水戸のダイダラボウ

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水戸市内の国道を進むと、車窓に広がる森の中に突如、白い巨人が現れた。

水戸市常澄地区で語り継がれる伝説の巨人「ダイダラボウ」の像だ。

古くは、奈良時代に編纂(へんさん)された地誌「常陸国風土記(ひたちのくにふどき)」に登場する。

「富士山と筑波山(茨城県つくば市)をてんびんにかけて重さ比べをした」とか、「市内にある千波湖をつくった」という逸話が残されている。

高さ約15メートルの白い巨人は、自らが食べた貝の殻を捨てたとされる丘の上の大串貝塚に立っている。

観光振興や伝承を目的に、平成4年につくられた。

今では近隣住民の憩いの場として親しまれ、郷土史を学ぶ近隣の小学生らの社会科見学先にもなっている。

古代史における茨城県(常陸国)は

畿内、北九州と並ぶ 巨大な先進エリアです  (^_^;)

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掲示板が足りない!

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6月22日に公示される参院選の東京選挙区(改選数6)で、立候補予定者が想定した30人を超える見通しとなり、各地の選挙管理委員会はポスター掲示場の増設作業に追われている。

有権者数約73万5千人と都内最多の世田谷区

区選管は区役所前にあるポスター掲示場(縦1・36メートル、横4・43メートル)の左下に、 「31、32、33」と記したベニヤ板を急きょ継ぎ足した。

ドクター中松が 出てないね

やっぱ都知事選かな  (^_^;) 続きを読む

アンチエイジング

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 老化を抑制する効果が動物実験で判明しつつある物質を人間に投与し、安全性や効果の有無を調べる臨床研究を、慶応大と米ワシントン大(ミズーリ州)が来月にも国内で開始する計画であることがわかった。

 慶応大の倫理委員会が近く、計画の妥当性などを審査する。

 承認されれば、まずは10人程度の健康な人への投与で安全性を確認し、その後数年かけて、体の機能の改善効果の有無を調べる。

 この物質は「ニコチンアミド・モノヌクレオチド(NMN)」。

 ワシントン大の今井眞一郎教授(51)(老化学)らの研究で、NMNが老化を抑える役割を持つ遺伝子サーチュインを活性化することが判明。

WS000000 マウスにNMN を投与する実験では、老化にともなう代謝や目の機能などの低下が改善されることもわかってきた。

 

ニコチンアミド・モノヌクレオチド(NMN)

すでに市販されてるけど 違うのかな?  (^_^;)

冨田勲さん お別れの会

WS000001先月5日に慢性心不全のため亡くなった作曲家・シンセサイザー奏者の冨田勲さん(享年・84)の『お別れの会』が6月15日、東京・青山葬儀所でしめやかに 営まれた。

映画監督の山田洋次氏や嵐の櫻井翔、由紀さおり・安田祥子姉妹、浅倉大介、LUNA SEAのSUGIZO、経済産業担当大臣の石原伸晃氏ら各界から多くの著名人、関係者など約800人が参列し、故人との最期の別れを惜しんだ。

宇宙が好きだった冨田さんが、惑星にいて、宇宙からこちらを見ている」様子をイメージした祭壇は、手前で星のように光っているかすみ草、ガーベラ、ダリ アなど計3560本の花で彩られた。

遺影は、2013年夏に幕張メッセで行われた音楽フェス『FREEDOMMUNE<ZERO>(フリードミューン・ゼ ロ)』に出演した際のライブ写真を使用。

諡(おくりな)は「冨田勲大人命(うしのみこと)」。

生前の冨田さんの活動をまとめた映像が流された後、山田監 督、クリプトンフューチャーメディアの伊藤博之社長が追悼の辞を読み上げ、スティービー・ワンダーの映像コメントが放映された。

終了後に、参列した著名人たちが取材に対応した。主なコメントは以下のとおり。

山田洋次監督
「僕 にとって一番頼りになる作曲家でしたね。まず、間違いない。もっと一緒に仕事をするつもりだったのですが、悲しいです。僕と同じ世代ですからね、だから先 に逝ってしまったっていうのはつらいですね。ミュージシャンっていうイメージが全くしない人で、科学者みたいな考え方をする“理系の人”でしたね。音楽を 作るという必要なことだけをやってきた、無駄がない人だった。素晴らしい才能を持っていたと思います」

由紀さおり
「(亡 くなる) 一時間前のお声をきょうお聞きしましたけど、とてもお元気な声でした。常に『お客様が喜んでくれたらうれしい』と思っている方でした。今を生きて、そして その先の未来まで作品を残してくださって、これをきっと次の世代の方々が広めてくださるんじゃないですかね」

安田祥子
「本 当に、 宇宙をテーマにした壮大な音楽を作っていらっしゃったことを改めて、きょう感じました。先生の旅立ちは突然のことでした。ちょっとしたご縁もあって、奥様 のことも存じあげておりましたので、久しぶりにこうした場面で奥様にお目にかかって、ちょっとつらかったですね」

浅倉大介
「シ ン セサイザーを始めたきっかけが冨田さんの音楽だった。(シンセサイザーは)この世の中に無い音を作れる楽器なんだということを教えてもらった。聴けば聴く ほど音色へのこだわりに刺激を受けてきたので、まだまだ教えていただきたいことがたくさんありました。先生の遺された音楽をこれからも聴きこんで、まだま だ勉強していきたい。旅立たれた先生がこれから“宇宙”でどんな音を奏でられるのか、そんな気持ちがしています」

SUGIZO(LUNA SEA)
「幸 運にも一昨年『イーハトーヴ交響曲』の演奏会後に楽屋でお会いすることができ、いつか一緒に何かやりましょうと話をさせてもらいました。亡くなる直前まで お仕事をされていたということで、音楽家として生涯現役をつらぬくという生き様をまざまざと見せていただきました。肉体は亡くなってしまいましたが、遺さ れた精神と音楽は100年後も1000年後も新しいままだと確信しています」

 

日本人に生まれて 良かった!  (T_T)