をささやく言葉
英語:部下に用事を言いつける言葉
ドイツ語:家畜をののしる言葉
そして、愛をささやきながら、哲学っぽい会話をする
フランスの高校卒業試験であるバカロレアでは、「哲学」が必須科目で、非常に重みのある科目だ
日本の高校の「国語」に近いんだけど、日本の国語の教科書には情感(ハート)に比重のある文学作品が多いのに対して、フランスの「哲学」は徹頭徹尾、自分のアタマで考え抜く論理(ブレイン)の世界
結局、フランス人をフランス人たらしめているのは、この高校時代にたたき込まれる「哲学」なのではないかと思う
私は基本的に外国映画は、字幕を読むのがメンドウなので吹替で観るのが好きだけど、フランス映画は字幕もいいなぁと思います
とにかく「海辺のポーリーヌ」、各シーンが長く記憶に残りそうで、何年も経って再び観ると懐かしさを感じそうな映画
1983年の映画だから、もう40年以上も前なんだけど、まったく古さを感じない
むしろ、最近のフランスは移民が増えすぎて荒廃しちゃってるから、古き良き時代のフランスが描かれたステキな映画と言えそう
パリ五輪の演出は、世界中から叩かれて「フランスも落ちたもんだ」と言われたし、フランス人はプライドが高くて周辺国を見下してるから、何かと嫌われがち(日本で言えば京都に似ている)
だけど過去には、いい映画をいっぱいつくってますね
(^_^;)~♪
渡辺明 藤井聡太
いま世間では、夫婦別姓とかでモメてますが、「将棋の渡辺くん」こと渡辺明九段が、奥さんと離婚後も「一緒に暮らしていく」と公表した
離婚後も同居を続けるという、やや珍しいケース
離婚したら同居するな!などという法律は無いから、本人同士がOKなら別に問題なしだけどね
結婚するときは、
結婚と同時に同居をスタートする最もポピュラーなAコース
とりあえず籍だけ入れて、一緒に住むのは少し先というBコース
まず同居(同棲)して、心や体の相性などゆっくりじっくり確かめ合ったりしながら、いろいろあって籍を入れるCコース
があって、すでにAコースよりCコースの方がポピュラーかもしれないね
逆のコースでは
不倫が発覚したりして、まず別居して(Dコース)、いろいろあって離婚したり元の鞘に収まったり
というのが世間では多いような気がするけど、今回のように
離婚はするが同居は続ける(Eコース)
というのは、まだ珍しいケースなんじゃないかな?
動機がよく分からないけど、Cコースで結婚したカップルが
「とりあえず一段階、元に戻そう」
ということかな?
あるいは、マスコミ向けの話題づくり?
男と女の関係の新しいスタイル?
ちなみに、渡辺明九段には「魔太郎」という愛称がある
藤子不二雄A作のマンガ「魔太郎がくる」のキャラクターに似ていて、本人も似ていると認めているらしい
まあ、見た目もキャラもとがっていて、マンガにしやすい人のようです
(^_^;)~♪
若いころの渡辺明と「魔太郎がくる」
* * * * * * * * *
将棋の渡辺明九段(40)が、妻で漫画家の伊奈めぐみ氏と、昨年に離婚していたことを発表し、ネット上で話題となっている。
渡辺はX(旧ツイッター)で
「昨年、離婚しました。(足のケガとは関係ありません)」
「『将棋の渡辺くん』を通じて、夫婦で応援して下さった方に申し訳なく思います」
「膝手術の前から、まともに動けていないので、妻(元)にはかなり迷惑をかけています。世話だけでなく弱音を言っては話し相手をしてもらって、励まされています」
「今後も一緒に暮らしていくので、引き続きマンガの応援をするのと、自分もケガからの回復を目指して頑張りたいです」
と書いている。
渡辺が伝えた離婚後も同居するという「離婚同居」についての書き込みが相次いだ。
「結婚の形も変わっていくし、離婚の形も変わっていく」
「渡辺明九段と伊奈めぐみ氏 『同居離婚』 新しい形だな」
「今年一番驚いたニュースだわ まぁ仲たがいじゃないみたいだしありかもですね」
「同居離婚か。べつに憎みあっていないのだからこれはありやね」
