「京王電車沿線名所図絵」1930年
京王線の始発駅である新宿は今、JR線の西側の地下にあります。
しかし現在の地に落ち着くまで、駅は改称と移転を繰り返しました。
当時の新宿の中心を目指して延伸するも、戦災が暗い影を落とします。
東京の私鉄には、かつて意外な場所が始発駅だったという路線がいくつか存在します。
始発駅の場所が変わる場合、背景には様々なドラマがあります。
今回は京王線新宿駅の例を見てみましょう。
「京王電車沿線名所図絵」1930年
京王線の始発駅である新宿は今、JR線の西側の地下にあります。
しかし現在の地に落ち着くまで、駅は改称と移転を繰り返しました。
当時の新宿の中心を目指して延伸するも、戦災が暗い影を落とします。
東京の私鉄には、かつて意外な場所が始発駅だったという路線がいくつか存在します。
始発駅の場所が変わる場合、背景には様々なドラマがあります。
今回は京王線新宿駅の例を見てみましょう。
西新宿帝国(昼の街)と
歌舞伎町帝国(夜の街)が
ひとつになるかな~?
(^_^;)
分断された東西の新宿駅が東西自由通路で結ばれた。
1日に約350万人が利用する世界一の巨大ターミナル、新宿駅。
新宿駅前は、高層ビルが立ち並び都庁がある官庁街の西口と、「夜の街」として最近批判されがちな歌舞伎町を擁する東口で、大きく顔が変わる。
駅構内の複雑さでも有名な「迷宮(ラビリンス)」に19日、駅の東西を直通する自由通路が完成した。
新宿駅が「迷宮」とされたゆえんは、東西が分断されていたことが大きい。
直線なら約100メートルの距離にもかかわらず、改札を通らず行き来するには、駅北側の地下道「メトロプロムナード」を通るか、地上に出て南口前の甲州街道などを回るしかなかった。
これまでは16路線が壁のように駅を分断させ、東西の行き来は遠回りを余儀なくされていたが、自由通路によって移動時間が短縮される。
完成した「東西自由通路」は全長約100メートルの地下通路。
場所は「北通路」の名称でJR線の改札内コンコースだったが、幅が約17メートルから約25メートルにまで拡大された。
東口改札は跡形もなく撤去され、道幅が広く、白が基調の天井や床も相まって新宿駅とは思えない広々とした印象だ。
20日午後でも改札を抜けた利用客から「すごい。広くなった」と驚きの声が漏れ、写真を撮る人も多い。
自由通路の開通に伴い、これまでの東口改札は「東改札」、西口改札は「西改札」と呼び方を変え、それぞれ自由通路に面する位置に移設した。
我々が新宿高校生のころに作っていました
老朽化した人間も 改修工事して
生まれ変われるといいんだけどね (^_^;)
西新宿にある築46年の「新宿住友ビル」が改修工事を終えて完成したと、住友不動産が6/30発表した。
ビル周囲の空間に大きな屋根を張り、約3250平方メートルの屋内広場に生まれ変わらせた。
既存ビルを生かす形での大規模改修は珍しいという。7/1に開業する。
屋根の天井高は約25メートルで、ビルの1~7階部分に相当し、約2千人を収容できる。
イベント広場として使うほか、災害時には帰宅難民2850人分を受け入れられるように、非常用の発電機や備蓄倉庫も設けた。
新型コロナウイルスの感染状況を見極めて、今後のイベント実施を決めるといい、当面は机や椅子を置いて、休憩スペースにする。
新宿住友ビルは、ビルの断面が三角形なことから「三角ビル」との愛称で呼ばれる。
210メートルの高さは、1974年完成の時は日本で最も高かった。
周囲に広い空間を確保したことで、容積率を緩和してできた超高層ビル群の一つだ。
オフィス街の西新宿は、平日に比べて休日は人が少ない。
このため、ビルの足元の広い空間に屋根を設け、天候によらずイベントができる場を作ろうという構想を20年ほど前から練っていたが、規制が多く、実現しなかったという。
だが、東日本大震災を機に、災害時の一時滞在施設としても使えることから、空間の屋内化に向けた規制緩和が進んだ。
ビルは耐震性も強化し、商業施設も新しくした。
宮川享之新宿事業所長は
「別のビルに生まれ変わらせるつもりでやってきた。
