読書 病気にならない歩く習慣

病気にならない★2101 歩く習慣 (中経の文庫)_01

このブログでも「歩くの大好き」という項目があるくらい、散歩や旅が好きなのだが、毎日歩いているかというと必ずしもそうではない

特に中国コロナが広がってからは、外出することが明らかに減っている

それで、ただ漫然と歩くだけでなく

「歩くことを自己管理してみよう」

と思い、本書を読んでみた

本書の著者は医者だが、歩く習慣を始めたのは本書を書いた2年くらい前で、その2年間の経験をもとに、医学的な知見などにも触れている

私は以前からコレステロールや中性脂肪が少し高いのだが、これを下げるには筋トレなどの無酸素運動より、ウォーキングなどの有酸素運動が効くらしい

歩くことを習慣化するには、楽しめないと無理なのだが、意識的に15分以上、やや速足(時速4キロがベスト)のウォーキングを続けると、脳内快感物質(エンドルフィン)が出始めて、だんだん歩くのが楽しくなるらしい

「ウオーキング・ハイ」の状態になる訳だが、この快感をしっかり味わえるかどうかが、ウォーキング習慣化の秘訣のようだ

家から駅まで10分とかだと、この快感を味わう直前で、歩くのをやめていることになる

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本書は10年以上前に出た本なので、スマホにはほとんど触れていないが、今はウォーキング支援アプリがいろいろありそうなので、これから研究してみたい

(^_^;)

 

訃報 半藤一利

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今年は昭和史を読んでみようかなと思っていたのですが、その矢先に重要な語り部を失った気分です

永井荷風の研究家としても知られ、上のテレビは半藤さんが荷風を扱ったもの

呉市海事歴史科学館(愛称:大和ミュージアム)の名誉館長でした

(T_T)

 

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「日本のいちばん長い日」など、昭和史に関するノンフィクション作品を多く手がけた、作家の半藤一利(はんどう・かずとし)氏(→)が亡くなったことが1/12分かった。

90歳だった。昭和5年、東京生まれ。

昭和28年、東大文学部を卒業し、文芸春秋新社に入社。

編集者として「連合艦隊の最後」の著者、伊藤正徳氏を担当し資料集めや取材をする中で、昭和史への造詣を深める。

昭和40年には大宅壮一編として、玉音放送までの一日を描いた「日本のいちばん長い日-運命の八月十五日」を発表。

平成7年に「決定版」として、自身の名義で改訂された。

文芸春秋では「文芸春秋」「週刊文春」編集長や専務などを歴任。

司馬遼太郎氏との交流も長かった。

平成5年「漱石先生ぞな、もし」で新田次郎文学賞、平成10年に「ノモンハンの夏」で山本七平賞、平成27年に菊池寛賞を受賞。

妻でエッセイストの末利子さんは夏目漱石の孫。

 

▲映画「日本のいちばん長い日」(2015年版)予告編

 

▲映画「日本のいちばん長い日」(1967年版)予告編

 

芸術的な雪だるま

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 美術館に冷凍ショーケースを作り

  永久保存したらどうでしょう

 (^_^;)

 

スペインの首都マドリードは50年ぶりの大雪に見舞われ、大混乱となっています。

あるマドリード市民が芸術的な雪だるまを造り、話題となっていました。

完璧なヴィーナス像!

もはや氷像と呼ぶべき美しさですが、さすが芸術大国スペインと言ったところでしょうか。

さっぽろ雪まつりに納品したいレベルです。

数日でこれだけの作品が登場するのだから、スペインに日常的に雪が降ったらどうなるのかと期待する人がたくさんいました。

* * * * * * * * * *

海外掲示板のコメント

●彼女はホットに見える。

●オレが付き合ったどの女より暖かい。

↑オレもだ……。

●マドリードの連中は100年に1度の雪をフルに楽しんでいるな。

投稿者実際にその通りだよ。

↑スキーを履いて背中にパラモーターをつけているやつもいた。

↑北欧からもっと雪を送って欲しい。きっと退屈なスペイン人たちが新しいルネッサンスを作り上げる。

●何十年に一度の雪だっていうのに、すでにエキスパートレベルの彫刻だぞ。

↑すでに彼らは多くの彫刻経験がある学生がいるからな。濡れた雪はちょっと冷たい粘土版みたいなもんだ。

●このヴィーナスは、近代の美の標準型に近づいている。オリジナルより高いヒップライン、ちょっと痩せているなど。

●これの一番のお気に入りは胸。

 