「渡辺明九段、離婚してたってマジ!? 同居も続けるって…新しい形の家族?」
「21年暮らしたけれど、同居はするということらしい。彼ららしい。お子さんも成人されてるし、理解は得られるだろ」
「離婚したのに同居ってどゆこと? なんちゃって夫婦別姓か?」
伊奈氏は漫画家として夫の渡辺を題材とした「将棋の渡辺くん」で知られ、伊奈祐介七段の妹にあたる。
2人は04年4月、渡辺が19歳の時に結婚。
同年7月に長男が誕生していた。
* * * * * * * * *
追伸ニュース
将棋の渡辺明九段の元妻で漫画家の伊奈めぐみ氏が8日、自身のX(旧ツイッター)を更新。
離婚後の2人の関係性について漫画で端的に語った。
伊奈氏が2人の夫婦生活を描く漫画「将棋の渡辺くん」の最新話告知を受け渡辺九段は7日、自身のXを更新。
「昨年、離婚しました。(足のケガとは関係ありません)
『将棋の渡辺くん』を通じて、夫婦で応援して下さった方に申し訳なく思います」
と離婚を報告していた。
離婚後も同じ屋根の下でともに暮らしているそうで、その2人の支え合いの形には多くの反響が寄せられた。
伊奈氏は8日、「エゴサーチしたら、色んな人が持論を語っていた」と世間の声について言及。
「それらに対しまとめて返事、としてコレを貼っておこう」とポストし、漫画の1コマを投稿。
「誰も他人の家庭のことは理解できないから」
と漫画のコマのセリフでアンサーした。
久しぶりにいい映画だったので、感想を少し書きますね
映画評で評価の高い映画を観ると、期待が高くなる分がっかりすることもあるんだけど、本作は期待を裏切らなかった
ハングライダーの事故で、首から下がマヒした富豪の中年フィリップ
貧しいスラム街の出身だが陽気な黒人の若者ドリス
フィリップは、住み込みで身の回りの世話をする人を募集し、採用面接に多くの人が並ぶ
真面目そうな応募者が多い中で、気むずかしいフィリップは、ズバズバものを言うドリスが気に入る
ドリスは介護役に採用され、何もかも正反対の二人に友情が芽生えていく
階級差 パリの街並み 冒険 孤独と愛 不機嫌と愉快
寝たきりや、首から下がマヒでも、人生はそれなりに楽しめる
暗く湿っぽくなりがちな身体障害者の世界を、明るく愉快に描く
まあ、余り暗くならないのは、身体障害者でも大富豪だからかもしれないけどね
上流階級的な気取った世界を、痛烈に笑い飛ばしているところも痛快だ
2011年のフランス映画だから近作ではないが、この映画には実在のモデルがいて、ふたりともたぶん今も健在(もちろん一人は体が不自由)
黒人が主人公だからアメリカ映画っぽいけど、やはりフランス映画っぽさはよく出ている
(^_^;)~♪
西新宿の東京オペラシティ(リサイタルホール)へ
作曲家 團伊玖磨の生誕101年コンサート
声楽家4人が「日本」を歌いました
最後には、おなじみの「ぞうさん」
半世紀ぶりに聴きました
(^_^;)~♪
女声二人は姉妹です(シュガー・シスターズ)
5人全員、藝大です
昨年末のガン検診で肺が引っかかって
1月下旬に肺のCT撮って
昨日結果が出て、問題無しでした
もしガンが見つかったらどうしようかなぁ
なんて、ここ10日間ほど考えてました
いま自分の健康感を
言葉で表すとしたら「薄氷」
薄い氷の張った湖の上を歩いてる感じ
幸い、まだ氷は割れてないから
自分の足でどこでも自由に行ける
でもいつ氷が割れるかは全く分からない
ガンの宣告か、転倒して歩けなくなるか
実際、友人の中には氷が割れて
寝たきりや鬼籍に入った人もいる
薄氷の上で生きていくのは不安だけれど
それが人生なんだろね
若い人は高齢者より氷が厚いけど
でも割れないという保証は無い
交通事故で寝たきりになる若者もいる
(^_^;) セラヴィ
このところ、朝陽27日乗のブログメンテがエーカゲンになってて
2/9多摩ファミパンフの掲載が遅くなりました
もちろん、2/9当日は聴きに行くつもりです
(^_^;)~♪
今日は大田くんを囲む会で、世田谷区の日帰り温泉「SPA成城」へ
