80【ヒストリー】

良い時計してますなぁ

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 京都は日本文化の極致ですから

  外国人から見ると日本人は

 京都人のように見られてるかも~  (^_^;)

 

京都の人は遠回しな言い方をして、はっきりと物事を言わないという印象を持っている人もいるのではないだろうか。

京都の人に「良い時計してますなぁ」と言われたら、あなたなら何と返すだろうか。

この言葉の“本当の意味”が話題になっている。

「京都の会社と商談していて、『良い時計してますなぁ』と言われ、時計のスペックを語ってしまった。

実は本音が『話長えよ』という嫌味だったと気づいたときのおいらの気持ち。」

投稿者のだーます(@da_masu)さんがIT企業に勤務していたとき、京都の老舗企業と商談した際に先方役員にサービス内容をプレゼン。

「良い時計してますなぁ」と言われ、時計のスペックについて話したという。

しかし、帰り際に先方担当者から耳打ちされ、状況を理解したそうだ。

確かに説明が長かったそうで、 かなり冷や汗をかいたという。

Twitter上では、「難易度高いわ」「京都人は腹黒い訳では無く、相手の気持ちを慮るあまり遠回しになってしまうのです」 などこの言い回しが話題となり、11万超のいいねが付いている。(9月4日現在)

「良い時計してますなぁ」と言われたら、確かに「話が長い」という意味だとは気づかず、時計について話してしまう気持ちはわかる。

とても遠回しな言い方で、京都以外の人は分からないのではないか。

では、京都の人は「良い時計してますなぁ」という言い回しをよく使うものなのか。

その他にも、京都特有の表現がありそうなので、方言学を専門とする、桃山学院大学の村中淑子教授に聞いてみた。

ーー「良い時計してますなぁ」は「話が長い」という意味か?

聞いたことがないです。しかしたぶん、「話が長い」というよりは、「時計を見ろ、時間がずいぶん経ったことに気づいてくれ!」という意味だと思います。つまり、相手を非難するというよりは、「自分が早く解放されたい、助けてほしい」というような、自分を救済する意味合いだと思われます。

ーー「良い時計してますなぁ」は京都の人はよく使うか?

初めて聞きました。おそらく、京都の人がいつでもどこでも誰にでも使うのではなく、中高年の人がそれほど親しくない人(取引先とか近所の人だとか)を相手に使うのだと思います。

ーー他の京都の分かりづらい言い回しは?

京都のお茶漬け以外くらいしか、知りません。誰かのお宅にお邪魔して、「お茶漬け出しまひょか」と言われたら、「いえ、もうお暇します」と言って帰らなければならない。うっかり食べてしまうと、気の利かない人だ、野暮だ、と陰口を言われる、という話。広く知られていますよね。
京都独特かどうかわかりませんが、類似の表現としては、「おたくのお嬢さんのピアノ、お上手ですね」というと、「やかましいから控えてくれ」という意味、というのもあるかと思います。時計の話と同様で、相手に属する何かを褒めて、それに注目させて、そこに何かしらの問題があることに気づかせるというパターンです。

ーー京都の人はなぜ遠回しな言い方なのか?

それについては、すでにいろいろなことが言われていると思います。京都人はストレートにものを言わず高みに立った嫌味な性格の人が多いとか、逆に相手に恥をかかせないための思いやりとして遠回しに言うのだとか、いざというときに「そう言う意味ではなかった」と逃げ道を作るためにわかりにくい言い方をしておくとか。

そのような性格が形成されてきたのは、長年、いろいろな支配者層(天皇家、藤原家、平家、足利家、織田、豊臣など)に支配されてきた京都人がしぶとく生き延びるための知恵だとか。いろいろ言われ過ぎている感があります。新たなアイデアはありません。

方言学を専門とする村中教授も「良い時計してますなぁ」が「話が長い」という意味合いであるということは、聞いたことがないということで、投稿者のだーますさんが遭遇したのは稀なケースだったのだろうか。

いずれにしても京都の文化は特有であり、奥が深いと言えるだろう。

 

新宿高校のとうがらし畑

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真っ赤なトウガラシが、遠く離れた新宿区とフランスを結び付けた。

江戸時代、内藤新宿(現在の新宿区)の名産品だった「内藤とうがらし」を復活させたプロジェクトチームが、トウガラシの産地、フランスのエスプレット村で今月二十六、二十七日に催される「トウガラシ祭」に遠征する。