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読書 Google Apps Script

Webデータ自動メール通知アプリを作ってみよう!_ Google Apps Scriptで簡単、手軽にスクレイピング_01

Googleが提供しているサービスには、Googleドライブ、Gメールなど色々ありますが、しょっちゅう使っていると手作業が面倒になり、自動処理したくなります

「Google Apps Script」(GAS)は、そのような自動処理をプログラムする簡易言語です

例えば、毎日見ているWEBニュースで、ある条件(特定のキーワードを含むとか)に合致したら、そのニュース記事を自分あてに自動でメールさせたり出来ます

GASは、JavaScriptがベースなので、文法も非常に簡単

ただし非常に複雑な自動処理をさせようとすると荷が重くなり、Pythonなど別な言語を使うことになり、これを突き進めると、いま話題のAI(人工知能)になってくる

本書は、そんな大げさな話ではなく、日常的な作業を自動化して便利にしましょうということで、GASの紹介をしています

GAS利用じゃないんだけど、以前から「新宿高校」というキーワードを含むニュースを自動検索させて、見つかったら自動でメールしてもらっています

このブログに時々載せている、新宿高校関係のニュースは、そうやって見つけたものが多いです

(^_^;)

 

読書 教説と手紙

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快楽主義者のことをエピキュリアンと呼ぶが、エピクロスはその元祖

快楽主義という言葉のイメージとは逆に、人生の雑事を「苦」と考え、それからの解放を「快」としたので、その哲学の理想はむしろストア哲学(禁欲主義)に近い

大欲は無欲に通じるという禅の境地や、涅槃(欲望から解放された悟り)を理想とした原始仏教の境地にも似ている

人間(特に男)は若いうちは肉体的欲望の奴隷となりやすいので、老年こそ欲望から解放された、人生の最も充実した時代としている

その規範をひと言で言えば

 「隠れて生きよ」

となって、世間の雑事に煩わされることなく、なるべく俗人に出会うことの少ない場所で静かに生きることを勧めている

ここまで来ると、老荘の無為自然の境地にも近くなり、深山幽谷に住む仙人のような生き方になる

エピクロスは非常に多くの著作を書いたが、そのほとんどは隠滅してしまい、現在残っているのはディオゲネス・ラエルティオスが「ギリシア哲学者列伝」に残した引用(つまり本書)だけとなっている

この時代の哲学は、自然哲学(世界観、のちの自然科学)と人生哲学(人生観、いかに生きるべきか)から成っているが、自然哲学は古代原子論(アトム)による説明で、現代人には少々退屈

人生哲学は、のちの哲学が非常に難解になったのに比べると単純明快で、現代人にも親しみやすい

本書には3つの手紙が含まれているが、最初の2つは主に自然哲学なので、ここで退屈して読むのをやめてしまうともったいない

3つ目の手紙(メノイケウス宛の手紙)から読むのがいいと思う

(^_^;)

 

 

スカっとさわやか

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 コカ・コーラって

  健康に良かったのかぁ~

 (^_^;)

 

ギネス世界記録で世界最高齢に認定されている福岡市の田中カ子さんは、明治36年1月2日生まれで、2日、118歳になりました。

現在、田中さんは福岡市内の高齢者福祉施設で暮らしています。

施設によりますと、職員が2日、「誕生日おめでとうございます」と声をかけると、田中さんは手をたたいて喜んでいたということです。

新型コロナウイルスの影響で家族とはほとんど会えていないということですが、元気な様子で、1日3食、欠かさず食べ、体操したりして過ごしているということです。

田中さんはチョコレートとコカ・コーラが大好物で、かけ算や割り算などの計算問題を解いたりして楽しんでいて、「120歳まで元気に暮らす」が目標だということです。

田中さんはおととし3月に「存命中の世界最高齢」としてギネス世界記録に認定されているほか、現在確認できる国内の歴代最高齢です。

 

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▼バブル時代のコカ・コーラのCM

 

北海道の電話ボックス

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 何だかすごくシュールな写真ですね

  電話ボックスの頑丈さもスゴイけど

 電話してたらグシャ! 

