92【東京近郊エリア】

読書 つげ忠男選集

つげ忠男アウトロー選集1~どぶ街~_01

つげ義春は大好きな漫画家の一人で、彼の作品はほとんど、何度も読んだ

そのつげ義春の弟が、本書の作者のつげ忠男

その作品選集10冊を、一気に読んだ

つげ忠男アウトロー選集1~どぶ街~

つげ忠男アウトロー選集2~無頼の街~

つげ忠男アウトロー選集3~無頼平野~

つげ忠男アウトロー選集4~狼の伝説~

つげ忠男アウトロー選集5~流れ者たち~

つげ忠男昭和選集1~きなこ屋のばあさん~

つげ忠男昭和選集2~雨季~

つげ忠男昭和選集3~夜よゆるやかに~

つげ忠男昭和選集4~遠い夏の風景~

つげ忠男昭和選集5~ある予感~

絵のタッチは兄義春と似ているが、雰囲気は兄より暗く鬱屈して乾いている

忠男は一時、血液銀行で働き、その経験が作品の中に何度も登場する

血液銀行は、今は無くなったが、「売血所」とも呼ばれ、輸血用や血液製剤の原料として血液を買い取る場所で、社会の底辺の人間がその日の食費やギャンブル代のために、自分の血液を売りに集まった

20151005102417

兄義春(←、左)も相当に暗いのだが、そこにはある種の温かみもある

弟忠男(←、右)はそれよるはるかに暗く、冷たく、乾いていて、何とも救いが無い雰囲気が漂っている

第二次大戦の敗戦からすぐというこの時代の日本は、社会全体が暗くて貧しかったし、それはこの選集の中にも濃厚に表現されている

兄弟が育ったのは、昭和20年代、高度成長前の貧しい時代の東京下町、そのまた特に貧しいエリア

将来に希望を持てない鬱屈した時代精神が感じられる

つげ義春のマンガにも出てくるが、この兄弟の父親は早くに亡くなっている

母親の再婚相手である病気がちの義父は残酷な性格の男で、つげ兄弟はひどい児童虐待を受けて育った

正式な美術教育はおろか、家庭の貧しさから義務教育にすら満足に通えなかった兄弟が、二人ともプロの漫画家になっているのは、まさに兄弟共通の才能の成せるところなのだろう

今回も一気に10冊、まったく退屈せずに読めたということは、漫画家としての非凡な才能を感じる

特にアウトロー選集は、社会の掃きだめのような貧しくて暗い街が主な背景になっていて、日常的に暴力と退廃と背徳が横行するハードボイルド的な作品集

全体に、夢と現実が織り交ざったようなシュールな話が多い

兄つげ義春は、睡眠中にみた夢を漫画化したが、その影響は弟忠男と蛭子能収に及んでいる

(^_^;)

 

立皇嗣宣明の儀

watermark

 

 アメリカ大統領選挙で

  すっかりカスんでしまった

 秋篠宮殿下の立皇嗣宣明の儀

  最近は深酒が過ぎて依存症の危険も

 ((((;゚д゚))))

 

▼ロング・バージョン

 

読書 ゲゲゲのゲーテ

ゲゲゲのゲーテ (双葉新書)_01

妖怪マンガの水木しげるの愛読書がゲーテだった

カントやヘーゲル、ニーチェやショーペンハウエルも読んだが、ゲーテが一番「性に合った」らしい

「ヴィルヘルム・マイスター」や「ファウスト」より、「ゲーテとの対話」が好みだという

片腕を失った戦地にも持って行った

作品よりもゲーテの人間性や生き方が好きなのだろう

人生訓の本家のようなゲーテなので、マンガが売れなくて極貧の時代を乗り切るパワーも、ゲーテから得ていたようだ

したくもない戦争に狩り出されたので、終戦のときに本当に自由を感じたという

人生で最も大切なことは「好きなことをすること」と信じる

そして寝ることが好きだから、マンガが売れて余裕が出来てからは、毎日好きなだけ寝ているそうだ

「葉隠」の山本常朝に似ている

(^_^;)

 

世田谷・杉並の真っすぐ道路

large_201020_massugu_01

nigaoe_toyotomi_hideyoshi

 

