裁判長「なめんなよ」

07121801_Nameneko_01

約1億円を脱税したとして法人税法違反罪に問われた葬儀会社2社の元実質経営者で、1980年代に流行したキャラクター「なめ猫」の発案者、津田覚 被告(65)に、東京地裁は9日、執行猶予付きの有罪判決を言い渡した。

駒田秀和裁判長は判決理由の朗読後、「いくら才覚があっても、ルールを守らなけれ ばビジネスマンとしては失格です。ルールをなめてはいけませんと説諭した。

判決は懲役1年6月、執行猶予4年、罰金1700万円(求刑懲役1年6月、罰金2千万円)。

法人としての2社は、罰金計1050万円(求刑同1200万円)とした。津田被告は控訴する方針。

判決によると、津田被告が経営していた葬儀会社「紫音」(東京)など2社は、平成23年の各決算期までの3年間に、架空経費の計上などで計約3億8千万円の所得を隠し、法人税計約1億1千万円を免れた。

やっぱり 葬儀屋って

儲かるんだねぇ~  (^_^;)

 

なつコミ「ポーの一族」

zkj1606071256001-p1少女漫画家の神様、萩尾望都(もと)さんの代表作「ポーの一族」の40年ぶりの続編が少女漫画雑誌「月刊フラワーズ」(小学館)7月号に掲載された。

販売 まもなくで完売し、少女雑誌としては異例の重版が決まったという。

やはり手に取るのは往年のファンが多いとか。

疑うことを知らない時代に読んだ物語を今、 数十年の時を経て読む。私たちはあの時代に戻れるだろうか。

「ポーの一族」は1972年~76年、漫画誌に連載され、熱狂的な人気を集めた作品。吸血鬼の一族で、少年の姿のまま、永遠を生き続けるエドガーと、彼に出会って吸血鬼となったアランによる長い旅の物語だ。

作品は40年、読み継がれてきたファンタジーの名作。少女漫画家として初めて紫綬褒章を受章している萩尾さんの繊細で華麗な筆致と、丁寧な時代考証による情景描写、永遠の命を語る哲学的でもあるストーリーテリングに魅了された人も多いはず。

40年経って、その世界観にもう一度ひたりたいという人はやはり多かったようだ。小学館では通常の1・5倍にあたる発行部数をもって続編の掲載誌「フラ ワーズ」を発行したが、発売してまもなく完売。雑誌としては異例の“重版出来”となった。9日には電子書籍も配信されるが、あえて紙の雑誌を重版するあた りは、40年来の読者層のIT不慣れ度を斟酌(しんしゃく)してくれたのだろうか。

漫画にしろ、小説にしろ、純真だったころに夢中に読んだ物語を再び手にすると、一気にその世界に没入できる。そのころの枯れない好奇心や、そのころに抱いた夢も一緒に思い出すこともできる。

今回、雑誌の重版出来のニュースが飛び込んできて、思わず、ポーの一族を読みたくなった。聞けば復刻版も出たという。ぜひ手にとってみたい。

私は読んだころの自分に戻りたいと思っているのだろうか。今、ちょうど作品が重ねてきたのとと同じぐらいの年になって、鏡を覗いてみると、シミやシワな ど、今までになかったものが顔に出て来た。エドガーやアランのように永遠の若さがあったら…などと邪心も浮かぶが、いや、10代のころ作品を読んで、永遠 の命の悲劇性を思ったではないか、と思い直す。私は年を経てどこか鈍感になっている。やっぱり読み直さなければならない。

少女だった皆さんには

思い出の作品かな  (^_^;)

 

永作博美 ネコになる

女優の永作博美(45)が、アニメーション映画『ペット』(8月11日公開)の日本語吹き替え声優に挑戦することが6日、わかった。

主人公の犬・マックスとデュークを救うために仲間たちを一つにまとめる姉御肌の猫・クロエを演じる。

続きを読む

毎日新聞「母校を訪ねる」シリーズ

WS0000001969年度卒

 「母校をたずねる」は今月から、東京都立新宿高校(新宿区内藤町)編を連載します。

日本を代表する大繁華街の一角にある同校は、政治や文化など幅広い分 野で時代のリーダーを輩出してきました。

初回は、平和や環境問題などへの幅広い発言でも知られる音楽家、坂本龍一さん(64)=1969年度卒=が、その 高校時代を語ります。

——————————————

 小学2年で引っ越した世田谷区(東京都)では、当時、「新宿高に行く」というのはある種のステータス。当時の世田谷は田んぼに蛇がいたり、ツクシが生えていたりする自然あふれる場所。そんな田舎の子にとって、新宿という大都会に通うことは大きな変化でした。