区内の大学生も同行、「内藤とうがらしを広めてきます」と意気込んでいる。

内藤とうがらしは、江戸時代、内藤家下屋敷(現在の新宿御苑)で栽培が始まった。

近隣の農家にも広まり、宿場で飛ぶように売れたが、都市化などで明治以降は姿を消したとされる。

それを、二〇一〇年発足の町おこし団体「内藤とうがらしプロジェクト」が復活させた。

今では区内の小学校などで栽培され、毎年十月には区内各地で「とうがらしフェア」が行われている。

内藤とうがらしプロジェクトのリーダー成田重行さん(77)は

「活動を始めた時からエスプレット村は新宿のお手本になると注目していた。特産品を町の文化として発信する力がある」

と話す。

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▲収穫期になると家の軒先にトウガラシが飾られる仏エスプレット村

一方、エスプレット村はフランスとスペインにまたがるバスク地方の人口二千人の村。

新宿とは比べものにならない山あいの村だが、欧州では「エスプレット」がトウガラシを指すほど有名で、たった一品での町おこしに成功している。

村との縁を結んだのはプロジェクトメンバーの川副剛之さん(59)。

フランス在住で、昨年、ふとしたきっかけでエスプレット村のトウガラシ祭を訪れた。

家々の軒先に飾られたトウガラシ。

観光客でにぎわうマーケット。

「二千人の村に二万人が押し寄せていた。ピーマン(現地でのトウガラシの呼び方)祭という名前も面白い」

と感じ、帰国した際に知り合った成田さんに報告。プロジェクトに加わった。

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▲多くの観光客でにぎわった昨年のトウガラシ祭

内藤とうがらしと、エスプレット村のトウガラシは、どちらもマイルドな辛さで、うまみ成分が多いという。

内藤とうがらしの名前の由来が徳川家康に新宿を与えられた内藤家、エスプレットも、かつての領主エスプレット男爵から来ているという共通点も。

遠征隊は約二十人。

うち六人は同区の学習院女子大学国際コミュニケーション学科で内藤とうがらしを栽培・研究している四年生だ。

現地ではフランス人にワサビなどを食べてもらい、辛さの感じ方を調べたり、七味作りのワークショップを行う。

渡辺瞳子さん(21)は

「エスプレット村ではチョコレートにトウガラシを入れるそうなので、参考にしたい」

トウガラシが大好きな星野冬帆さん(21)にとっては夢の村で「現地の人の生の声を研究に生かしたい」と目を輝かせる。

二十万円以上かかる旅費は自腹だけに物見遊山では済まされない。

前田理菜さん(21)は「目的意識をしっかり持ち、卒論の材料を集めてきます」と気合を入れた。

トウガラシ祭ではトウガラシの普及に貢献した人が表彰され、日本人で初めて成田さんが真っ赤なガウン姿でステージに立つ。

「新宿は多文化共生の町。内藤とうがらしで世界とつながる第一歩にしたい」

プロジェクトも豊かな収穫期を迎えたようだ。

彼女らには現地での撮影という使命もある。

それを今年から新宿区にキャンパスを構えた桜美林大学の学生が記録映像に仕上げ、十二月に新宿武蔵野館などで上映する。

製作費約五十万円はクラウドファンディングで調達予定。

同大の太田万葉(まほ)さん(20)は「映像を内藤とうがらしを広めるきっかけにしたい」と抱負。

青木伸之介さん(20)は「町おこしに興味がある人、頑張っている大学生を応援したい人に、ぜひ協力してほしい」と呼び掛けた。

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新宿高校のとうがらし畑で意気込む(左から)

学習院女子大学の渡辺瞳子さん、星野冬帆さん、前田理菜さん、

桜美林大学の太田万葉さん、青木伸之介さん

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▲新宿の都庁の前で内藤とうがらしを手にする

プロジェクトリーダーの成田重行さん

(10月21日東京新聞朝刊「TOKYO発」面に掲載)

 

饗宴の儀

 

 

 

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 とても感動的な一日でした  (^_^;)

 

皇居に虹

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 天照大御神が 天岩戸から

  お出ましになったのかなぁ

 と感じました  (^_^;)

 