今回、九州や広島を旅したんですけど、特に博多の街の道路が広いのが印象に残りました

道がまっすぐで、車道だけでなく歩道も広いので、歩いていてとても気持ちがいい

これは「太閤の町割り」と言われる、豊臣秀吉による都市計画のおかげだそうです

秀吉の若い頃の、大らかな性格が伝わってきます

一方、東京は徳川家康が作った町ですが、道が狭くてぐにゃぐにゃ曲がっている

nigaoe_tokugawa_ieyasu

これは猜疑心の強い家康が、敵から攻められた場合を考えて、わざと攻めにくい都市計画をしたことに関係があるらしい

用心深い家康のおかげで、日本人は世界でもまれに見る260年間もの長い平和を享受した訳ですが、都市計画には向いてない性格だったようです

(^_^;)

 

* * * * * * * * * *

 

世田谷区と杉並区にわたって、8km以上続く一直線の道路があります。

都道に指定されているこの道路、成り立ちは大正時代までさかのぼります。

地図で都内を見ていると、小田急の祖師ヶ谷大蔵駅付近から丸ノ内線の新高円寺駅付近まで、一直線に道路が走っているのが見えます。

この道路は東京都道・高円寺砧浄水場線に指定されています。

現地に行くと、大部分がセンターラインのない狭い道路ですが、ほぼ全線が直線のため、道路がはるか遠くまで続いていくのを見通すことができます。

東京の街並みは武蔵野台地とそれを川が浸食していった地形の関係で起伏が大きく、道路もその起伏に合わせてほとんどが曲がりくねっています。

にもかかわらず、この直線道路はどうしてこんなにもまっすぐ走っているのでしょうか。

実はこの道路の真下には、「荒玉水道」と呼ばれる直径1.1mの水道管が通っています。

荒玉水道はさかのぼること大正時代、増加する東京の人口の水需要に対応するため、多摩川で取水した水を都内に送るのを目的に設置工事が始まりました。

そして、埋設水道管の敷地を歩行者道として活用したのが、この直線道路のはじまりです。

現在は自動車も通行可能となっていますが、水道管への荷重を考慮し、重量制限が掛けられていたり、ラバーポールによって物理的に幅員が制限されているところがあります。

また、狭隘な道路のため、一部区間では一方通行となっています。

この道路を東急バスや小田急バスのバス路線が通っていますが、重量制限のある区間を走る路線は、小型バスで運行されています。

 

 

古川庭園を歩く

016

monogatari_okikusan

今日は「都民の日」で、東京都が運営している公園とか動物園が無料公開なので、まだ行ったことのない「古河庭園」へ行ってみました

足尾銅山などを経営していた古河財閥の当主のお屋敷だった場所ですが、戦後の財閥解体でGHQが接収し、さらに国の所有になりました

その後は荒れるままになっていて、幽霊屋敷などと呼ばれていた時期もあったそうですが、1980年ころに東京都に貸し出され、公園として整備されました

もう少しするとバラの花や紅葉が美しいみたいですけど、今日はまだ早かった

近くには、第5代将軍徳川綱吉の寵愛を受けた柳沢吉保のお屋敷、六義園もあります

(^_^;)

詳細はここをクリック

 

内親王会議

CREATOR: gd-jpeg v1.0 (using IJG JPEG v62), quality = 90

8727515

 

小室圭にも多少の違和感はありますが、最大の問題は母親の小室佳代でしょう

このオバサン、危ない新興宗教の教祖みたいな、変なオーラを出しまくってる

何とも言えぬ不気味な感じがして、こんな人が将来、陛下の親戚になるのは、日本国民の一人として絶対に避けたいです!

それにしても女性の存在感があり過ぎて、男性(陛下、秋篠宮、小室圭)の影が薄すぎる~

((((;゚д゚))))

 

「今年に入り、愛子さまと佳子さまが共にランニングをされている光景をよく目にするようになりました。

お二人は女性皇族方のなかでも大の仲良しで知られています。

新型コロナの影響で遅れてはいるものの、皇居の改修工事が終わり次第、愛子さまは赤坂御用地から引っ越されます。このように気軽に会える時間も残り少なくなってきました。

名残惜しさを噛み締めながらランニングされているものと拝察いたします」(赤坂御用地関係者)

一方、眞子さまの姿を見る機会は少ないのだが、先日は珍しく三内親王で御用地内を散歩していたという。

「過日、めずらしく眞子さまがご自宅から出てきまして、愛子さま佳子さまと三人で、とても仲睦まじそうに御用地を散策しておられました。三内親王が気兼ねなく集まれるのもあと少しかと思うと、心を突くものがります。

ですが途中、佳子さまが突然、眞子さまと愛子さまを引き離すかのように間に割ってはいりました。

その後、眞子さまは足早にご自宅に…。

遠くからだったため何が起きたのかはわかりませんが、ただならぬ気配を感じました」(同前、赤坂御用地関係者)

はたして何が起きたのであろうか?

