
出口によってイメージの違う駅って
けっこうありますよね
鶯谷には笑えるし、五反田は多彩だね
(^_^;)

出口によってイメージの違う駅って
けっこうありますよね
鶯谷には笑えるし、五反田は多彩だね
(^_^;)

▲日大理事長の田中英寿と、暴力団山口組組長の司忍 司忍の左手小指に注目(↑)
暴力団の親分と親しい元相撲取りが
マンモス大学の独裁者として永年君臨し
その大学運営に巨額の税金(私学助成金)
が支給され続けていたのです
今回、辞職したと言っても、子分や取り巻きを次の理事長に据え、院政を敷いて独裁体制を維持する可能性もありますから、まだまだ要注意です
ヽ(`Д´)ノ
所得税法違反の疑いで逮捕された、日本大学理事長の田中英寿容疑者(74)が、日大の理事長職を辞任する意向を大学側に伝えたことが12/1、関係者への取材で分かった。
約7万3000人の学生を擁する国内最大のマンモス私大、日本大学。
その不正資金を巡る事件は11/29、理事長として長年君臨した田中英寿容疑者(74)の刑事責任追及に発展した。

5期13年という異例の長期政権を敷いた田中英寿容疑者には、出入り業者との癒着など疑惑が絶えなかった。
日大相撲部時代は学生横綱にも輝き、卒業と同時に職員として就職。
体育会人脈を生かし、学内で地位を着実に築いていった。
田中英寿容疑者の権力の源泉は「人事」だった。
運動部を統括する保健体育事務局長、約120万人の卒業生を束ねる「校友会」会長などを務め、2008年に経営トップの理事長に就任。
当初は「おまえたちがそう言うなら」と、周りにも耳を傾ける人だったが、そのうち異論を述べる人を排除するようになった。

国が主導した大学のトップダウン化の流れに乗じて2013年、組織改編で理事長は教学トップの学長より上の位置付けに。
権限を集中させた田中英寿容疑者は
「人事権を駆使して独裁体制をつくっていった」
と元教授は振り返る。
自宅のある東京都杉並区のビルで、妻が経営するちゃんこ料理店には、大学幹部や業者が日参。
元理事の井ノ口忠男(64)=背任罪で起訴=も常連で、妻に取り入り、経営中枢に食い込んでいったとされる。
「日大の人事はちゃんこ屋で決まっている。
理事長が理事を選ぶので、理事は誰も逆らえない」
とある職員。
別の日大関係者は
「皆が田中英寿容疑者の顔色をうかがっていた」
と明かす。

▲星野伊佐夫

これって、録音などの物証が提出されて、真実の録音と確認されたら、星野伊佐夫だけでなく、いま彼をかばっている新潟県連の幹部たちも全員、政治生命が終わりますね
逆に、はっきりした証拠を提出できないのなら、泉田裕彦の政治生命が終わるかもしれません
もともと田中角栄を輩出した、金権政治の土壌が非常に強い県ですから、これを機会に、一気に県政浄化するのも良いかもしれませんけど

