精神科医が過去の天才(政治家、文学者、思想家など)を精神分析する
ニーチェ、リルケ、フロイトという3人の天才に深くかかわった女性ザロメに興味がわいた
ヒトラーやスターリンは明らかに精神病者だが、多くの理性的な人々が、このような精神病者に簡単にダマされてしまった歴史的事実が恐ろしい
習近平や金正恩の精神分析もして欲しい!
((((;゚д゚))))
精神科医が過去の天才(政治家、文学者、思想家など)を精神分析する
ニーチェ、リルケ、フロイトという3人の天才に深くかかわった女性ザロメに興味がわいた
ヒトラーやスターリンは明らかに精神病者だが、多くの理性的な人々が、このような精神病者に簡単にダマされてしまった歴史的事実が恐ろしい
習近平や金正恩の精神分析もして欲しい!
((((;゚д゚))))
天才論の二大古典のうちの1冊で、どちらも100年近く前に書かれた
クレッチマーの「天才の心理学」が、天才の精神の内部(ミクロ)に深く切り込んでいるのに対して、アイヒバウムは天才という存在に関する社会学的考察(マクロ)が中心
「天才と狂気」という昔からある疑問に対して、「名声」という中間項を置いて、天才が社会から天才として認知されるプロセスを、スッキリ分析している
「オレはビッグになりたいんだ!(名声が欲しいんだ!)」という人には、参考になる点が多々あるだろうと思う
しかし、クレッチマーの「天才的」な分析のキレと比べると、相対的には凡庸な「非天才」が、外から天才を観察しているという印象は残る
ただし、アイヒバウムには「天才・狂気・名声」という主著(600ページ以上もある大著)があり、本書はその要約版であるから、主著を読まずして評価を下すのは、公平を欠くかもしれない
主著「天才・狂気・名声」の日本語訳は、現在絶版で手に入らない(原書で読むのは、ちとツライ)
(^_^;)
日本は 中国や北朝鮮とは違って
自由主義の国でありますから
両性の同意があるのなら
好きにしていただければ と思いますけど
もの好きな人って いるんだねぇ~ (^_^;)
室井佑月(50)が、前新潟県知事の米山隆一(52)と近日中に結婚することが9日、分かった。
昨年末から交際していた。
室井佑月は再婚となる。
2人は共通の知人を通じて知り合い、昨年末から交際に発展した。
知人は
「米山隆一が猛アプローチして、室井佑月もそれに応えたそうです」
と明らかにした。
2人は既に周囲に結婚を報告している。
米山隆一は東大卒で弁護士資格と医師免許を持つ。
16年に新潟県知事に初当選し、18年に辞職している。
現在は医師、政治家としての視点から新型コロナウイルスに関してさまざまな発信をしている。
室井佑月は昨年8月に乳がんの手術を受けた。
関係者は「再発の不安を抱えながらの生活の中で、米山隆一から熱烈なプロポーズを受けた。大きな心のよりどころになっているようです」と明らかにした。
著者は1873年生まれ、フランスの医学者
1912年、血管縫合および血管と臓器の移植に関する研究でノーベル生理学・医学賞を受賞
前半は生理学をベースに、人間という存在を「総合的に」記述している
総合的にという意味は、人間という複雑きわまりない存在を、各分野の専門家が部分的に詳細に分析し、「群盲が象をなでる」状態になっていることへのアンチテーゼとして、人間存在の全体的なスケッチを描こうとするもの
前半の淡々とした科学的記述に対して、後半は、人間の未来の進歩のために、実に大胆な提言を行っている
人間は厳しい環境と闘ってこそ進歩するという考えに基づき、安全で便利で快適な人工的環境に囲まれて生活する現代人は愚劣化しつつあると主張する
動物の子どもは、生まれるとすぐに母乳の奪い合いなど、自然淘汰の闘いに投げ込まれる
弱者は死に、強い子どもだけが生き残る
人間だけが保育器などによって、この自然淘汰のメカニズムを阻害していると著者は主張する
環境適応できない弱者を文明の力で生き永らえさせるのは、人間の脆弱化、愚劣化につながるという主張は、現代の価値観から見ると、かなり過激に感じられるが、自然淘汰プロセスが生物の種の強靭さや活力を維持する上で欠かせないという厳然たる事実は、簡単には否定できない重みがある
いまからおよそ100年前の、時代精神の一端が感じられる
著者は1944年に71歳で亡くなっている
自然淘汰プロセスの一種とも言える中国コロナ騒動を考えるうえでも、貴重な視点を与えてくれる
(^_^;)
期待したほど面白くはなかった
カトリック教会の正統性とか、キリストは神か人間かとか言われても、日本人である私にはいま一つピンと来ない
古代史ミステリーなら、諸星大二郎のマンガの方が面白い
日本で言えば、天皇家の正統性を揺るがす大秘密、といったところでしょうか?
