4月29日より、東京・六本木ヒルズ展望台 東京シティビューで開催中の『スター・ウォーズ展 未来へつづく、創造のビジョン。』。
10年ぶりの 新作となる映画『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(12月18日公開)に先駆けたもので、映画「スター・ウォーズ」で実際に使用された衣装やアート作 品などを一堂に展示している。
スタウォおたくには たまらない企画です (^_^;)
4月29日より、東京・六本木ヒルズ展望台 東京シティビューで開催中の『スター・ウォーズ展 未来へつづく、創造のビジョン。』。
10年ぶりの 新作となる映画『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(12月18日公開)に先駆けたもので、映画「スター・ウォーズ」で実際に使用された衣装やアート作 品などを一堂に展示している。
スタウォおたくには たまらない企画です (^_^;)
新宿高校27回生の中條克俊さんの寄稿された「新宿今昔―新宿裏町人生探訪」が『歴史地理教育』2014年4月号に掲載されました。
本記事には、「旭町と新宿高校生」という一文がありますが、同窓会報「「朝陽」45~48号、50号を参考にまとめたものだそうです。
このこと以外にも新宿にまつわることに触れてあるので、在校生、卒業生の方々にも紹介して欲しいということです。
なお、中条さんからは、平成25年にご自身の著書『中学生たちの風船爆弾』『君たちに伝えたい朝霞、そこは基地の町だった』『君たちに伝えたい朝霞、キャ ンプ・ドレイク物語』の3冊を寄贈いただいています。
これらは、他の寄贈図書と同様、翌年春に母校図書館に寄贈されました。
以下に、朝陽同窓会HPから転載させていただきます。
1955年、東京生まれ 東京都立新宿高校(17回生)卒業。
1981年、およそ一年間インド放浪 1988年、真宗大谷派東京専修学院入学。
翌年卒業。
1995年、真宗大谷流高明寺榊奈川県横浜市)住職となる。
比較思想学会会員(専門:宗教問対話) 。
主な論文に「インド的混沌と祈りの集い」ハンニヤハウス通信(1991年) 、
「<オウム>が突きつけるもの」ハンニヤハウス通信(1995年) 、
「唯識ノート」月刊・雲集1995-2001年まで連載C 「続・唯識ノート」月刊・雲集(2004年) 、
「<呼びがナ>への呼応「大河内了義先生のご講義を開いて」 『連絡誌・大地』第5号(2005
辛) 、
「偽ってはならない」山口県光市母子殺害事件の奔護団を批判した念仏者、浅田正作氏の著書を絶版とした真宗大谷派宗門(の一部と出版部)の言論封殺に対し、浅田氏の弁護人として抗議した対抗論文(2009年5月、 http:〝www.komyoji.netにて配倍中) 、
「<帰命とバクティー>-<無量寿経とバガヴァッド・ギ一夕->における信仰の格山賢比較思想研究遥第38号・比較思想学会(2011年) 、インターネット法着払ttp:/,/www.komyoji.net高明寺の法話) 、
「真宗法話一他力の本来の意味・浄土静註」(2013年9月) 、
「真宗法話一来迎たのむことなし」 (2014年7月) 、
「真宗法話一共に同心にただこの高僧の説を信ずべし・正信偽」 (2014年9月上インターネット講義(http:〟www.komyoji,net現代仏教塾) 、
「第五回現代仏教塾<親鷲の今一浄土真宗と近代仏教学>」 (2014年1月)
まんが・ブッダ伝序章(2014年5月、 http:〝www.komyoji.netまんが「プッダ伝」にて配信中)など。
1955年生まれで17回生
とゆーのは変ですねー
もしかして27会メンバー? (^_^;)
1960~70年代にアングラ文化や街頭デモで底知れぬエネルギーを感じさせた新宿。