ただ、政治がカネで動く(悪しき現実主義)というのは良くないのは確かですが、共産主義やナチズムみたいに、政治がイデオロギーで動く(理念主義)のは、悪しき現実主義の100倍も恐ろしいというのは、近現代の世界史が証明しています
自分の脳内世界の正しさだけを信じて突っ走る人(正義の人)は、この世で最も危険な存在だと思います
((((;゚д゚))))
10月の衆院選を巡り、泉田裕彦(59、→)(自民党衆院議員、比例北陸信越)が12/1、
「裏金を要求された!」
とツイッターに書き込んだ。
泉田裕彦は東京都内で記者会見し、現金を要求したのは自民党新潟県議の星野伊佐夫(82、↑)だと明かした。
泉田裕彦は
「選挙区民の買収費用(の要求)と認識した」
と主張し、近く新潟県連に
「星野伊佐夫の除名を求める!」
とする文書を提出する考えを示した。
一方、星野伊佐夫は金銭の要求について「全くない」と全面否定した。
星野伊佐夫は当選12回で、新潟県会議長や自民党新潟県連会長を歴任した「新潟県政界の重鎮」として知られる。
泉田裕彦によると、9/4午前、星野伊佐夫の自宅に呼ばれ、衆院選新潟5区の世論調査結果を示されて、
「勝とうや。比例に引っかからなかったら終わりだよ」
「2000万、3000万をしぶったら人生終わるよ」
などと言われたという。
親指と人さし指で円を作るポーズをした星野伊佐夫からその後、
「(現金を) 撒 け、撒け」
と言われたと説明した。
「この話は秘書の耳にも入れてはいけない」
などと言われたことから、泉田裕彦は買収だと受け止めたという。
星野伊佐夫との約30分のやり取りを録音した音声を公表する考えも示した。
泉田裕彦は
「お金で票を買う行為は、
民主主義の根幹をねじ曲げる」
と繰り返し強調。
泉田裕彦は、2004~2016年に新潟県知事を務めており
「(星野伊佐夫には)初めての知事選から
お世話になっている。残念でならない」
と語った。
一方、星野伊佐夫はこの日、報道陣の取材に
「(金銭の要求は)全くない。全部うそだ!」
などと全面的に否定した。
泉田裕彦との関係については
「離別になるだろう。
新潟県知事時代から仲間だったんだけどね」
と語った。
泉田裕彦は会見で、自民党新潟県連会長で衆院議員の高鳥修一(比例北陸信越、→)に今回の件を相談したものの、先週末に
「自民党新潟県連としては対応しない」
と言われ、ツイッターで公表したと明かした。
新潟県連幹事長で新潟県議の小野峯生は取材に
「泉田裕彦から何も話は聞いていない。
(事実関係の確認は)文書をもらってからになる」
と話した。
最近は法律の口語化が進んで
だいぶ分かり易くなってきました
でも余り分かり易くすると
法律業者の皆さんには都合が悪いのかな?
専門用語でシロウトを煙に巻くってのは
どの業界でもやってるけどね
(^_^;)
政府与党のすることに文句つけてるだけで
年収4000万円!
野党議員って、超お気楽な稼業ですよねぇ~
(^_^;)
立憲民主党の新代表に11/30、衆院議員の泉健太(47)が選出された。
泉健太は昭和49年7月29日生まれ。
7月29日が誕生日の国会議員は他に、昭和32年生まれの岸田文雄首相(自民党総裁、64)、昭和29年生まれの共産党の志位和夫委員長(67)がいる。
同じ誕生日の政党党首が3人もそろうのは「奇跡」といえそうだ。
過去の国会議員では、橋本龍太郎元首相も昭和12年7月29日生まれだった。

岸田文雄 泉健太 志位和夫
オペラの立花さんからコンサート情報いただきました
ありがとうございます
コロナで揺れた一年でしたが、もう年末です
日本は何とか感染を抑え込んだみたいで
忘年会、新年会できそうですね
(^_^;)
ご無沙汰しています。お元気ですか?
こちらは相変わらずコンサートやオペラの準備をしながらのんびりしてます。
さて、次回演奏会のご案内をさせてください。
2022年1月10日(月・祝)14:00開演(13:30開場)
ガルバホール「ニューイヤーガラコンサート2022」
このホール、前身はなんとトマトタンメンで有名だった西新宿・十二社通りの「白龍」という中華屋さんでしたが
ガウディ風デザインの瀟洒なサロンに変身しました!
共演(饗宴?)は日本を代表するソプラノ・高橋薫子(カミさんです..)、ピアノ・木村裕平、Arioso Vocal Ensembleの皆さん、指揮・作曲家の平井秀明のお話で進行します。
手元にチケットをお預かりしていますので下記立花まで直接お問い合わせください。全席自由で5.000円です。
どうぞお友達とお出かけ下さい。宜しくお願い致します。
立花敏弘
bartoshi@a.toshima.ne.jp
今回も「あの横丁」は
変わらないみたいですね
(^_^;)