「即位礼正殿の儀」が始まった途端、雨がやみ、日が差して青空が見え始め、皇居に虹がかかり、富士山も姿を現した中、祝砲がとどろきました。

 

髙山清司若頭の出所

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▲73歳ですが「若頭」です

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 関西ヤクザの抗争ですが

  系列組織は全国に分布しています

 流れ弾に当たらないように

  気を付けましょう  ((((;゚д゚))))

 

京都の建設会社オーナーを恐喝したとして6年の実刑判決を受け、服役していた

髙山清司・六代目山口組若頭が、10月18日午前6時、府中刑務所を出所する。

その直前の、髙山若頭の出身母体である名古屋の弘道会に所属するヒットマン丸山俊夫容疑者が、対立する神戸山口組系山健組の本部前で2人の組員を射殺

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▲68歳にもなってヒットマン ヤクザも高齢化?

両山口組には緊張が走っており、他の刑務所への移送、時間の変更などは考えられるが、出所に変わりはない。

髙山若頭が恐喝事件で逮捕されたのは2010年11月。

その後、山口組は篠田建市(司忍)六代目のもとを井上邦雄・山健組組長が去って神戸山口組を設立。

その井上組長の側近だった織田絆誠・神戸山口組若頭代行が、組を割って任侠山口組を立ち上げた。

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▲暴力団対策法の締め付けで、暴力団員は激減している

髙山若頭は、極道の筋を通す正統派のヤクザである。

極道の筋とは、

「親子」「兄弟」の盃の重さを大事にすることであり、

組の「代紋」のためには体を投げ出す覚悟であり、

襲撃されたら「返し(反撃)」を行なう強さであり、

「絶縁」した者が稼業を続けていれば、許さず潰してしまう非情さである。

六代目山口組二次団体の幹部は言う。

カシラ(髙山若頭)の情報収集力と危機管理能力はたいしたもの。

 三分裂は、カシラ不在ゆえに起きたことだ。

 カシラが出てきたら、時期を見て綱紀を粛正、組織を立て直し、

 分裂の解消に乗り出すだろう」

その変化を見越した動きが始まっている。

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多摩川の氾濫

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 人に歴史あり

  川にも歴史あり  (;´Д`)

 

多摩川の氾濫は、世田谷区の東急二子玉川駅付近なのですけれども、元々、堤防が無い場所で、国土交通省関東地方整備局や世田谷区が土嚢を積んでいたのですけれども、隙間から川の水が溢れたようです。

周辺の住宅の1階部分や車が水につかるなど大変な被害が発生しています。

今時、一級河川で堤防がない所があるなど、ちょっとビックリなのですけれども、この辺りは1907年に多摩川電気鉄道が開通してから行楽地として栄え、1911年頃には十数件の料亭がありました。

1918年には多摩川の改修工事が始まったのですけれども、この辺りは料亭の反対を受け、その後ろ側に堤防を作ることになります。

料亭はそのまま残ることになったのですけれども、料亭業が衰退すると、ここの土地は売られ、民家に変わっていきました。

1973年にまた堤防を作る話が出たのですけれども、住民の反対を受け頓挫。

再び2004年に堤防を作ろうとしたのですけれども、住民の中で、安全を求める賛成派と眺望・治安の悪化を嫌がる反対派で対立。

計画高水位までの暫定堤防の築堤までは合意したものの、実際の工事は反対派の妨害活動もあって、一部しか完成していませんでした。

つまり、今回の多摩川の氾濫は起きて当然の場所で起こった訳です。

 

金ピカ先生

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 明らかにアルコール依存症ですね

  68歳とは思えない老け方 目が死んでる

 手に持っているのは ワンカップのお酒?  (;´Д`)

 

まずは、先日亡くなった「金ピカ先生」こと佐藤忠志さん(享年68のご冥福を心からお祈りしたい。

我々は8月末日、「かつて一斉を風靡した人びとに、近況を尋ねに行く」という趣旨の取材で佐藤さんのもとを訪れていた。

佐藤さんは快く応じてくれたが、かつてから変わり果てた生き様には、「人生とはいったいなんだろうか」と、深く考えさせられるものがあった。

追悼の思いを込めて、その日のことを振り返る。

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詳細はここをクリック

 

昔の新宿

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新宿駅に掲示されてました

二幸は現在のアルタの場所にあったビル (^_^;)

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▼これは現在 新宿ライオンズクラブ

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