先日の横浜歴史散歩で知った高島嘉右衛門の伝記
高木彬光(ミステリー作家)著
「横浜」をつくった男 易聖・高島嘉右衛門の生涯
いま読み終えました
前述の通り、大実業家でありながら占い師という不思議な男の人生
■佐賀鍋島藩とのご縁
当時(幕末)の鍋島藩には、鍋島直正という名君がいて、この殿様(別名閑叟公かんそうこう)が若き日の高島嘉右衛門の人物を見抜いてチャンスを与えていきます
例えば、日本にやってきた「異人」たちが日本の焼き物(陶磁器)を好むことから、佐賀特産の伊万里焼などのお店(鍋島藩の直営店のようなもの)を横浜に出す
その店の経営を任されたのが、若き日の高島嘉右衛門で、ここで商才を発揮して実業家としての実績と人脈を築き、横浜との関係を深めていく
■裁定取引に手を出して投獄
ここで彼は、当時の金と銀の内外価格差による裁定取引(アービトラージ)に目をつけて手を出すが、これが幕府の国禁に触れて捕まります
実はこの裁定取引、「異人」が主導して、日本の金(ゴールド)が大量に国外流出するという、日本にとって巨大な損失となる大事件でした
ボロ儲けした「異人」たちはうまくたちまわってお構いなしだったり海外へ逃げたり
つられて手を出した高島嘉右衛門が罪人となるという、やや不運な巡り合わせ
総じて日本の警察検察は、日本人には威張りまくるが外国人に甘く、今でも外国人犯罪者に「不起訴」を出しまくって日本国民の怒りを買っています
■獄中で易経に出会う
結局、6年間の地獄のような獄中生活を味わう訳ですが、その獄中にたまたまあった「易経」(えききょう)の本を暗記するほど熟読して占いの世界にハマリます
江戸時代までの学問と言えば、まず四書五経で、その五経の筆頭にあるのが易経
現代人の感覚から言うと、なぜ占いの本がそんなに重要な位置づけなのかフシギですが、とにかく東洋思想では占いを非常に重要視していたようです
シャバに出た高島嘉右衛門は、商才と占いの知識を活用して、明治政府要人との間に人脈を築き、大実業家への道を邁進します
政治家は先の見えない状況で重大な決断を迫られることが多いので、占いに関心が高かったようです
特に伊藤博文との関係は極めて濃厚!
伊藤博文が大陸へ行く直前、占いで凶相だと言って止めるのですが、それを振り切って旅立った伊藤博文は暗殺されてしまう
■ガス灯
先日の横浜歴史散歩で馬車道を歩いていたら、店の前に今でもガス灯を灯しているフレンチレストランがあったんです
馬車道ですから昔の「馬の水飲み場」があって、それを見ていたらお店の人が出て来て、「この街灯は今でもガスを送って光ってるんだよ」と教えてくれました
その時は予備知識が無かったので、「今でもガス灯をともしてるなんて面白い店だなぁ」なんて思っただけでした
ところがこの場所(馬車道十番館)には、かつて高島嘉右衛門の自宅があって、ガス灯の会社を運営(ガスを供給)していた場所だったようです
高島嘉右衛門は、横浜や東京に街灯(ガス灯)を広めました
街灯など無く夜は漆黒の闇、提灯(ちょうちん)をぶら下げて歩くしかなかった当時の日本に街灯が点くと、当時の人たちは「まるで昼間のようだ!」と驚いたようです
(^_^;)~♪
▲夜はこんな感じ 今でもガスの光が輝いてる










































★いな吉
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