世の中には、LINE(ライン)をする人としない人がいます
LINEって、スマホアプリでSNSのアレね
私の友人知人でも、最近は「LINEをする人」の方が多いので、連絡とかはLINEがメインになりがち
もちろん「LINEをしない人」もいるので、だいたい連絡はLINEとメールの二本立てになる事が多い
二度手間なのでメンドウと言えばそうなんだけど、大した手間ではないから、さほど気にはしてません
それで、「LINEをしない人」のしない理由というのが、人それぞれだとは思うけど、上のマンガのような
LINEのセキュリティ方針が嫌い!
というのが多い
まあ実際、LINEは過去にセキュリティトラブルを何度も起こしているし、私もLINEを始めるときは「なんだかウサン臭い会社だなぁ」と思いました
それでもLINEを使っている理由は
1)LINEを使っている人が多い(みんな使ってる)
2)メールよりLINEの方が使い勝手がいい(簡単)
3)私は機密情報なんかLINEに流さない(たぶん)
といったところです
(1)は重要で、相手も使っていなければ、そもそもコミュニケーションが成立しない。この特性があるから、スマホアプリとかだと、最初にシェアを握った企業が圧倒的に有利になる(先行者利益)
(2)については、最近の迷惑メールの氾濫で、メールが使いにくくなっていることが背景にありますね
(3)は個人的事情だけど、飲み会の連絡とかが多いから、どこかに情報が漏れたって、さほど実害はあるまいという感じ
上のマンガは「理系の人々」という作品の一部なので、特に理系の人を取り上げて
LINEを使わない=融通が利かない
という視点から、ユーモラスに扱っていますね
LINEを使わないから「融通が利かない」と決めつけるのは少々論理の飛躍があるし、「理系の人々」に気の毒かもしれないが、やや当たってる感じもする
私は学生時代は理系だったけど、途中で文系っぽい職業に転じました
これを「文転(ぶんてん)」(理系から文系に転向すること)と呼ぶこともある
もともと「文転」という言葉は、高校で理系のクラスにいる人が、理系科目で挫折したりして(数学が多い)、大学受験では文系学部に志望変更することを呼んでいたように思います
私のように、理系の大学院まで進んじゃって、就職の時に文系っぽい職業を選ぶのは、文転とは少し違うのかもしれないが、まあどうでもいいや
もともと文系理系という区分だって、高校大学など学校内部の概念であって、社会に出るとこの区分は相当あいまいになるからね
私の場合、大学に経営工学科という学科があったのが大きかった
これはその名が示す通り、文系(経営)と理系(工学)の中間的(学際的)な学科で、文系出身の先生もいた
もちろん各先生は、狭い専門領域を持って研究していた訳ですけど、学科全体としては(特に学部の授業レベルでは)、文理ごちゃごちゃという感じでした
理系の授業も数学系が多くて実験が無く、徹夜で実験したりする他学科に比べると、時間に余裕がありました
この学科が無かったら、他の選択肢は機械工学系の学科ばかりだったから、そっちに進んで今ごろガチガチの理系エンジニアになっていたかもしれませんねぇ
その方が幸せな人生だったかどうかは、よくわかりませんけど
(^_^;)~♪
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人間は自分の「頭の中」(脳=理念)でいろいろ物事を考えて生きてますが、その生きてる場所は「頭の外」(社会=現実)ということになります
「頭の中」ではこうしたいああしたいと考えても、なかなかそううまくはいかなくて「頭の外」に妥協したり、時には「頭の中」を優先して社会とぶつかったりしながら、人間は生きている
これをごく単純化すれば
「頭の中」<「頭の外」 融通が利く
「頭の中」>「頭の外」 融通が利かない
ということになります
一般的にどちらが良いかは簡単には決められないし、状況によって、人によって、どちらを優先するか、どれくらいでバランスをとるか、なかなか複雑です
「融通が利かない」がさらに進むと、周囲から「変人」とか「奇人」と呼ばれることもあるが、これは常に批判や悪口とは限らず、ホメ言葉になる場合もある
一般に、思考停止せずちゃんと自分の頭で考えて生きてる人は、周囲(常識人)とは異なる言動が多くなるから、変人と呼ばれやすい
逆に、思い切り思考停止して何も考えてない人は、周囲に合わせることすらしないので、これも変人と呼ばれたりするからややこしい(天才とナントカは紙一重)
天才の方の変人のひとり、皮肉屋のバーナード・ショー(ノーベル文学賞)によれば
「合理的な人」は世の中に自分を合わせる。「無分別な人」は自分の方に世の中を合わせようとする。それゆえ、あらゆる進歩は無分別な人を頼りとしている。
The reasonable man adapts himself to the world: the unreasonable one persists in trying to adapt the world to himself. Therefore all progress depends on the unreasonable man.
確かに、世の中の進歩の多くは、無分別な人(自分の方に世の中を合わせようとする人)のおかげかもしれないが、逆は必ずしも真ならず
無分別な人の多くが、世の中の進歩に役立っている訳ではない
むしろ世の中のトラブルの大部分は、この無分別な人(融通が利かない人)が引き起こしていると言っても過言ではない
「融通が利かない」で始まった当ブログ記事だけど、世の中で融通が利かない人の代表と言えば、やはり宗教(特に一神教)の信者でしょう
自分の理念(頭の中)や教祖(グル)の指示に従って、法律や社会の習慣なんか無視して、電車の中にサリンをまいたりします
これに比べれば「理系の人々」なんてカワイイもの
いま、イランで戦争が起きていますが、その登場メンバーは
イラン:イスラム教(シーア派)
イスラエル:ユダヤ教
アメリカ:キリスト教(プロテスタント)
どれも妥協を許さない一神教で、原理主義(「頭の中」絶対優先)の傾向が強い
日本人にとってアメリカは、マネー万能の資本主義の国というイメージかもしれませんが、実はアメリカ人の多くは、今でも進化論を拒否するような、キリスト教原理主義者です
人間は神(ゴッド)の創造物で、動物から進化したのではない!、などと本気で信じています
このキリスト教原理主義と「マネー万能の資本主義」のフシギな関係を見抜いたのが、ドイツの社会学者マックス・ヴェーバーの著書
社会学の最重要文献のひとつです
私は解説本で読んだだけで、原書を詳しく呼んだことはありませんが、この「プロテスタンティズムの倫理」と日本人の勤労倫理(勤勉さ)が似ていると、企業経営の世界ではよく指摘されます
とにかく今イランでは、「頭の中」優先の傾向が強い「無分別な人」たちが戦争をしていて、石油が止まったり、世界中が大メイワクしている訳です
石油が止まるのはたぶん一時的だと思いますが、「無分別な人」が「合理的な人」になるには、長い長い時間がかかるでしょうね(永久に無理かな?)
(^_^;)~♪

































































★いな吉
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