いつもコピペの多い当HPですが、たまには自分の文章を書きますね (^_^;)
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卒業30周年同窓会にて
教科:理科(生物)
在籍:昭和21年8月~昭和53年3月(31年9ヵ月間)
3年間ほど自宅療養をされた後、奥様に看取られて、安らかに息を引き取られたそう です。
新宿高校最大の名物先生でした (T_T)
新宿高校27回生の中條克俊さんの寄稿された「新宿今昔―新宿裏町人生探訪」が『歴史地理教育』2014年4月号に掲載されました。
本記事には、「旭町と新宿高校生」という一文がありますが、同窓会報「「朝陽」45~48号、50号を参考にまとめたものだそうです。
このこと以外にも新宿にまつわることに触れてあるので、在校生、卒業生の方々にも紹介して欲しいということです。
なお、中条さんからは、平成25年にご自身の著書『中学生たちの風船爆弾』『君たちに伝えたい朝霞、そこは基地の町だった』『君たちに伝えたい朝霞、キャ ンプ・ドレイク物語』の3冊を寄贈いただいています。
これらは、他の寄贈図書と同様、翌年春に母校図書館に寄贈されました。
以下に、朝陽同窓会HPから転載させていただきます。
世田谷区長、保坂のぶと氏(都立新宿高校中退)は、中学生時代、学生運動の経歴などを書かれた ために受験した高校を不合格となり、千代田区教育委員会を相手取り提訴(内申書裁判)。
判例は現在も重要判例として認識されている。
元社民党所属、現在は無所属。
また、管理教育につい て疑問を呈した「学校解放新聞」を発行するなど、子どもの側に立った教育ジャーナリスト活動、市民運動を展開。
ふつうに全日制に入学してれば
我々の1年先輩ですね
「遅れて来た全共闘世代」かな (^_^;)
MacPeopleにて好評連載中の「ユザーンの川越コンピューター学園」。
10回目のゲストは世界で活躍す る音楽家の坂本龍一さん! 超大物の登場で、今月はMacPeople本誌の表紙と巻頭も飾っています。
今月の転入生:坂本龍一
’52年生まれ、東京都出身。幼いころから作曲を学び、大学在学中から本格的に活動開始。ソロとして活動する一方、「イエロー・マジック・オーケストラ」 (YMO)に参加して人気を得る。テクノポップ、ワールドミュージックといった分野での活躍のほか、オペラや映画音楽の作曲・プロデュースなど、活動は多 岐に渡る。環境問題や平和問題に関する発言や活動も多く、独特の存在感で常に注目を浴びる存在
ユザーン 学生服はいままでに着たことがありました?
坂本 中学・高校と着てたよ。でも高校2年生くらいから、もう着るのやめちゃったんだよね。
ユザーン それ、勝手にやめちゃってもいいものなんですかね。
坂本 いや、ダメだと思うけど、反抗して。ブラックジーンズで学校に行ってたよ。
ユザーン そんな人、校内にほかにいました?
坂本 いなかったね。
ユザーン そうでしょうね(笑)。だいたいブラックジーンズ自体そのころそんなに浸透していませんよね。
坂本 たぶんあんまりなかった。
ユザーン じゃあ、オシャレだったんですね。
坂本 うん、オシャレだった(笑)。

1960~70年代にアングラ文化や街頭デモで底知れぬエネルギーを感じさせた新宿。
80年代以降は地上げや再開発で風景も集う人々も変わったと 語られ た。
だがいま、その街が再び新しい顔を見せようとしていると、批評家の平井玄さん(62)はいう。
自らの半生と新宿の近代史を重ねて『愛と憎しみの新宿』 (ちくま新書)を著した平井さんに聞いた。
「私にとって新宿は『ファウスト』の遍歴物語の舞台。新宿にうごめいていた芝居や音楽、政治運動の担い手や飲み屋のオヤジ、アル中の職人、そうした『悪魔』たちに導かれるうちに、自分自身もデーモンになっていった」
新宿2丁目のクリーニング店に生まれ、現在も新宿に暮らす平井さんは、新宿高校では一学年上の坂本龍一らと高校全共闘を結成、ジャズ喫茶にもぐりこんでは山下洋輔や阿部薫の演奏を聴いた。
そんな平井さんにとって、バブル期を頂点とする80年代の新宿は「栄えてはいたが、死んだ街」だった。「巨大になりすぎて、何でも売っているけど、新宿にしかないものは何もなくなった」。平井さんは一時、新宿を離れる。
商業的な若者文化の先端は渋谷へ、カネのない若者が独自文化を生みだすパワーは高円寺などへ流出した。だが不況下の地価下落で流れが再び変わった、と平井さんはみる。若者が徐々に新宿周辺に戻り始めたというのだ。
たとえばフリーターたちの労働運動の拠点が新宿に置かれている。「フリーターは交通費がかかるところには住めない。どこへでも歩いていけるところに、集まって暮らすしかない。そういう人々の多く住むエリアの一つとして、新宿が再び面白い文化を生み出す可能性はある」