  というのも怖い

 ((((;゚д゚))))

 

謹賀新年

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 今年もよろしく

  お願いします

 (^_^;)

 

荷風64歳の大みそか

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 断腸亭日乗、昭和17年大みそかの日記

  荷風数え64歳 戦争で生活しにくさが増し

 長生きはしたくなし などと言っている

  でも79歳まで生きたけど

 (^_^;)

 

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▲荷風とお歌

荷風が芸者であった関根歌(芸者名、鈴龍、すずろう)を身請けするのは、荷風48歳(昭和2年)のときである。

映画「濹東綺譚」にも、「おうた」として登場する。

断腸亭日乗によれば、自分はすでに老いたので妾を囲うこともないが、21歳のお歌がしきりに芸者をやめたいと願うし、借金もわずか五百円程度だから身請けしたとしている。

だが、それは照れ隠しで、老境にさしかかった荷風(当時の48歳は初老)は、若いお歌に惚れた。

40年以上続いた荷風の日記「断腸亭日乗」の面白いところは、荷風が人を褒めなかったこと。

いや、けなしてばっかりだ。

その荷風が日乗で褒めた回数を数えたことはないが、荷風の研究家によれば、10回にも満たないらしい。

その荷風が珍しく、お歌を褒めている。

お歌は、荷風が足掛け5年間に渡り、最も長く付き合った愛人で、荷風はお歌のことを、

「最近では、かくの如き妾気質(めかけかたぎ)も珍らしき(中略)

 かくの如き可憐なる女に行会いしは、誠に老後の幸福といふべし」

 (『断腸亭日乗』 昭和3(1928)年2月5日)

と、荷風らしい言い方で最上級の賛辞を与えている。

さらに荷風は、お歌が世の悪風に染まらず、活動写真も好まず、針仕事や拭き掃除に精を出し、一日中たすきを外すことがなく、昔より下町の女によく見られる世帯持の上手なる女のようだ、などと褒めまくるのである。

これは、荷風とお歌の相性がよかったのではないかと思う。

いかにカサノヴァ荷風とはいえ、富松や八重次のような本物の芸者(芸のある玄人)と毎日膝を突き合わせていれば、疲れるのかもしれない。

それに対し、お歌のように日陰者でありながら着物の一枚も欲しいと云わない女性は、荷風にとって砂漠のオアシスのようなものであったのだろう。

だから、お歌が勤めていた川岸屋(芸妓屋)があった麹町3番町(現在の九段そば)の近くに最初は間借りさせていたが、荷風が住んでいた偏奇館のそばに移らせている。

現在の六本木一丁目あたり、日比谷線神谷町駅の近くの2階建て。

何も荷風の自宅である偏奇館の近くなら、一人暮らしの自宅に同居させればよいと思うのだが、偏奇館は世間に知られていたから都合が悪く、荷風はお歌の引越先を隠れ家として「壺中庵」と名付けた。

荷風は若いころ、慶応大学文学部の教授をしていたが、妾宅から教室へ出かけることも多かった。

日乗には壺中庵記として、陽が高くなっても

「雨戸一枚、屏風六曲のかげには、不断の宵闇ありて、

 つきせぬ戯れのやりつづけも、誰はばからぬこのかくれ家」

とある。

淫靡な世界が垣間見れる、さすが荷風先生。

だから、お歌が待合を持ちたいと望んだときの荷風は、新婚の亭主のように、お歌のために炊事道具や客用の食器などを揃える。

ところが、そのお歌との蜜月も3年で終わる。

結局、荷風は一か所に停泊する船ではなかった。

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* * * * * * * * * *

 

上の文章では、荷風がお歌に飽きて捨てたような印象を持つかもしれないが、実はお歌には年齢の近い恋人が出来ていた

しかし世話になった荷風にそれを切り出しにくく、ついに仮病を使って、荷風に諦めさせる作戦に出た

荷風はお歌を心配して知人の医者に見せるが、なんとお歌はその医者をもダマし通して、「もう長くはあるまい」などという誤診をさせる

まったく

「恋愛において、女は常にプロだが、男はアマチュアである」

というフランス人の言葉が思い出される

しかし別れた後も荷風とお歌は、時々会って旧交を温め、荷風が亡くなるまで、大人の関係を持続させている

いい話だなぁ

(^_^;)