ビルを建て替えることなく、にぎわいを取り戻す第一歩にしたい」
と話した。
▲新宿への所要時間格差
中央線快速、埼京線、湘南新宿ラインって
かなり速いですよね (^_^;)
首都圏に住み、東京都心に通勤している人にとって、その所要時間の差はどうしても気になるものの一つだろう。
山手線の内側を都心として、その西側と東側では、なぜかかなり格差があるような気がしてならない。
2020年6月2日、次のようなツイートが投稿され、話題となっている。
これは、「新宿への所要時間格差」と題した図である。
東京都の副都心・新宿への所要時間40分で行ける距離を示しているようだ。
投稿者のきょむ(@kyomu__c)さんは、続くツイートで、「新宿から東京圏の東側に行くのに距離に対してえらい時間がかかるのが一目瞭然」と解説している。
このツイートには1万3000件を超える「いいね」が付けられ、今も拡散中だ。ツイッターにはさまざまな声が寄せられている。
「おかしい……距離が倍近くあるのに所要時間に変化がない?」
「郊外民からすると乗り換えが多くて近いよりも、
乗り換え無しで少し遠い方が便利に感じてしまいます」
「ほんとこれなのよ。新宿で飲もうとか言われた時の絶望感たるや。
大した距離ないのに駅数多いわ乗り換えあるわでマジめんどい」
「これは都心が東西で分断されてるということでは。
私も反対側に行くと山手線のどっちに乗るべきか分かんなくなる」
この地図を作ろうと思ったのは、いったいなぜ? Jタウンネット編集部は、投稿者・きょむさんに話を聞いてみた。
「東側だけが新宿アクセスから取り残されている」
この所要時間格差について関心を持ったのは、何がきっかけだったのだろう? きょむさんはこう答えた。
「僕自身が23区の北東部在住ながら
新宿や渋谷の方面に行く機会が多かったので、
その際の東側の不便さを日頃から感じていました。
山手線西側の副都心から23区東側に行くのと、
通勤圏の西端付近の郊外に行くのと、
同じくらいの所要時間を要してしまうことが多く、
副都心アクセスにおける東京圏東側と
それ以外の地域の格差を感じていました」
現代の東京では、都市機能において新宿・渋谷・池袋など、西側の副都心が主要な地位を担っている。
東京23区において、西側と東側にははっきりとした格差がある。
この地域格差は、西側副都心へのアクセス利便性の差と大きな相関があると言える。
きょむさんは、
「現代の東京において、新宿へのアクセス利便性の地域格差は重要であると思い、
今回のような図式化をしようと思うに至りました」
と語る。
所要時間格差を実際に調べてみて、どんな感想を持ったのだろう?
「元々中央特快で新宿アクセスが便利な西側はさておき、
南北方面へも湘南新宿ラインの開業により新宿に直結し、
飛躍的に利便性が高まりました。
新宿発着及び副都心線直通の私鉄各線にも同じ事が言えます。
しかし東側だけが、(都営新宿線を除き)ほとんどどの路線で
新宿へ行くためには乗り換えを要し、都心付近の東西移動でも、
通過駅ゼロの山手線や地下鉄各線を利用しなければいけないことが多いです」
きょむさんは、
「やはり東側だけが、新宿アクセスから取り残されている」
と力説する。
東側から新宿へのアクセスにおいては、乗り換えの多さのみならず、都心付近の列車の表定速度の遅さも伴って時間ロスが多くなってしまうのが現状だ。
新宿など西側副都心が都市機能の多くを担う現代の東京において、東京圏東部から西側副都心へのアクセスの改善は、今後きわめて重要となってくる、というのが、きょむさんの実感だ。
昭和音曲同好会も早や第4回
今回も幹事山潤さんのご尽力と
木下さんの情報提供などを得て
新宿にて盛大に挙行されました (^_^;)
▲木下さんご提供 あおい輝彦の若き日のレコード
▲最近のあおい輝彦
▲東西自由通路のイメージ
新宿駅で現在、「東西自由通路整備計画」が進められている。
8月の東京2020オリンピック・パラリンピック開催までに開通する予定。
2012(平成24)年9月にJR東日本が事業主体となって始まった計画で、現在の西口と東口改札をそれぞれ移設し、両改札を結んでいた北通路部分が改札外の自由通路となる。