2年前のメーデーでは、フリーター全般労組が中心になり、約40年ぶりに新宿一周デモが実現。平井さんも参加した。いま新宿には、アナーキズムのグッズを扱うショップやビート詩人の朗読会が開かれるカフェなど、「新宿的」な店が生まれているという。
「ふたをされ暗渠(あんきょ)になっていただけで、流れそのものは途絶えていなかった。街の骨格はそう変わっていない。私の本を読んでいまの新宿を歩けば、歴史が二重写しで浮かび上がってくるはずだ」
若い読者からの反応も多いという。かつて10代の平井少年を遍歴に誘った悪魔メフィストフェレスの役を、平井さん自身が担おうとしている。
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一九六〇~七〇年代の新宿。そこは伝説的なジャズ・バーやシネマテークなどが集まる巨大な文化工場だった。風月堂、紀伊國屋書店、文壇バー、ATG新宿文 化をはじめ、異形な場所に奇怪な人間たちがひしめきあって、戦後日本文化の闇鍋を形作った。一方で、歌舞伎町や要通り、旭町や二丁目などなど、喰い物や SEXを入力するとたちまち爆発的に膨張する欲望の街でもあった。新宿二丁目の赤線地帯で生まれ育った思想家が、濁愛、陰謀、宇宙の文学や悪魔の建築、阿 鼻叫喚に劣情有理、ありとあらゆる運動を包みこんだ新宿の奥座敷を七転八倒して活写する異色の地下文化史。
池袋と新宿、渋谷の3つの副都心をつなぐ明治通り。
JR山手線の内側に沿って走る東京都内の幹線道路だ。
慢性的な交通渋滞が問題となっているJR新宿駅の東側で、明治通りのバイパスをつくる工事が静かに進んでいる。
当初の計画が決まったのは、今から約70年前。
しかし、バイパスは開通することなく、長らく止まったままになっていた。
希少な樹木の群落がある新宿御苑の敷地に道路が掛かる計画となっていたからだ。
バイパスを整備する東京都は2005年、道路の構造を見直してこの群落を回避できるように計画を改めた。
工事は2010年からスタート。
2020年の東京五輪を前に、ようやく開通のめどがついた。
我々の在学中から 問題になっていた道路
一時は新宿高校が 移転になりそうだった (^_^;)
不動産業界関係者はもちろん、警視庁捜査関係者からマスコミの事件記者まで、知らないものはない著名物件が、JR新宿駅南口から徒歩3分の一等地にある。
まさに「怨念の土地」である。
過去に、信じられないぐらい数々の事件を引き起こし、「永遠の塩漬け案件」といわれたが、2015年2月17日入札で、公売(官公庁の行う競売)にかけられることになり、関係者の注目を集めている。
最低落札価格は21億9000万円。「怨念の土地」で何があったのか──。
山口組の大幹部だった後藤忠政も逮捕
ここには、「真珠宮ビル」という名の老朽化した雑居ビルが建っていたが、2006年3月、ビルを管理していた元司法書士が、地上げに絡むトラブルで刺殺された。
その2カ月後、急成長していたマンション販売会社・菱和ライフクリエイトの代表と、広域暴力団山口組の大物組長・後藤忠政氏(当時・現在は除籍を 経て引退)らが、土地売買をめぐる公正証書の虚偽記載で逮捕された。起訴後、最高裁まで争われ、菱和ライフクリエイトの代表は無罪、後藤氏は有罪が確定。 後藤氏は現在、カンボジア在住である。
刺殺事件の方は、警視庁組対4課が、実行犯や運転手など暴力団関係者を逮捕、現在も捜査は続いている。
さらに、ビル売却をめぐって、暴力団関係者らが「買い主」を「極道をなめんじゃねぇぞ!」と脅したとして、2012年6月27日、暴力団関係者ら5人を逮捕した。
なぜ、こんな土地が存在するのか。
「トラブルが続き、一般の企業が手を出さなくなるので、土地の価格が下落する。そうなると、暴力団系企業や腕に自慢のブローカーが集まって、安く購 入して高値で転売しようとする。それがさらにトラブルを誘引して事件化。繰り返されて、犯罪の温床となる」(警視庁捜査関係者)
所有権者は、後藤氏系列の不動産会社・ウォールから南口開発を経てジェイエス合同へと移転している。
東京都主税局の差し押さえは、2000万円程度の固定資産税の滞納によるもの。「入札」の物件詳細に、「賃料は月額450万円」とあるように、払えない金額ではない。
形状が良く大通りに面した一等地なのに、塩漬け状態が続いていることから、所有権者が高値転売を諦めて、東京都主税局を利用、公明正大な売却を目論んだ、と読むことも出来る。
ただ、ジェイエス合同はダミーであり、真の所有権者が明らかでないうえ、土地には前・所有権者の南口開発が権利者となって、ジェイエス合同に28億円の抵当権を仮登記している不可解さもある。
公売によって過去が洗い流され、有効活用されるには、まだまだ曲折がありそうだ。