新宿高校の歴史

坂本龍一の教育実習

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若き日の坂本龍一作品

先日、記録ファイル整理中、坂本龍一OBが教育実習に来た年=昭和48年(1973年)の新宿高校学園祭

管弦楽部(SPO )のために書いてくれた

偶然性の音楽《グループの為の反応》が出てきました。

2枚組でしたが、後半はどうしても見つかりません。

当時のジアゾ式青写真コピーは保存性が悪く、消えかかっていましたので、やっとの思いでクリーニング。初演した元部員に見てもらったのが次の図形譜です。

学園祭当日、部員有志を急遽集めて演奏したのですが、私・野村は有志募集の仲介人役。

演奏を面白がって聴いていただけなので、読譜・奏法がどのように指示されたのか記憶がありません。

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朝陽クラブ

「朝陽クラブ」第18回、」講演と懇親の夕べは

3月11日(水)18:00~20:00、

クルーズ・クルーズ新宿店(レインボービレッジ8F)で行われます。

今回のショートスピーチは元気象庁地震課長・18回生 小宮 学さんです。(演題は後日)

参加費は3,000円、興味深い講演を楽しみながらの飲み放題の立食パーティで、どなたでも参加できます。

多くの方の参加をお待ちしています。

有元先生の本

 

有元 秀文 (65) 日本文芸アカデミー大賞

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まともな日本語を教えない勘違いだらけの国語教育

なぜ、文科省の国語教育 は主張する子どもを育てられないのか

(合同出版)

国語や読書が好きにならず国語の授業が役立たない原因は、教科書教材と教え方 にあった。

気鋭の国語教育第一人者が鋭い論法で現場、システムの欠陥を突き、 解決策としてブッククラブという試みにより、問題解決能力・批判力・表現力を 養う技術を提言。

誰でもいつからでも始めようという気にさせる、本の読み方の本。

 

■日本アカデミー協会 JAPAN ACADEMY ASSOCIATION

■2014年度 第14回『日本文芸アカデミー賞・日本文芸ミネルヴァ賞』受賞作品発表!

■合同出版

 

■特定非営利活動法人日本ブッククラブ協会clip_image0021

■ウィキペディア 有元秀文

■SPYSEE 有元秀文

 

■amazon

有元先生の他の書籍

■Google 書籍

■紀伊国屋書店

■まえがき

■くじら図書館 いつかの読書日記

■中学校国語の研究

出典:朝陽25HPより

 

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有元秀文

1971年早大教育学部卒業。

都立新宿高校教諭を務め、文化庁文化部国語課国語調査官を経て国立教育政策研究所へ。

総括研究官として21年 間日本の国語教育、読書教育の研究に従事。

2012年3月退官、日本ブッククラブ協会を立ち上げる。

本をたくさん読んで書いてディスカッションするブック クラブ・メソッドの開発と普及に力を注いでいる。

 

あのころの有本先生

大学卒業直後だったんだね (^_^;)

 

kokugo

新宿高校OB 変人編

BxA0boBCcAAtyFc高橋 岩太郎(たかはし いわたろう、1912年1月25日 – 2002年)は日本のヤクザ、右翼活動家。

日本国粋会落合一家六代目総長。東京都中野区本町出身。

明治45年(1912年)1月25日、東京府東多摩郡中野町(現:東京都中野区本町)で生まれた。実家は、農業と酒造業を営む旧家だった。

大正12年(1923年)、中野の桃園尋常小学校を卒業後、

東京府立第六中学校(現:都立新宿高校)に進学した。

同年9月1日昼、自宅の裏の鶏小屋で卵を取っていた。同日午前11時58分44秒、関東地震が発生し、関東大震災に発展した。東京府立第六中学校は半年間休校となった。休校の間に、酒、煙草、博打を覚え、喧嘩に明け暮れるようになった。

大正14年(1925年)、喧嘩で相手を刺傷した。

東京府立第六中学校から放校処分を受けた。実家を飛び出し、愚連隊に身を投じた。

その後、警察から追われるようになり、新宿を離れて、不良仲間だった高円寺の藤井の家に転がり込んだ。

幸平一家の中野・新井の貸元・大草宇一の若衆が藤井の家に出入りしていた。

その大草宇一の若衆の紹介で、大草宇一と知り合った。

昭和4年(1929年)、背中に「野ざらし」(長襦袢の袖口から両手を出した足のない幽霊と「南無阿弥陀仏」の文字が入った絵)の図柄の刺青を入れ始めた。

 

厳密に言うと 卒業していないので(放校) OBではないのかな

波瀾万丈の人生で 90歳まで生きた シブトさはすごい  (^_^;)