80年代以降は地上げや再開発で風景も集う人々も変わったと 語られ た。
だがいま、その街が再び新しい顔を見せようとしていると、批評家の平井玄さん(62)はいう。
自らの半生と新宿の近代史を重ねて『愛と憎しみの新宿』 (ちくま新書)を著した平井さんに聞いた。
「私にとって新宿は『ファウスト』の遍歴物語の舞台。新宿にうごめいていた芝居や音楽、政治運動の担い手や飲み屋のオヤジ、アル中の職人、そうした『悪魔』たちに導かれるうちに、自分自身もデーモンになっていった」
新宿2丁目のクリーニング店に生まれ、現在も新宿に暮らす平井さんは、新宿高校では一学年上の坂本龍一らと高校全共闘を結成、ジャズ喫茶にもぐりこんでは山下洋輔や阿部薫の演奏を聴いた。
そんな平井さんにとって、バブル期を頂点とする80年代の新宿は「栄えてはいたが、死んだ街」だった。「巨大になりすぎて、何でも売っているけど、新宿にしかないものは何もなくなった」。平井さんは一時、新宿を離れる。
商業的な若者文化の先端は渋谷へ、カネのない若者が独自文化を生みだすパワーは高円寺などへ流出した。だが不況下の地価下落で流れが再び変わった、と平井さんはみる。若者が徐々に新宿周辺に戻り始めたというのだ。
たとえばフリーターたちの労働運動の拠点が新宿に置かれている。「フリーターは交通費がかかるところには住めない。どこへでも歩いていけるところに、集まって暮らすしかない。そういう人々の多く住むエリアの一つとして、新宿が再び面白い文化を生み出す可能性はある」
2年前のメーデーでは、フリーター全般労組が中心になり、約40年ぶりに新宿一周デモが実現。平井さんも参加した。いま新宿には、アナーキズムのグッズを扱うショップやビート詩人の朗読会が開かれるカフェなど、「新宿的」な店が生まれているという。
「ふたをされ暗渠(あんきょ)になっていただけで、流れそのものは途絶えていなかった。街の骨格はそう変わっていない。私の本を読んでいまの新宿を歩けば、歴史が二重写しで浮かび上がってくるはずだ」
若い読者からの反応も多いという。かつて10代の平井少年を遍歴に誘った悪魔メフィストフェレスの役を、平井さん自身が担おうとしている。
—————————–
一九六〇~七〇年代の新宿。そこは伝説的なジャズ・バーやシネマテークなどが集まる巨大な文化工場だった。風月堂、紀伊國屋書店、文壇バー、ATG新宿文 化をはじめ、異形な場所に奇怪な人間たちがひしめきあって、戦後日本文化の闇鍋を形作った。一方で、歌舞伎町や要通り、旭町や二丁目などなど、喰い物や SEXを入力するとたちまち爆発的に膨張する欲望の街でもあった。新宿二丁目の赤線地帯で生まれ育った思想家が、濁愛、陰謀、宇宙の文学や悪魔の建築、阿 鼻叫喚に劣情有理、ありとあらゆる運動を包みこんだ新宿の奥座敷を七転八倒して活写する異色の地下文化史。
「あの件、こうしといてネ」 「御意!」
人気ドラマ「Doctor-X 外科医・大門未知子」(テレビ朝日系)発の「御意!」フレーズが、オフィスにも浸透中のようだ。
ドクターXは、2014年の最新シリーズも大好評で、最終話は視聴率27.4%を叩き出し、平均の数字でも14年放送の連続ドラマでも最高となった。
そうした勢いの影響か、番組中で何度も登場する「御意!」を実際に仕事の場面でも使っている、という報告例がツイッターで多数、つぶやかれている。
社長に「御意」と言っている社員を見た、と話す著名人も出てきた。
米倉涼子さん扮する「異色・孤高・反骨のフリーランス天才外科医」、要は派遣医師の大門未知子が、成功率や生存率が低く、術式が確立されていない危険な手術に挑戦しながら、「国立高度医療センター」の歪んだ権力構図に立ち向かっていくというストーリーだ。
ドラマの中では、大門以外の医局員らが、上の立場の医師に命令された際、「服従」アピールや媚を売るために、どんな要求に対しても「御意!」と返答する姿が描かれていた。大門が必要のない仕事を断る時の「致しません」との対比もあいまって、人気のセリフとなった。