  入学後まずしたのは、事前に調べた新宿のジャズ喫茶約30軒を、1カ月かけて全部まわったこと。うち2軒を気に入りました。人生で一番映画を見た時期で もあります。印象的なのはジャン・リュック・ゴダールの「気狂いピエロ」。人生で一番好きな映画です。音楽の勉強もしました。当時珍しかった現代音楽を聴 かせてくれる催しに、1人で足を運びました。

 印象に残る先生は、現代国語の前中昭先生です。最初の授業で衝撃 を受けました。「俺はお前たちに興味がない」なんて言って。びっくりして、でも面白いと 思って、授業が終わって職員室に追いかけていきました。そうしたら向こうも面白がってくれたのか、以来、友達みたいな関係になりました。彼が病気の時、コ ンサートで「マエナカにささげる」と言って演奏したこともあります。亡くなってしまいましたが、彼が当時話した言葉の意味が今になってわかったり、いまだ に大きな存在です。

 学生運動の影響も受けました。1年生の4月、登校したら3年生が頭から血を流している。聞くと、機動隊にやられて帰ってきたという。ショックを受けて「これは、やらなきゃだめだ」と、全国的なデモに何度も足を運びました。

  3年生だった1969年11月5日、定期テストや制服の廃止などを求めて校長室を占拠しました。クラスメートの塩崎恭久くん(厚生労働相)や馬場憲治く ん(マルチクリエーター)も一緒です。当日は朝からやる約束だったんですが、僕は遅刻した。母親が起こしてくれなくて……。まあ、そのくらい甘ちゃんだっ たんですよ。いろいろな先生と話し合いました。皆さん真摯(しんし)に対応してくれ、結局、全ての要求が通りました。

 新宿高らしさ、といって一番に思うのは「バンカラ」ということ。下駄をはいてしょうゆで煮しめたような制帽をかぶり、腰に手ぬぐいをつけた先輩など、戦前の旧制高校の雰囲気が多分にあった。

 日比谷高や戸山高はお坊ちゃん的な感じだけど、新宿はバンカラ。でも優秀な生徒がたくさんいて、雑多さと知性が同居している学校でした。音楽はもちろん、考え方、人とのつきあい方、映画。今につながる全てが新宿高で培われました。

 60年代の終わりの、今でいうサブカルチャーが成熟してきた時代。その中心が新宿だった。多様性とか新しい価値観のるつぼのような場所に、ただでさえ多感な10代後半の時期に居ることができて、ラッキーでした。

  今の若い人と話すと、すばらしいと思います。一見主張しないような子でも、話してみると、とてもしっかりしていて、大人をよく見ている。ただ、今の日本 はとても心配な状況です。脱原発や安保法制反対を訴えるのは、子どもたちが将来、よりひどい状況にさらされるとしたら、それは今の大人の責任だと思うか ら。言うべきことは言わなければならないと思っています。

 

生徒伸び伸び 自主性尊重の歴史

 「全員指導者たれ」。新宿高で今も引き継がれる、阿部宗孝・初代校長が打ち出した校是だ。1922(大正11)年、東京府立六中(旧制)として開校した同校は、時代の影響を受けて変化しつつも、その精神を受け継いできた。

  戦中には軍国主義の波にのみ込まれたが、戦後はいち早く教員の間に教育民主化への機運が高まった。60年代には毎年100人前後が東京大に進学する全国 屈指の進学校となったが、当時の教員が「生徒は伸び伸びと遊び、いつ勉強しているのかと不思議だった」と振り返るほど、生徒の自主性を尊重した教育が行わ れた。

 全国の大学で学園紛争が激化する中、東京の真ん中にある新宿高はその影響を強く受けた。一方で67年度から、受験戦争解消を名目に都立高の学校群制度(81年度で廃止)が導入され、中学生は進学する高校を自由に選択できなくなった。