ここは1年前の今頃にも同じ仲間で来ている
渋谷と明大前を経由して、京王線八幡山駅で降り、都立松沢病院の中を歩く
私は心理学とか精神医学関係の本を読むことが多いので、この病院の名前はよく知っていたが、中を歩くのは今日が初めて
実に広大な敷地で、大学のキャンパスみたい
中には農園もある
「なんで病院に畑?」
と思ったら、そうゆう精神療法だった
自然作業療法というのだそうだ
周辺の地価を考えると、とんでもなく高コストな療法だね
まあ、土いじりが心の安らぎにつながるのは何となく分かる
私もプランター(角形の植木鉢)でベランダ農園を少しやっているが、多少の癒やしにはなっているような気がする
上の院内マップに「医療観察法病棟」というのがあるが、これがいわゆる重症患者の入る病棟で、主に重大な他害行為を行った者が入ることになっている
重症の精神病患者に精神医療を施して社会復帰を目指すということになっているが、周囲の人に危険(他害行為)を及ぼしかねない者を、場合によっては強制入院(措置入院など)させて「社会から隔離する」機能があることは否定できない
殺人、傷害、暴行、放火、強姦などの重大犯罪(他害行為)を犯した者が、裁判の過程で心神喪失を認められると、刑罰(死刑や刑務所収監)を免除される替わりに強制入院させられたりする
今日は八幡山駅から松沢病院の中へ散歩して、この医療観察法病棟のすぐ脇も歩いたんだけど、途中に何のチェックもなくて誰でも自由に来れちゃう!
もちろん本当に危険な患者は、ちゃんと鉄格子のある隔離空間に入ってるとは思うけどね
なんか、大ヒット映画「羊たちの沈黙」のレクター博士を思い出してしまうよ
いま春日武彦さんという精神科医の書いた一般向けの本を読んでいるんだけど、そんな精神科病棟のやや不気味な、時には面白い修羅場がいっぱい出てくる(すでに十数冊読んだ)
春日さんは、松沢病院で精神科医として勤務していたこともある
この春日さんと、ホラー作家の平山夢明さんが組んで書いた対談本「狂いの構造」シリーズは、メチャ面白くてハマっています
精神医療とホラー(恐怖)小説は、親和性が高い
この春日さん、本の中で自分の心の異常さを、正直にドンドン書いちゃうんだよね
例えば、彼は甲殻類恐怖症で、海老とかカニを食べられない
美味しそうな海老の天ぷらも、彼は食べることが出来ない
それどころか、触れたり近寄ったりすることも出来ないし、考えただけで虫酸が走る
普通の人がゴキブリに感じるような嫌悪感を、甲殻類に対して感じるらしい
しかもその恐怖の原因が、春日さん本人にもよく分からない
恐怖は人間の最も根源的な感情(脳の最下層レイヤーに位置している)なので、その奥は計り知れないほど深く、精神科医の知力をもってしても、自分の恐怖の中身を極め尽くすことは出来ないようだ
精神科医が、自分は高いところに立って患者を見下ろしながら解説するんじゃなくて、自分もかなり狂ってるという立場で解説するから、春日さんの本は面白いのかもしれない
私の勝手な感想だが、精神科医とか心理学者には、高知能だが少々アブナイ人が多いような気がする
人間という生き物は、みんな多かれ少なかれどこか心に狂ったところを持っているのが普通なので、その典型例(極端例)としての精神病について知ることは、自分観察(内省や内観)も含めて、人間観察の深みを増すためにとても有益だと思っています
もし、まったくどこも狂っていない人がいたとしたら、その人は超少数派という意味で「異常な人」かもしれない
もともと人間に対して「異常」という言葉をつかう場合
1)少数派(社会の多数派とは、何かが異なっている)
2)社会不適合(正常な社会生活が送れない、送りにくい)
という二つの意味が含まれている
前者は単なる多い少ないの単純かつ広い概念だが、後者には周囲や本人に実害が伴うという意味で範囲の狭い概念だ
ただ、社会のルールや慣習は多数派に合わせて作られたものがほとんどだから、少数派は社会不適合を起こして、狭い意味での「異常」にもされやすい