この「御意」が、実際に仕事現場で使われている場面を見た、と言うのは「ドクターX」の脚本家・中園ミホさん。朝日新聞(2015年1月1日付朝刊)に掲載されたインタビュー記事(連載「私を動かす 私が動かす」)で、「あるテレビ局で、『御意』と、社長に言っている社員の姿を目の当たりに」したのだそうだ。「まるで時代劇、おもしろいなあ」、と感想を述べている。
ツイッターを見てみると、確かに上司や同僚相手に「御意」を使っている、また身の回りで使われている、という報告が数多く見受けられる。
「会社のおじさまたちがなにかっつーと『御意』を連呼してるwww『押印頂けますか?』『御意』『お昼行ってきます』『御意』みたいなww」
「この前、上司に頼まれ事したときに勇気振り絞って『御意!』て応えたらクソワロてくれたwwwww」
「会社で上司の無茶振りに『致しません』ってこたえたら、『御意はどーした!御意は!!』って返されたwwwww」
「会社で何故かはやってて、たまにお客さんからの電話でも『御意!!』って言いそうになって困るwww」
ドラマの中では「上司に逆らえない下っ端のセリフ」として使われていたが、ツイートから読み取れるように、現実ではドラマを見ている人同士のコミュニケーションの1つとして愛用されているようだ。
むかし某ピアノメーカーY社の カリスマ経営者K氏にお会いしたとき
「くるしゅうない。近う(寄れ)」 と言われたことがあります (^_^;)
まともな日本語を教えない勘違いだらけの国語教育
なぜ、文科省の国語教育 は主張する子どもを育てられないのか
(合同出版)
国語や読書が好きにならず国語の授業が役立たない原因は、教科書教材と教え方 にあった。
気鋭の国語教育第一人者が鋭い論法で現場、システムの欠陥を突き、 解決策としてブッククラブという試みにより、問題解決能力・批判力・表現力を 養う技術を提言。
誰でもいつからでも始めようという気にさせる、本の読み方の本。
■日本アカデミー協会 JAPAN ACADEMY ASSOCIATION
■2014年度 第14回『日本文芸アカデミー賞・日本文芸ミネルヴァ賞』受賞作品発表!
出典:朝陽25HPより
1971年早大教育学部卒業。
都立新宿高校教諭を務め、文化庁文化部国語課国語調査官を経て国立教育政策研究所へ。
総括研究官として21年 間日本の国語教育、読書教育の研究に従事。
2012年3月退官、日本ブッククラブ協会を立ち上げる。
本をたくさん読んで書いてディスカッションするブック クラブ・メソッドの開発と普及に力を注いでいる。
あのころの有本先生
大学卒業直後だったんだね (^_^;)
座席数1000を超える大映画館「新宿ミラノ座」(東京都新宿区)が31日で閉館するのを前に、「新宿ミラノ座より愛をこめて~LAST SHOW~」を開催している。
新旧の洋画、邦画を織り交ぜ、華やかに最後を彩る。
27日から30日までは、各日4本立てで上映。
27日「荒野の 七人」「銀河鉄道999」「さよなら銀河鉄道999~アンドロメダ終着駅」「アラビアのロレンス 完全版」、28日「インファナル・アフェア」シリーズ3 作、「ディパーテッド」、29日「ハンニバル」「男たちの挽歌」「エクソシスト ディレクターズ・カット版」「スワロウテイル」、30日「マトリックス」 「青いパパイヤの香り」「新世紀エヴァンゲリオン劇場版Air/まごころを、君に」「タワーリング・インフェルノ」と、大ヒット作が並ぶ。
最終31日は 「荒野の七人」と「E.T. 20周年記念特別版」の2本立て。
当日券500円均一(1作品鑑賞料金、各回入れ替え制)。
詳細はホームページ(http://www.tokyucinemas.net/)へ。
コマ劇場も新しいビルになったし