  これを機に東大などへの進学者は減少した。それでも「生徒が伸び伸びとしている印象は今も変わりません」と、卒業生が運営する新宿高の「朝陽同窓会」事 務局長、西出紀久さん(71)=62年度卒。西出さんは長女も87年、同校に入学。生き生きとした生徒たちの姿は「自分の在学当時のままだった」と話す。

 90年代以降は「都立高を復活させよう」との流れが強まった。新宿高は2003年、進学重視型単位制高校となり、07年には都の「進学指導特別推進校」 に指定。土曜日授業や補習、補講の実施など、大学受験を重視した指導を強化している。=次回は10日に掲載します

http://mainichi.jp/articles/20160603/ddl/k13/100/012000c

 

人物略歴

さかもと・りゅういち

  1952年東京都生まれ。東京芸術大を経て78年「千のナイフ」でソロデビュー。同年「イエロー・マジック・オーケストラ」(YMO)結成。映画「戦場 のメリークリスマス」で英国アカデミー賞、「ラストエンペラー」でアカデミーオリジナル音楽作曲賞、グラミー賞などを受賞。環境や平和問題への言及も多 く、森林保全団体の創設なども行う。2014年7月、中咽頭(いんとう)がんを公表したが、治療と療養を経て15年、映画「母と暮せば」と「レヴェナン ト:蘇えりし者」の音楽制作で復帰を果たした。

 

榊原さん 熊さん

情報ありがとー (^_^;)

 

原宿駅

lif1606050033-p1

JR東日本が原宿駅(東京都渋谷区)の新しい駅舎を建設する方針を固めたことが5日、関係者への取材で分かった。

手狭となっている現状に加え、 2020年東京五輪・パラリンピックで多くの利用客が見込まれるため。

大正期の西洋風建築として知られる現駅舎の利用はやめ、今後、取り壊すか保存するか どうかなどを検討する。

原宿駅は山手線の渋谷-代々木駅間に位置し、1日平均乗車人数は約7万人。

明治神宮への参拝者や若者、外国人観光客らの利用が多く、混雑して入場を規制することもある。

JR東は、五輪を控え都内の駅舎の整備を検討。

原宿駅は五輪の会場となる国立代々木競技場も近いことから、駅舎の建設を決めた。

新駅舎は、現駅舎の南側に、線路をまたぐ形で造る。

原宿駅は明治39年に開業し、初代駅舎は代々木駅寄りにあったが、大正9年に創建された明治神宮を参拝しやすいように13年、今の場所に現駅舎が完成。

落ち着いたたたずまいを見せ、地元に親しまれている。

 

新宿高校の 原宿移転という案

むかし ありましたね  (^_^;)

 

梅雨入り

rainyseason

large

気象庁は、5日午前11時に「関東甲信地方が梅雨入りしたとみられる」と発表。

関東甲信地方に雨の季節が到来しました。

 

「ごろ」の2文字に 気象庁の苦悩が 読み取れます  (^_^;)

 

なつテレ「パーマン」

本当の正義とは何か? を問いかける

見かけによらず 硬派のアニメです  (^_^;)

ちょい乗り

19-1

 東京都の23区内と武蔵野市、三鷹市の営業区域で、タクシーの初乗り運賃が約1キロ・メートルで410円程度になる見通しとなった。

 この区域で運賃改定を申請したタクシー会社の保有台数が、4日までに総車両台数の7割に達し、国土交通省が審査を始める基準を上回った。

 審査には6か月程度かかり、早ければ今年12月にも初乗り運賃の引き下げが実現する。

 この区域の初乗り運賃は現在2キロ・メートル730円。

初乗り410円の新料金が認められると、約1キロ・メートルまでは現在より320円程度安く、2キロ・メートル未満は割安になる。

 2キロ・メートル乗ると現在と同じ730円だ。

 タクシー業界に初乗り運賃を見直す動きが広がったのは、短い距 離を気軽に乗ってもらい、利用者を増やす狙いがある。

 大手の日本交通が4月、初乗りが1・059キロ・メートルで410円、その後237メートルごとに 80円加算する変更申請を国交省に提出した。各社も同様の料金見直しで追随した。

 タクシー料金は営業地域ごとに国交省が決める。認可されると、地域全体にその料金体系が適用される。

 

運転手さん 近くでもイヤな顔 しないでね  (^_^;)