(^_^;)
細川幽斎の逸話を期待したのですが、分量的には二代目忠興以降が多く、幽斎の分はわずかでした
江戸時代初期、まだ戦国の血なまぐさい気風がうかがえる逸話も多く、ちょっとしたことで斬り合いになったり、首をはねたり、腹を切ったりしています
武士道の二要素(勇と忠)のうち、勇の比重が圧倒的に高く、「腰抜け」と見られることを極端に嫌った戦国武士の気風が、二代目忠興(とその妻ガラシャ)の逸話に濃厚に表れています
大名も3~4代つづくと、いわゆる「バカ殿」が出るのが普通ですが、細川家では5代つづけて「名君」が出て、藩の基礎を固めたようです
和歌の名人である幽斎は、風雅な歌のほかに、儒教的な「教訓歌」も多く残しました
これが細川家の次の殿様の教育に代々生かされたのではないかと思います
(^_^;)
細川幽斎
佐藤『幽斎玄旨』に続いて細川幽斎ものを2冊読みました
江戸時代の改易や明治維新で没落した大名が多い中
室町時代から現代まで 延々と続く稀有な名門細川家
その秘密の一端は
幽斎が残した家訓和歌にあるようです (^_^;)
【死ぬ前のひと言】
織田信長「是非に及ばず」
豊臣秀吉「秀頼を宜しくお頼み申す」
細川幽斎「思い残すことはない」
一休宗純「死にとうない」 ⇒
大石内蔵助「お先に」
葛飾北斎「あと10年生きたいが、せめてあと5年の命があったら、本当の絵師になれるのだが」
吉田松陰「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂」
ゲーテ「窓を開けてくれ。明りがもっと入るように」
カール・マルクス「最後の言葉なぞ、充分思いを伝えきれなかった愚か者が言うことだ」
不明「カネは生きてるうちに使え」
これは非常に面白い!
旅のテーマに「城歩き」を入れたくなりました
近世の城が 姫路城や大阪城など
見られることを意識した様式美だとしたら
戦国の城は 命がけ 機能一点ばりです (^_^;)
本書は、城の地形と立地に注目して、戦国時代の城の種類と変化、役割と意義、実用性などに迫った1冊です。
キーワードを挙げて章立てし、訪れやすい城を例としながら、なぜその地形と立地が選ばれたのか、どのようにしてその地形と立地を生かし、いかにして戦ったのかを解説しています。
ひとつひとつの城について多面的に追求するものではなく、縄張を読み解き軍事的な工夫や実用性を検証する本でもありません。
歴史的解説も、城の見どころも思い切って省きました。
ですからガイドブックとしての実用性はありませんが、城を実際に訪れたとき、地形と立地という見地からその城の本質に深く迫り戦略に思いを馳せられるよう、端的にまとめています。
第一章の「城の分類と戦国の城の基礎知識」は序章として、「立地条件による城の分類」をテーマに、城が築かれる場所による呼称の違いと特徴、山城の誕生と平山城への移行、山城の構造について簡単に解説しています。
第二章は「戦国の城を読み解くキーワード」がテーマ。「地形」「地質」「街道」「国境」「支城網」「付城・陣城」「変遷」「改造」という8つのキーワードを取り上げ、戦国時代の城と戦いを具体的に読み解いていきます。実例として、それぞれのキーワードがカギとなる有名な戦いも紹介しています。
第三章では「戦いの城を歩く」と題し、第一章と第二章を踏まえた実際の城歩きを紹介しました。鳥取城攻め、韮山城包囲戦、小田原攻め、関ヶ原合戦と、いずれも現地を歩いてこその醍醐味が実感できる城を取り上げ、著者自身が感じる山城歩きの楽しみ方を綴っています。
熊本の大名細川家を建てた細川幽斎(藤孝)
いま放映中の大河ドラマにも登場します
戦国武将として命がけで戦場を駆けつつ、一方では和歌の権威として古今集の奥義を直伝する
信長、秀吉、家康、そして天皇からも厚遇を受け、肥後の大大名として細川家は明治維新まで続き、最近では熊本県知事まで生み出しました(あっ、首相もやってたね)
出処進退の鮮やかさ、その不思議な才能に、興味が尽きません
(^_^;)
山手線で一番新しい駅、高輪ゲートウェイ駅がもうすぐ開業します。
では一番古い駅はどこでしょうか?
