現代史

ゴジラの中の人

godzilla4CGで作られたゴジラがアメリカで暴れ回るハリウッド映画『GODZILLA ゴジラ』(公開中)。

その60年前に公開された、第1作の映画『ゴジラ』では、CGではなくゴム製の着ぐるみが使われていた。

中に入って演じていた「スー ツアクター」(着ぐるみに入って演技する俳優)が中島春雄さん(85才)だ。

東宝所属の俳優だった中島さんは1954年、上司から突然、一冊の台本を手渡された。

「表紙に『G作品』と書いてあって“ゴジラという怪物の役をやれ”と言われました。何を演じるのかまったくわからなかったけど、仕事を選り好みしない信条なので、よろしくお願いしますと引き受けました」

撮影前、役作りのために東京・上野動物園に通った。

「そのころ、インドから贈られたインディラというゾウがいたんです。インディラは足の裏全体を地面に押しつけながら、ゆっくりと進む。

ゴジラの歩き方はゾウを参考にしました。他にもクマの腕の使い方、ハゲタカの首の動かし方などを観察するため1週間ほど通い詰めました」

そして、その年の夏に東宝の撮影所で3か月間の撮影が始まった。着ぐるみの重さは約100kgもあった。

「私が片方ずつ足を入れた後、スタッフが後ろのジッパーを閉めて準備完了です。ゴジラの足には下駄が入っていて、それを持ち上げて動かすんですが、重いのなんのって。海軍で鍛えた体がなかったら動かせなかった(笑い)」

きつい撮影の連続だったが、今でも中島さんが思い出すことは暑さだ。当時はエアコンはもちろん扇風機も珍しかった時代、中の温度は60℃に達したという。godzilla2

「1カット7秒の撮影が終わると休憩になるんですが、シャツをしぼると汗が滝のようにジャーって出ました。ゴジラの中は自分の汗のにおいで充満していました。くさかったです」

ギャラは1作20万円。

サラリーマンの給料が月3万円の時代に破格の値段だった。

妬みや軽蔑した目で見る俳優仲間は少なくなかった。

「当時はスーツアクターなんて格好いい言葉はなかった。“中に入って演じるなんて俳優の仕事なんかじゃない”と陰口を叩かれることがありました。でもね、ゴジラをゴジラらしく演じられる俳優は私しかいない。そう誇りを持ってやり続けました」

中島さんは、1972年『地球攻撃命令ゴジラ対ガイガン』までの12作品でゴジラを演じ続けた。

CG全盛時代になった現在でも中島さんのゴジラを賞賛する声は多い。

※女性セブン2014年10月9日号

 

津田ホール 閉館

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豊かな音響と立地のよさで「クラシック音楽の殿堂」として親しまれてきた「津田ホール」(東京・千駄ケ谷)が、今年度限りで閉館されることになった。

所有する津田塾大学が都心の教育拠点として再開発を計画するためだが、音楽関係者からは惜しむ声が上がる。

ホールはJR千駄ケ谷駅前の同大「千駄ケ谷キャンパス」にある。

res13_attpic_brief世界的建築家の槙文彦氏による設計で、1988年に完成。

音響のよさと手ごろな規模(490席)で、首都圏屈指の演奏会場として定着した。

全日本学生音楽コンクールの全国大会や東京大会も開かれ、演奏家を志す青少年には「甲子園」とも呼ばれている。

大学によると、東日本大震災の被害で、ホールに隣接する本館が使用不能に。

ホールは無事だったが、維持負担も重く、存続は困難と判断した。

今年度いっぱいで閉鎖し、数年後に解体。専属職員の契約も打ち切るという。

一方、音楽ファンは教育施設ではなく、演奏会場と認識する。

室内楽専用ホールとしては、使用停止に陥っている「日本大学カザルスホール」(東京・お茶の水)の前例があり、「またも大学の経営判断で姿を消すのか」と嘆く声も聞かれる。

音楽プロデューサーの中根俊士(しゅんし)さんは「ホールは文化の集積場なので何とか存続させてほしい」と願っている。

 

友人の建築家が 槙文彦さんと 仕事でご一緒したんだけど

皇族の方のような やんごとない雰囲気の おじいちゃんだそーです

設計した建物が 壊されるのは つらいだろーなー  (^_^;)

 

パンツ

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昭和57年=1982年=32年前のマンガ

当時は「若もの」だったはずだけど 果たして「パンツ」と呼んでいたかな?