通路幅もこれまでの約17メートルから25メートルに広げ、エレベーターを改札内に4基新設する。
1885(明治18)年に開業した新宿駅は、都心と郊外を結ぶターミナルとして鉄道各線の駅が次々と開業し、路線も地下化、立体化するなど重層的に発展してきた。
現在は7路線8駅が結節し、一日に約380万人が乗降する。
新宿区役所の担当者は「利用者の多い駅構内で、終電後から始発までの短い時間帯を中心に工事を行ってきた。現在は躯体も完成し、床を貼るなどの作業が進んでいる」と話す。
東京都と新宿区は2018(平成30)年、新宿駅、駅前広場、駅ビルなどを一体的に再編整備し「新宿グランドターミナル」とするべく「新宿の拠点再整備方針~新宿グランドターミナルの一体的な再編」を策定した。
担当者は「オリンピックをきっかけに海外からの来街者なども増加が見込まれる中、同通路の完成で、新宿駅の利便性や東西周辺地域の回遊性もかなり向上するのでは。開通を一つの契機として、今後、線路上空の東西デッキ、南北の街をつなぐデッキや東西駅前広場などの整備、街の特性やまちづくりの動向を踏まえた、さらなるまちづくりの推進力となれば」と期待を込める。
1月6日13時15分ごろ、東京都新宿区西新宿のJR新宿駅南口の歩道橋で、
「若い男性が柱にマフラーをひっかけて、飛び降りようとしている」
と110番通報があった。
警視庁新宿署によると、マフラーで首をつり、心肺停止状態になっている30代の男性を発見。
男性は通報の直後に飛び降りたとみられ、搬送先の病院で死亡が確認された。
同署は男性が自殺を図ったとみて調べている。
同署によると、男性は精神障害があり、直前まで一緒に飲食していた知人に対し、
「これから死ぬ」
などと話していたという。
現場は甲州街道にかかる「ミロードデッキ」と呼ばれる歩道橋で、駅周辺の商業施設などと接続している。
世の中には 猫派と犬派がいますが
井伊家・近江彦根藩は 猫派の代表です
徳川家は? タヌキ派? (^_^;)
前足を上げて、福を招いてくれるという「招き猫」。
お店などで飾られているのを目にする機会は多いだろうし、家に飾っている方もいるだろう。
諸説あるものの、そんな招き猫さんたちの元祖が東京・世田谷区にある『豪徳寺』だという。
なんとその『豪徳寺』は、猫好き大歓喜の猫さんだらけなお寺らしい。
ということで、さっそく行ってみたよ〜!
▲73歳ですが「若頭」です
関西ヤクザの抗争ですが
系列組織は全国に分布しています
流れ弾に当たらないように
気を付けましょう ((((;゚д゚))))
京都の建設会社オーナーを恐喝したとして6年の実刑判決を受け、服役していた
髙山清司・六代目山口組若頭が、10月18日午前6時、府中刑務所を出所する。
その直前の、髙山若頭の出身母体である名古屋の弘道会に所属するヒットマン丸山俊夫容疑者が、対立する神戸山口組系山健組の本部前で2人の組員を射殺。
▲68歳にもなってヒットマン ヤクザも高齢化?
両山口組には緊張が走っており、他の刑務所への移送、時間の変更などは考えられるが、出所に変わりはない。
髙山若頭が恐喝事件で逮捕されたのは2010年11月。
その後、山口組は篠田建市(司忍)六代目のもとを井上邦雄・山健組組長が去って神戸山口組を設立。
その井上組長の側近だった織田絆誠・神戸山口組若頭代行が、組を割って任侠山口組を立ち上げた。
▲暴力団対策法の締め付けで、暴力団員は激減している
髙山若頭は、極道の筋を通す正統派のヤクザである。
極道の筋とは、
「親子」「兄弟」の盃の重さを大事にすることであり、
組の「代紋」のためには体を投げ出す覚悟であり、
襲撃されたら「返し(反撃)」を行なう強さであり、
「絶縁」した者が稼業を続けていれば、許さず潰してしまう非情さである。
六代目山口組二次団体の幹部は言う。
「カシラ(髙山若頭)の情報収集力と危機管理能力はたいしたもの。
三分裂は、カシラ不在ゆえに起きたことだ。
カシラが出てきたら、時期を見て綱紀を粛正、組織を立て直し、
分裂の解消に乗り出すだろう」