たとえば、毎日バスタブ入浴する習慣が無い国(日本以外のほとんどの国がそうだ)に留学した日本人学生は、「水を大量に浪費する」として、寄宿舎の管理人から文句を言われることがある
毎日風呂に入った方が清潔だとか気持ちがいいとか主張しても通用せず、実害が有っても無くても、少数派は異端視や攻撃の対象になり、「一つ目村に迷い込んだ、目が二つある化け物」と見なされやすい
* * * * * * * * * *
帰りに大好きな回転寿司「元祖寿司」へ行こうと思って渋谷へ寄る
元祖寿司は川崎店や蒲田店によく行くんだけど、渋谷店は100円台の安い皿がほとんど廻ってなくて、高い皿ばかり (T_T)
渋谷はインバウンド外人が多いので、観光地価格になっている
帰りの渋谷駅ハチ公改札が超大混雑で、並ばないと駅に入れない
「他の改札へまわってくださーい!」
と駅員が必死になって叫んでいた
で、西口改札にまわったら、ここだけ旧駅舎ビルの一部が残っていて、何とも異様な感じ
なんだか東日本大震災の津波に襲われて、残ったビルの残骸といった風情
周囲は渋谷駅大改造で、工事現場の中に駅があるみたいだ
今日は、あちこち歩いて、合計1.8万歩
少し疲れたなぁ~
うっかり、大田くんを囲む会の集合写真を撮るのを忘れてしまった
(^_^;)~♪
tiktokで大人気 澤村光彩(きらり)ちゃん
この表情芸、桂枝雀さんに通じる
(^_^;)~♪
▲フジテレビ「相談役」 日枝久(87)
モンスター独裁者は「空気」で周囲を支配します
「空気」による支配には、社長とか会長の肩書きは不要です
そんなものが無い方が、肩書きから来る責任を免れて、勝手放題の独裁支配が可能になります
独裁支配権(その中核は、役員や部長層への人事権)を好き勝手に行使して、いざとなると「相談役だから」などと言って逃げる卑劣きわまりない存在
日本的な「空気」は、独裁者を生み出す土壌です
日本人の最大の欠点として、
人間関係や、それが醸し出す「空気」が関係してくると
とたんに冷静な判断力を失って(思考停止)
トンデモない愚かな判断や行動をしてしまう
というのがあります
異常なほど先輩後輩の序列を気にする
常に周囲の顔色を見ながら意思決定する
余計な忖度(そんたく)をして、発言や行動を自粛する
などの日本人のおかしな習性(時には長所になることもあるんだけど)は、ほとんどこの「空気」が関係しています
有名な「タイタニック・ジョーク」などで、外国人から茶化されたりしています
例えば、80年以上前の御前会議(天皇臨席の会議)でも、この「空気」が充満していました
会議出席者の誰もが「空気」に飲まれて開戦に反対できない気分(思考停止)になりました
そして、絶対に勝てないと分かっていた愚かな戦争に突入(真珠湾攻撃)していって、善良な日本人が310万人も死んだのです
この「空気」こそ、日本人を狂わせる最大の脅威であり、この「空気」を悪用して、組織の独裁者に居座っている悪党が、組織の大小を問わず、日本社会のあちこちに広く存在しています(特にマスコミ業界に多い)
そんな独裁者の醸し出す「空気」に触れると、周囲の日本人は冷静な判断力を失って思考停止に陥り、「愚かな羊たちの群れ」となります
ひたすら凶悪独裁者に盲従し、その言いなりになって黙ってしまうのです
まさに【羊たちの沈黙】です
今日の記者会見は、そんな「愚かで卑屈な4匹の羊」登場しただけのように見えました
私たち日本人の99%は、この「空気」に触れると、みんな愚かで卑屈な羊になってしまう可能性を秘めています
浜田聡議員やホリエモンみたいな、「空気」に流されないスゴい人は、たぶん1%もいないでしょう
「王様は裸だ!」と叫ぶ子供が必要です!
いまフジテレビの不祥事に憤って叫んでいる人たちも、それは自分が外部にいて「空気」に触れていないから
もし自分自身の属する会社や組織に独裁者がいたら、その独裁者の前では「空気」に威圧されて、言いたいことも言えない羊になってしまうのかもしれません
▲日枝が死ぬほど恐い「愚かで卑屈な4匹の羊」