出版社勤務を辞めて、愛する妻子と新居で小説を書く生活を始めた主人公
しかしその新居には、忌まわしい過去があった、というサイコ・スリラー
アマゾン・レビューの評価は非常に高いのだが、イマイチ楽しめなかった
(^_^;)
出版社勤務を辞めて、愛する妻子と新居で小説を書く生活を始めた主人公
しかしその新居には、忌まわしい過去があった、というサイコ・スリラー
アマゾン・レビューの評価は非常に高いのだが、イマイチ楽しめなかった
(^_^;)
中年女(製薬会社を経営)との逆玉に乗った若い夫(薬学専門家)が、彼女のすさまじい支配欲にウンザリして若い女と不倫を始める
こんな女房なら誰だって不倫するだろなぁ、という感じで若い夫に感情移入
やがて若い夫が遺産を狙って中年女を毒殺するという、刑事コロンボのような展開だが、場所はロスではなくスペイン
しかもモルグ(遺体安置所)から中年女の遺体が消えるという異常な事件が発生
ミステリーとして非常によく出来ているし、ホラー的な要素もあって、グイグイ引き込まれます
ソニー映画が制作してるせいか、映画の中にやたらとソニー製品が登場するのが笑える
(^_^;)
1955年アインシュタインが亡くなり、解剖を担当した医師が、遺族に無断で、脳を取り出し保存する
この行為は大した結果に至ることなく、映画はアインシュタインの劇的な人生をたどる
20世紀最大の天才も、若い頃は就職で苦労し、大学に働き口を得られず、特許庁の審査官となって、余暇に独自の研究を進める
他の自然科学分野とは異なり、数学や理論物理は、ペンと紙さえあれば最先端の研究を進められるところが痛快
やがて1915年に論文を4本発表するが、どの論文もそれぞれノーベル賞級の画期的な研究で、それを短期間に4本書き上げたところに、天才特有の創造爆発を感じる
ニュートンも、有名な三大研究(万有引力、微分積分、光の分解)を、ペスト蔓延から避難したわずか18か月間に完成させた
ニュートンはリンゴの落下を見て、普通の人とは異なる疑問を持ったが、アインシュタインは子供のころ、磁石の針を動かす不思議な力の存在に、同じような疑問を持った
(^_^;)
25年前にも読んだ本の再読
多くの天才たちの人生を「孤独」という視点から解説している
ある種の才能や感覚が突出すると、共同での生活や作業が苦痛になる
ソローは「天国の寄宿舎より、地獄で一人で暮らしたい」と言った
巨万の富を孤独の確保につかったピュリツァーやヒューズには、滑稽な悲劇性がただよう
著者が孤独の音楽の最高峰とするのは、グレン・グールドのゴールドベルク変奏曲、冒頭のアリア
(^_^;)
猫の運動神経はホントにスゴい!
だからと言って
むやみに落とさないでね (^_^;)
江戸初期の柔術の大家、関口氏心(関口柔心、→)の逸話に
「猫が屋根の上で眠り込んで転がり落ち
空中でひらりと身を翻し
足から降り立った様子を見て
“受け身”を考案した」
というものがある。
関口氏心は自ら屋根の上に登って転がり落ちる修行を続け、
受け身の技を完成させたという。
17世紀の日本では武士が猫に学んでいたわけだが、
当時の欧州では科学者たちが
「猫が逆さに落ちても、足から降りられる秘密」
を解明しようとしていた。
若いころ雑誌「太陽」の編集長をしていた著者は、多くの作家たちと、個人的にも深い交流をした
著者が還暦を迎えたころから、その作家たちの訃報に接することが多くなり、その作品を読みながら、死について考える
モンテーニュは「哲学の目的は、死に対して心の準備をすること」と言ったが、かつてその役割を宗教が担っていた
そしていま、それは教養だと著者は言う
かつてテレビでもよく見かけたし、ひょうきんな人柄というイメージだが、実際はかなり神経質で重い胃潰瘍を患い、何度も大量の血を吐いている
さらに交通事故で瀕死の重傷を負い、死線をさまよう
そんな著者だが、78歳の現在もご健在
(^_^;)
精神科医が過去の天才(政治家、文学者、思想家など)を精神分析する
ニーチェ、リルケ、フロイトという3人の天才に深くかかわった女性ザロメに興味がわいた
ヒトラーやスターリンは明らかに精神病者だが、多くの理性的な人々が、このような精神病者に簡単にダマされてしまった歴史的事実が恐ろしい
習近平や金正恩の精神分析もして欲しい!
((((;゚д゚))))
天才論の二大古典のうちの1冊で、どちらも100年近く前に書かれた
クレッチマーの「天才の心理学」が、天才の精神の内部(ミクロ)に深く切り込んでいるのに対して、アイヒバウムは天才という存在に関する社会学的考察(マクロ)が中心
「天才と狂気」という昔からある疑問に対して、「名声」という中間項を置いて、天才が社会から天才として認知されるプロセスを、スッキリ分析している
「オレはビッグになりたいんだ!(名声が欲しいんだ!)」という人には、参考になる点が多々あるだろうと思う
しかし、クレッチマーの「天才的」な分析のキレと比べると、相対的には凡庸な「非天才」が、外から天才を観察しているという印象は残る
ただし、アイヒバウムには「天才・狂気・名声」という主著(600ページ以上もある大著)があり、本書はその要約版であるから、主著を読まずして評価を下すのは、公平を欠くかもしれない
主著「天才・狂気・名声」の日本語訳は、現在絶版で手に入らない(原書で読むのは、ちとツライ)
(^_^;)
大学時代に半年ほど、著者・穐山貞登先生の心理学研究室に毎週1回通った時期がありました
教養課程の授業で、学生はわずか4人、毎回テーマを決めて90分くらいディスカッション
穐山先生と研究室の助手さんが議論に耳を傾け、ときどき短いコメントを挟む程度
なつかしい思い出ですが、すでに19年前に穐山先生はご他界、ツン読だった本書も絶版になっていました
本書は、主に天才の創造活動に関する心理学などの諸研究を網羅(1962年現在)してあります
延々と学説を、広く浅く羅列してある感じで、少々退屈
今回も飛ばし読みになってしまいました
(^_^;)
本書には「秘密」と言うほど大したことは書いてないですが、天才のエピソードがいろいろ出てきます
子どもが成長して社会に適応してゆくプロセスを、日本では「大人になる」と言います
これは「おとなしくなる」が語源との説もあります
つまり自己主張が弱くなって、よく言えば「丸くなる」、悪く言えば「詰まらない人間になる」
大人になるのは、創造性を失うプロセス、という側面があるようです
たしかに天才と呼ばれる人には、どこか子供っぽいところを濃厚に残している人が多い
ただし、子供っぽい人が天才とは限りません
(^_^;)