歌舞伎町も変わりますね (^_^;)
「昔は優しかったのに、キレやすくなった」と嘆く男性は多いが、実は妻の性格は出会った当初から全く変わっていない。
恋人が可愛く思え、短所さえ許せたの は10~20代に盛んに分泌される自らの男性ホルモンの仕業に過ぎないのだ。
故に、分泌が減り冷静になった時「こんな女だと思わなかった」と後悔するのは 自然の理。
男にとって女はエイリアンにも等しい異なる存在なのである。
夫婦は上手くいく方が奇跡で、男女お互い様だ。
600人の夫婦問題を解決した著者 が、夫婦生活を少しでも賢明に過ごすための「家庭内マネジメント」を提言する。
なかなか刺激的な表題ですね (^_^;)
2016年に、12年ぶりとなる新作映画の公開が決まった「ゴジラ」。
東京・新宿コマ劇場跡地(新宿区歌舞伎町)に来年4月オープンする商業ビル「新宿東宝ビル」の屋外テラスには、ゴジラの実物大頭部モニュメント「ゴジラヘッド」が設置されることになった。
最も人気の高い「ゴジラvsモスラ」(92年)に登場したゴジラの頭部(12メートル)が、地上から40メートルのテラスを突き破ったような形で設置される。
同ビルには映画館「TOHOシネマズ新宿」も入居予定。
ゴジラは2004年公開の完結編でシリーズを終えたが、今年5月公開の米国リメーク版の大ヒットを受け、製作・配給の東宝が“本家”版の製作を決定した。
←東京・歌舞伎町に出現するゴジラヘッド(イメージ図、東宝提供)
2016年版ゴジラは 泣けるかな~? (^_^;)
野地さんの本が出ています
2014年11月10日、悪性リンパ腫のため83年の生涯を閉じた俳優・高倉健さんに「追悼」の声が続々寄せられている。
高倉さん最後の出演作となった2012年秋公開の「あなたへ」に出演した俳優・浅野忠信さん(40)は画像共有サイト「インスタグラム」で「高倉健さんの ご冥福をお祈りします 本当に悲しいです ありがとうございました」とコメントした。
浅野さんは自身出演のハリウッド映画「バトルシップ」が公開された12年の会見で「高倉さんがいなければ、アメリカでも頑張ろうという気にならなかった」と発言するなど、多大な影響を受けていることを明かしていた。
「高倉さんの若い頃に似ている」としばしば話題になる自分の容貌を意識したのか、若い高倉さんの白黒写真をメッセージに添えた。
タレントの志村けんさん(64)は「悲しい 寂しい 辛い」と題したブログ記事を更新、高倉さんとの初めての出会いを振り返った。
「どんな言葉でも物足りない温かい大きな手で握手して よろしくお願いします。生涯1番緊張して始めてお会いした時 楽屋に 何なりとお申し付け下さい 乙松(編注:「乙松」は1999年公開の映画「鉄道員(ぽっぽや)」で高倉さんが演じた役名) 綺麗な花がありました」と一つ一つ思い返すように綴った。
そして「なんと優しい心使い 有難うございました 心からご冥福を御祈り申し上げます」と追悼した。
続けざまにブログを更新し、「恵存 志村けん」と書かれた高倉さんからのサイン色紙を公開した。
タレントの中川翔子さん(29)は1994年に32歳の若さで亡くなった父、中川勝彦さんに言及した。
「父、中川勝彦は映画海峡の新人オーディションで選ばれて出演していました」と明かし、「日本の宝であるお方 ご冥福をお祈りいたします」「映画はずっと残る生きた証 本当にありがたいです」と語った。
高倉さんの出演した映画の具体名を挙げる人も。
音楽グループ「FUNKY MONKEY BABYS」の元メンバーで現在はソロで活動中のファンキー加藤さん(35)はツイッターで「『幸福の黄色いハンカチ』。大好きな作品で、何度も繰り返し 観てました。ご冥福をお祈りいたします」とコメント。
タレントのダンカンさんもブログで「網走番外地久しぶりに見て~!と、思っていた矢先の訃報…」と驚き、「昭和よ…ありがとう」とつぶやいた。