波瀾万丈の人生は ここをクリック

 

不破哲三・共産党前議長(84)

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新宿高校出身の不破哲三・共産党前議長(84)が10日夜、9年ぶりに街頭演説に立った。

2006年に議長を退任してからも党の「理論的支柱」という存在感は大きく、グレーのコート姿で街宣車に上がり、マイクを握ると支持者から「おおー」というどよめきが起こった。

舞台は、祇園祭の山鉾(やまほこ)巡行ルートでもある京都市・四条河原町交差点。

不破氏は「日本のやった侵略戦争を認めない。ヒトラーを擁護するネオナチと同じ勢力に今の自民党は乗っ取られている」と自民党を批判。返す刀で、「我が党以外の野党の現状は惨たんたるものだ」とばっさり切り捨てた。

弁舌の鋭さは健在で、集まった数百人の聴衆からは何度も大きな歓声が上がった。11日には沖縄でもマイクを握る。

不破氏は、「京都の激戦ぶりを聞いて、矢も盾もたまらず駆けつけた。京都は日本を動かす大きなうねりのたびに先頭に立ってきた」と気勢を上げた。

京都府は、1996年衆院選の京都3区で共産党が最後の小選挙区議席を獲得したところだ。ここまで好調が伝えられる今回の選挙戦で、18年ぶりの小選挙区勝利を目指す。

民主党が政権交代の旗を降ろし、第3極も前回衆院選のような勢いがなく、「絶好の機会」(党関係者)というわけだ。

しかし、小選挙区比例代表並立制の導入以降、共産党は自民、民主の2大政党の間で埋没し、低落傾向にある。「共産党の勢いは一過性で他の野党が批判の受け皿にならないための一時的な現象」(民主党ベテラン)との見方は強い。

元気だねぇ~ (^_^;)

 

池辺晋一郎エッセイ集

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images新宿高校15回生の作曲家・池辺晋一郎さんが、「かもがわ出版」より、対談・エッセイ集 『人はともだち、音もともだち』を出版されました。

第1部「対談」では、新宿高校で3年間通じてのクラスメート、朝陽同窓会前会長・青柳正規さんを始め、美輪明宏、高樹のぶ子、岩下志麻、稀勢の里、阿川佐和子、大石芳野、山田太一、篠田節子、中道郁代の各界・各氏10名と、芸術や文化など幅広いテーマで縦横に語り合っています。

第2部「エッセイ集」は、これまでさまざまな所に書いたものから自ら選んで編集したもの。

「音」を軸に柔軟で自由な発想でつづったエッセイを読み進む につれ、博識と教養に溢れつつも、忘れることのない好奇心といたずら心、そしてユーモアに満ちた池辺さん世界に自然に引き込まれていきます。

池辺さんからは同窓会に同書を寄附いただきました。

 

27回生とは ひとまわり ちがうんだね  (^_^;)

 

映画「マンゴーと赤い車椅子」

nakakura_movie0001新宿高校12回生・仲倉重郎さん監督の劇場用映画「マンゴーと赤い車椅子」 が来春全国ロードショーで公開されます。

映画監督、脚本家、作詞家として幅広い活動をされている新宿高校12回生・仲倉重郎さんのひさびさの劇場用映画監督作品「マンゴーと赤い車椅子」が来春(多分2月頃)全国ロードショーで公開されます。

「大動脈解離」で下半身不随になり、ご自身も車椅子生活を送られている新宿高校12回生・仲倉重郎さんは練馬区身体障害者福祉協会「ねりしんシネマくらぶ」のナビゲーターを務めるかたわら精力的な活動を続けられています。

また、この映画のプロデューサーの高橋康夫さんは仲倉さんと同じ新宿高校12回生、1,2年のクラスが一緒だっただけでなく新聞研究部でも一緒で、2年のときは高橋さんが新聞委員会の委員長、仲倉さんが部長という間柄だそうです。

詳細はここをクリック

 

 

池辺晋一郎&青柳正規

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images読売新聞夕刊に月に2度程連載されている池辺晋一郎さんのコラム「耳の渚」。
6・18の夕刊には、金沢での全国公立文化施設協会の大会の話が掲載されていました。
文化庁長官・青柳正規氏との対談のようすが語られています。

両氏とも新宿高校OBです。

コラムの最後の方に「青柳氏と僕は、年ごとにクラス替えがあったにもかかわらず高校3年間同級という間柄だ」と語られています。

池辺氏は作曲家。

青柳氏はギリシャ・ローマでの美術に造詣が深く、現在、西洋美術館館長という職にあります。

日本の文化を両面から支える方々が、新宿高校の先輩で、同時に現在も親交があるのはすばらしいことですね。

 

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