▲『オ~ム~』の杉本和巳
サリンの後遺症で苦しんでいる人が
まだいっぱいいらっしゃるというのに
政治家として無神経極まりない
愚劣な行為と言うほかはありません!
ヽ(`Д´)ノ
大躍進の日本維新の会で、議員たちの問題行為が浮上している。
日本維新の会の代議士会会長を務める杉本和巳(61)は、
「オーム・チャンティング」
というヨガ儀式を地元事務所や議員会館で“信者”を集めて定期的に開催しているとして、
議員会館の不適切利用の疑い
などを『週刊文春』(11月11日号、11月18日号)に2週連続で報じられた。
杉本和巳の熱心な『オ~ム~』活動は、永田町の一部では知られた話だったという。
「ドイツで設立された愛と献身の道を説くという宗教団体の教えをもとに、
議員会館の執務室での『オーム・チャンティング』では
杉本和巳夫妻と“信者”数名が輪になって『オ~ム~』と唱える。
杉本和巳曰く『国会を浄化している』そうです」(日本維新の会関係者)
もっとも、『オ~ム~』の杉本和巳の問題行動は、これだけではなかった。
「2019年に『オ~ム~』の創始者が来日した際に、
『オ~ム~』の杉本和巳は正式に“信者”になった。
事務所の政策秘書は“オ~ム~入信”を拒否しましたが、それによって嫌な思い
をすることがあったようで、10月の衆議院解散を機に辞めています。
一応『円満退職』ということになっているようですが、
『オ~ム~』の杉本和巳は、日本維新の会の本部関係者や有力議員らに
『あの秘書は言うことを聞かないから、雇わないほうがいい』
などと告げて回って、秘書の再就職を妨害する行為をしていました。
日本維新の会本部周辺も困惑していました」(日本維新の会関係者)
杉本和巳事務所に見解を訊ねると、代理人弁護士名の文書で
「そもそも、『オ~ム~』のオーム・チャンティングは、
杉本和巳といたしましては、心身の健康維持と精神安定、
精神集中を目的として行っているヨガと捉えており、
宗教行事とは歪曲誇張表現と存じております」
として、政策秘書に対しては
「『オ~ム~』ヨガへの参加をお誘いしたことはございますが、
『オ~ム~』団体への勧誘はしておりません」
「日本維新の会本部や有力議員に、
『あの秘書は言うことを聞かないから、雇わないほうがいい』
という連絡は、いたしておりません」
「日本維新の会幹部に対して、(中略)公器たる政党の政策秘書としては
相応しくないという意見を伝えたことはございます」
と回答した。
メンヘラっぽい天才肌のミュージシャンで
日ごろから、いろいろ奇行が目立っているので
「期待を裏切らないなぁ」という印象です
「和田アキ子殺してぇ」発言が有名
救急車を蹴っただけなら、ごく微罪ですぐ釈放でしょうけど
尿検査とかされて覚せい剤でも出たら、芸能界を揺るがす大事件になりますね
(^_^;)
「月光」などで知られる歌手の鬼束ちひろ(41、→)が11/28、東京都渋谷区の路上で救急車を蹴ったとして、警視庁渋谷署に器物損壊の疑いで逮捕された。
関係者によると、11/28の16時半ごろ、体調を崩した友人女性を搬送しようとした救急車を蹴った疑い。
鬼束ちひろは
「通行人に嫌みを言われ、パニックになって蹴った」
と話しているという。
鬼束ちひろは事件当時、現場近くで友人女性とパチンコをしていたという。
友人の体調が悪くなったため、救急車を呼んで乗せるところだった。
現場を目撃した男性によると、鬼束ちひろと友人女性は泥酔したような様子だったという。
現場近くの飲食店の店員によると、救急車に友人女性が乗せられた後、
「バンと大きな音がして、のぞいてみると、
救急車の右後方部分が2、3センチほどへこんでいました」
と鬼束ちひろが蹴った様子を証言。
その後、別の救急車が到着し友人女性を搬送したという。
鬼束(おにつか)ちひろ
1980年(昭55)10月30日、宮崎県生まれ。
2000年、「シャイン」でデビュー。「月光」(↓)が60万枚とヒット。
2001年、「眩暈」(↓)で日本レコード大賞作詞賞受賞。
2002年、2人乗りのオートバイが乗用車に衝突する事故。
2004年秋、音楽活動を休止。
2007年3月、音楽活動を再開。
2010年、元交際相手に殴られ、肋骨(ろっこつ)を折る。
2018年、結婚していたと報告。
ツイッターでは、日ごろから過激な投稿を繰り返し、物議を醸していた。