新橋駅とか東京駅かと思いきや、これが違った。
1番古いのはなんと品川駅、1872年(明治5年)5月7日。あと2年で開業150年。
一番古い駅と新しい駅が、お隣になる訳です。
ついで上野駅、1883年(明治16年)7月28日。
3番目がふたつあって新宿駅と渋谷駅、1885年3月1日。
4番目が目黒駅と目白駅で1885年3月16日、(目黒と目白が同日開業ってのもおもしろい)。
5番目が秋葉原駅で1890年(明治23年)11月1日。
新橋駅の開業は1909年(明治42年)12月16日で田町、浜松町と同時で現在の山手線29駅の中では12番目。
おや、日本最初の鉄道は、新橋横浜間ではなかったっけ?
と思って、調べてみると、もちろん最初の鉄道は1872年10月14日(明治5年9月12日)(この頃は暦がグレゴリオ暦ではなかったので、現在の西暦に直すとこうなるそうだ)に走ったのだが、そのときは汐留駅から走ったという。これが初代新橋駅だそう。
しかし品川駅と横浜駅(現在の桜木町駅)が1872年6月(明治5年5月)から仮営業で始まっていた。
「汽笛一声、新橋を~♪」より4か月前です。
それで鉄道駅としては、品川駅と横浜駅(現在の桜木町駅)が、日本で一番古いということになる。
品川駅が開業した1872年(明治5年)は、上野の山で官軍と幕軍(彰義隊)が戦ってからわずか4年後です。
上野駅はまだありませんし、1909年開業の山手線も、まだありません。
▲なぜか「本能寺合戦の図」となっているが、上野寛永寺の戦闘です
▲戦闘で焼け野原。現在の東京国立博物館前の広場のあたりかな
戦闘直後は、この辺にも死体がごろごろしていたらしいです
▲今はこんな感じ
その後起点駅がいろいろ移転して、現在の新橋駅の開業は1909年。
新橋駅はその昔は、烏森(からすもり)駅という名前だった。今もあのあたり、烏森との名前が残っている。
では、山手線で一番新しい駅はと思ってみると、なんと西日暮里。1971年(昭和46年)4月20日の開業。まだ40年の歴史しかない。日暮里と田端の間にできた駅だ。
その隣、日暮里駅の誕生は1931年で22番目。つまり、最後から2番目、西日暮里は一番最後にできた駅だった。
駅が開業した順番、駅名、開業日
01. 品川駅 1872年6月12日(明治5年5月7日)
07. 大崎駅 1901年(明治34年)2月25日
16. 五反田駅 1911年(明治44年)10月15日
04. 目黒駅 1885年(明治18年)3月16日
07. 恵比寿駅 1901年(明治34年)2月25日
03. 渋谷駅 1885年(明治18年)3月1日
10. 原宿駅 1906年(明治39年)10月30日
09. 代々木駅 1906年(明治39年)9月23日
03. 新宿駅 1885年(明治18年)3月1日
18. 新大久保駅 1914年(大正3年)11月15日
14. 高田馬場 1910年(明治43年)9月15日
04. 目白駅 1885年(明治18年)3月16日
08. 池袋駅 1903年(明治36年)4月1日
08. 大塚駅 1903年(明治36年)4月1日
08. 巣鴨駅 1903年(明治36年)4月1日
15. 駒込駅 1910年(明治43年)11月15日
06. 田端駅 1896年(明治29年)4月1日
23. 西日暮里駅 1971年(昭和46年)4月20日
22. 日暮里駅 1931年(昭和6年)12月19日
17. 鶯谷駅 1912年(明治45年)7月11日
02. 上野駅 1883年(明治16年)7月28日
21. 御徒町駅 1925年(大正14年)11月1日
05. 秋葉原駅 1890年(明治23年)11月1日
20. 神田駅 1919年(大正8年)3月1日
19. 東京駅 1914年(大正3年)12月20日
13. 有楽町 1910年(明治43年)6月25日
12. 新橋駅 1909年(明治42年)12月16日 (初代新橋駅=後の汐留駅は、1872年10月15日開業)
12. 浜松町駅 1909年(明治42年)12月16日
11. 田町駅 1906年(明治39年)12月16日
▼ほかの駅名も「高輪ゲートウェイ」風にしてみた
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