うら若き女性の物語である。
この女性はある日マンハッタンの埠頭からまさに身を投げようとしていた。
そのときちょうどそこを通りかかった船乗りに見つけられて、
危ういところで抱き止められた。
「いったいどうしてこんなことしようと思ったんだい」と船乗りは尋ねた。
女は片言の英語で、涙ながらに打ち明けた。
「わたし、ニューヨークにきて何か月にもなる。仕事ない。お金ない。
家に帰りたい。パパとママ、ブエノスアイレスにいる」
船乗りはしばらく考えていたが、やがてこう言った。
「いいかい。ぼくの船は今夜、ウィルミントンに向けて出航する。
それからマイアミを経由してパナマに向かい、六週間後に
ブエノスアイレスに着く予定だ。なんとか君を救命ボートの中に隠してあげよう」
やけになっていた女にとってこの申し出は天の恵みのように思えた。
そこでその夜遅く船乗りに連れられてこっそりと船に乗り込み、
救命ボートの防水カバーの下に隠れたのである。船は数時問後に出航した。
港から港へと船はゆっくりと航海を続け、その問、船乗りは夜ごとこっそり
女のもとに水と食べ物を運んだ。
九日目の夜、二人は口づけを交わし、十日目には二人の仲はさらに深まった。
防水カバーの下でロマンスが花開いたのである。
ある朝、船長が救命ボートの防水カバーがたるんでいるのに気づき、
しっかり留め直そうとした。そして、その下で縮こまっている女性を
発見したのである。
「何だこれは!」おびえきっていた女は、ことの一部始終を洗いざらい打ち明けた。
話を聞いた船長は眉をひそめた。「なんということだ。そのペテン師の名は?」
「ペテン師なんかじゃない!あの人しんせつ。あの人いい人。あの人……」
「いいかね!」船長は思わずどなった。
「君はマンハッタンと湾内のスタテン島の問を往復するフェリーの上にいるんだよ!」
もちろん卑劣な船乗りに弁解の余地などまったくない。
しかし、みなさん、
この二人が結婚し、今では四人の子供がいることも付け加えておきたい。
誠実そのものの人生を送り、結婚記念日には毎年、家族そろってボートに
乗って祝っているそうである。
結果よければ全てよし (^_^;)