芸大には美術学部と音楽学部がある訳ですが
これが当然ですが、水と油ほど、まったく別の世界!
もともと昭和24年までは、別な学校でした
それで、どちらから学長を出すかについて
何かルールとかシキタリとか、あるんでしょうかね?
(^_^;)
東京芸術大学は11/26、教授で美術学部長の日比野克彦(63)を学長に選出したと発表した。
学長の澤和樹の任期満了に伴う次期学長。
日比野克彦は現代美術家で、社会とアートをつなぐ活動やパフォーマンスで知られる。
任期は来年4/1から令和10年3/31まで。
日比野克彦は岐阜市出身で、昭和59年に同大大学院の修士課程を修了。
平成28年から美術学部長を務めている。

| 氏名 | 専門 | 職名 | 在職期間 |
|---|---|---|---|
| 浜尾 新 | 校長事務取扱 | 明20~明23 | |
| 岡倉 覚三(天心) | 美術史 | 校長心得 | 明23 |
| 〃 | 〃 | 校長 | 明23~明31 |
| 高嶺 秀夫 | 教育方法 | 校長兼務 | 明31 |
| 久保田 鼎 | 校長心得 | 明31~明33 | |
| 〃 | 校長 | 明33~明34 | |
| 正木 直彦 | 校長 | 明34~昭7 | |
| 赤間 信義 | 校長事務取扱 | 昭7 | |
| 和田 英作 | 油画 | 校長 | 昭7~昭11 |
| 岡田 三郎助 | 油画 | 校長事務取扱 | 昭11 |
| 芝田 徹心 | 校長 | 昭11~昭15 | |
| 沢田 源一 | 校長 | 昭15~昭19 | |
| 永井 浩 | 校長事務取扱 | 昭19 | |
| 上野 直昭 | 美術史 | 校長 | 昭19~昭24 |
| 〃 | 〃 | 校長事務取扱 | 昭24 |
| 村田 良策 | 美学 | 校長 | 昭24~昭和27 |
| 氏名 | 専門 | 職名 | 在職期間 |
|---|---|---|---|
| 伊沢 修二 | 教育学・作曲・音楽理論 | 校長 | 明21~明24 |
| 村岡 範為馳 | 音響楽・音楽理論 | 校長 | 明24~明26 |
| 嘉納 治五郎 | 教育行政 | 校長 | 明26~明30 |
| 河内 信朝 | 教育行政 | 校長 | 明30 |
| 嘉納 治五郎 | 教育行政 | 校長 | 明30~明31 |
| 矢田部 良吉 | 植物学 | 校長 | 明31~明32 |
| 渡辺 龍聖 | 倫理学・哲学・英語 | 校長 | 明32~明35 |
| 大島 義脩 | 倫理学・哲学 | 校長 | 明35~明37 |
| 高嶺 秀夫 | 教育方法 | 校長 | 明37~明40 |
| 湯原 元一 | 行政 | 校長 | 明40~大6 |
| 茨木 清次郎 | 英文学 | 校長 | 大6~7 |
| 村上 直次郎 | 史学 | 校長 | 大7~昭3 |
| 乗杉 嘉寿 | 哲学 | 校長 | 昭3~昭20 |
| 田中 耕太郎 | 国際法 | 校長 | 昭20~昭21 |
| 小宮 豊隆 | ドイツ文学 | 校長 | 昭21~昭24 |
| 上野 直昭 | 美術史 | 校長事務取扱 | 昭24 |
| 加藤 成之 | 美学 | 校長兼任 | 昭24 |
| 氏名 | 専門 | 職名 | 在職期間 |
|---|---|---|---|
| 上野 直昭 | 美術史 | 学長事務取扱 | 昭24年 5月31日~昭24年 9月30日 |
| 〃 | 〃 | 学長 | 昭24年10月 1日~昭36年12月20日 |
| 小塚 新一郎 | 哲学・教育学 | 学長 | 昭36年12月21日~昭44年12月20日 |
| 福井 直俊 | ピアノ | 学長 | 昭44年12月21日~昭54年12月20日 |
| 山本 正男 | 美学 | 学長 | 昭54年12月21日~昭60年12月20日 |
| 藤本 能道 | 陶芸 | 学長 | 昭60年12月21日~平元年12月20日 |
| 平山 郁夫 | 日本画 | 学長 | 平元年12月21日~平 7年12月20日 |
| 澄川 喜一 | 彫刻 | 学長 | 平7年12月21日~平13年12月20日 |
| 平山 郁夫 | 日本画 | 学長 | 平13年12月21日~平17年12月20日 |
| 宮田 亮平 | 鍛金 | 学長 | 平17年12月21日~平28年3月31日 |
| 澤 和樹 | 器楽 | 学長 | 平28年4月1日~現在 |