下着も「パンツ」だからややこしい

女性の下着を「パンティ」と呼ばなくなったのは いつからだろう?

やや死語化しつつある「ズボン」  語源には諸説あるそうだ

フジ三太郎は すごい勘違いをしてるね  (^_^;)

 

 

 

 

 

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日比谷に咲いたタカラヅカの華

001l千代田区立日比谷図書文化館は、東京宝塚劇場開場80周年を記念した特別展「日比谷に咲いたタカラヅカの華」を開催する。

会期は4月23日~6月 22日、開館時間は平日が10:00~20:00、土曜が10:00~19:00、日曜・祝日が10:00~17:00(入室は閉館30分前まで)。

会場 は千代田区立日比谷図書文化館 1F特別展示室。観覧料は一般300円、大学・高校生200円、区民および中学生以下、障害者手帳の所有者と付き添い1名は無料。

同展では、1934年に東京での宝塚歌劇の拠点となる劇場として誕生した「東京宝塚劇場」の80年の歴史を、ポスターや写真などの公演資料でたどっ ていく。

帝国劇場を皮切りに、劇場借り公演を始めてから現在にいたるまでの”東京のタカラヅカ”を一覧でき、東京宝塚劇場の公演ポスター・プログラムなど で80年の歴史を追い、その節目となった公演である1997年「ザッツ・レビュー」、2001年「愛のソナタ」の豪華衣装を展示するほか、小道具帳が初公 開される。

なお、関連イベントとして、元宝塚歌劇団雪組トップスター・麻実れい氏が出演する記念講演「私と宝塚」が4月29日 14:00~15:30(参加費1,000円(千代田区民の方500円))に、宝塚舞台 製作スタッフが講師を務めるワークショップ「宝塚歌劇の仮面創り」(昼の部/夜の部)が、5月29日 12:45-14:45/15:15-17:15(参加費2,500円)に開催される。どのイベントも事前申込制となっている。

再開公演「虞美人」ポスター 宝塚少女歌歌劇

モスラの歌

山崎さんが いまハマっている モスラの歌

懐かしの名曲!  (^_^;)

 

ソニー VAIO(バイオ)事業売却

348676264284624654623←ソニーの平井一夫社長

ソニーは6日、14年3月期の連結純損益予想を従来の300億円の黒字から1100億円の赤字に下方修正した。

14年度末までに世界で人員を約5千人減らす。

14年7月をめどに不振のテレビ事業を分社化し、「VAIO(バイオ)」ブランドで展開しているパソコン事 業からは撤退する。

赤字予想はスマートフォンの販売が想定より振るわなかったことに加え、テレビや電池の事業などを再建する追加費用が生じるため。

日立製作所やパナソニックなど大手電機各社が相次いで好決算を発表する中で、ソニーの苦境が鮮明になった。

平井一夫社長は、パソコンの売却については「苦渋の決断だ」と説明した。

 

世界のソニー 悲しいなぁ  (T_T)

 

ピート・シーガー死去

 

1960年代に世界的にヒットした反戦ソング「花はどこへ行った」などで知られる米シンガー・ソングライター、ピート・シーガー氏が27日、老衰のためニューヨークの病院で死去した。94歳だった。

ボブ・ディラン(72)ら多くのミュージシャンに大きな影響を与えたフォーク界の巨人。

60年代前半にヒットした「天使のハンマー」「花はどこへ行った」はピーター・ポール&マリーが歌い、日本でも人気が出た。

共同電によると、晩年まで環境保護など政治運動に取り組んでいた。

2009年1月には、オバマ米大統領の就任記念コンサートで歌った。

 

Where have all the flowers gone?
Long time passing
Where have all the flowers gone?
Long time ago
Where have all the flowers gone
Young girls have picked them every one
When will they ever learn,
When will they ever learn?

 

 

大型テレビ

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昭和60年当時のテレビ

25インチで大型だったんだね (^_^;)