三内親王のあいだで起きたトラブル。

その真相を解き明かすカギを、秋篠宮家のオクに通じる関係者は教えてくれた。

「眞子さまと佳子さまが口論されているときがありました。

 佳子さまは

あの件で、愛子ちゃんと雅子さまは関係ないでしょ?』

『巻き込むのはおかしい!』

『秋篠宮家のを広めないで!』

と大変強い口調で仰っていました。

話を総合するに、膠着状態にある眞子さまの結婚問題について、雅子さまからの後押しが欲しいことを、眞子さまが愛子さまを通じて依頼されたのではないでしょうか? 

つまり、雅子さまから結婚許可を公にして欲しいと、愛子さまを通じて依頼したのでしょう」(秋篠宮家関係者)

思えば眞子さまと小室圭さんの結婚に“ご裁可”を与えたのは、上皇ご夫妻であり、御代替わりとともに“ご裁可”も無効になったとの見方も強い。

今回の動きについて、元宮内庁職員の小内誠一さんに話を伺った。

「ご裁可そのものがハウスルールなので、何か法的拘束力があるわけではありません。

ですが、皇室内において“ご裁可”は決定的な意味を持ちます。

これまで“ご裁可”が覆った例もありますが、先代が下したものを、次代が取り消した先例はありません。

眞子さまとしては、先代のご裁可の効力が今も続いていることを明確にするために、愛子さまや雅子さまに近づき、新たに“ご裁可”を下していただきたいと懇願したとしても奇異なことではないでしょう。

20200731-00010008-jisin-000-6-view

なにより今月11日に紀子さまが54歳の誕生日にあわせて発表した文書では

『長女(眞子さま)の気持ちを

 できるだけ尊重したい』

親の情を滲ませましたが、『できるだけ』という5文字が入っています。

現状でそのまま両親が結婚をお認めになる可能性は低い。

なので、やはり天皇家の後押しが欲しいというのが眞子さまの本音でしょう」(小内誠一さん)

はたして眞子さまの依頼を受け、今上陛下や雅子さまが何らかのコメントを発表する可能性はあるのだろうか?

さる宮内庁関係者は次のように断言する。

「天皇陛下も雅子さまも“大人”です。

 秋篠宮家が結婚を強行されれば、何らかの形で祝辞は述べられるでしょう。

 ですが、眞子さまの“お気持ち発表”よりも前に、何かコメントを発せられることはないでしょう」(宮内庁幹部)

 

小室佳代の叫び声

小室佳代

img_8bcf12cb690d6ce40c49ea16d13540bc100972

 

「朝8時ごろでしょうか、小室佳代一家が住むマンションの一階から

 

『うおおおぉおお!

 勝ったぁああああ!』

 

 という大きな叫び声が聞こえました。

 あれは小室佳代の声で間違いありません。

 ちょうど朝のテレビで、紀子さまの誕生日文章の件を

 放送していましたので…まさに秒速ですね。

 あんなに大きな声なら、皇居まで届いたかもしれませんね(笑)」

 (マンションの住民)

また小室佳代の親友で、圭さん祖父の遺産相続について代理人も務めたこともある人物も次のように語る。

「小室佳代から朝に電話がありました。

『紀子さまがようやく結婚を認めてくれました。

  400万円はもう終わったこと。

 この冬には眞子さまと圭を、

 堂々と結婚発表させます!』

 と喜んでいましたね。

 どうやら紀子さまが誕生日の文章で

『長女の気持ちをできる限り尊重したい』

 と発表したことを、結婚容認と受け取ったようです。

 まだまだ問題が残っているようですが、

 皆が幸せになることを祈っています」

 (小室佳代の親友)

 

眞子さまの想いは“立皇嗣の礼”の後、今年中に発表される見込みだ。

 

t02200179_0540043913342670402