古稀を迎えました

20代30代の若いころは、70歳なんてスゴい年寄りに見えて、「よく生きてるなぁ」なんて目で見てましたが、なってみると気分は大学生のころとさほど変わらず、ただ体力の低下はイヤでも感じます
わが愛好する永井荷風は、70歳のときどうしていたのか?
「断腸亭日乗」(荷風の日記、岩波文庫版)で、荷風70歳の記述を見ると

数え歳では、正月が誕生日で、みんな一斉に歳をとる
荷風は12/3生まれなので、数え歳70歳の正月は、満年齢なら69歳になった直後
「散人」は、世間の役に立たない人、「無用の人」を指すことから始まり、俗世間を離れて気ままに暮らす人、または官職や組織に属さない自由な立場の人を意味します

まあ、今の私も「散人」かな(「仙人」と呼ぶ人もいるけど)
唐木順三「無用者の系譜」は、「身を用無き者と思いなした」在原業平から、一遍、芭蕉、永井荷風に至る「無用の人」を扱っています
日本の文学や思想は、「無用の人」が創ってきたのかな
さて元日に「70になりし朝のさびしさ」などと書いてますが、そのすぐ翌日にお金の話で、原稿料の手形が不渡りにならないかと心配してます
お金が無かった訳ではなく、三菱銀行の支店長がわざわざ荷風宅を訪問してますが、荷風は大金持ちで預金残高が半端なかったからでしょう
昭和34年に荷風が79歳で亡くなったとき、その巨額の遺産に世間がどよめきました

▲荷風死去の新聞記事

大金持ちでカフェー通いもしていた荷風、極貧にあえぎカフェーの女給(今のキャバ嬢)もしていた「放浪記」の林芙美子
この同時代の作家二人が、客と女給の関係で実際にカフェーで出会っていたら、スゴく面白かったんですけどねぇ
林芙美子は客に大学生も来るような場末の安カフェーで働いていたし、荷風は「タイガー」など当時の銀座高級カフェー(今の銀座高級クラブ)にしか行かなかったから、どだい無理な話ではあります
林芙美子も「放浪記」がベストセラーになって大金持ちになり、晩年は新宿区に豪邸を建てて住んでましたが、早死にしたのがかわいそう

終戦から2年半、食糧の不足が深刻で、街にはまだ焼け跡にバラックが散在
「混堂」とは風呂屋のこと
「濡ズロ草紙」は未発表で、「四畳半襖の下張」と並ぶ荷風のエロ小説
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