湖池屋は、世界的な人気を誇る怪獣「ゴジラ」とコラボし、「カラムーチョ」ブランドの各商品をゴジラデザインの特別パッケージに変更します
5/18より全国で期間限定発売
* * * * * * *
山潤さん情報です ありがとねー
白黒袋のポテチが流行ってるみたいですけど
「ゴジラ・カラムーチョ」
まだカラー袋で良かったなぁ
(^_^;)~♪
湖池屋は、世界的な人気を誇る怪獣「ゴジラ」とコラボし、「カラムーチョ」ブランドの各商品をゴジラデザインの特別パッケージに変更します
5/18より全国で期間限定発売
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山潤さん情報です ありがとねー
白黒袋のポテチが流行ってるみたいですけど
「ゴジラ・カラムーチョ」
まだカラー袋で良かったなぁ
(^_^;)~♪
2年半ほど前にも、八王子市役所にクマ出没しましたね
下の地図で分かるように、八王子市は市の半分近くが山岳地帯ですが、今回のクマも近くに小中学校もある市街地に出没しました
八王子市は、旧東京府(現東京都)において、旧東京市(現23区)に次いで2番目に「市」になりました
推計人口は58万人で、鳥取県とほぼ同じ
別名「桑都(そうと)」と呼ばれていて、伝統的に絹織物や養蚕業が盛ん
多摩ファミの定期演奏会で毎年行ってます
最近、ハマ研(横浜を研究する会)で横浜をいろいろ歩いたりしていると、幕末から明治以降にかけて、絹織物の輸出で横浜が大発展した事が分かります
その絹織物は、桑都八王子から大量に運ばれたようで、明治41年には八王子と横浜を結ぶ鉄道「横浜線」もできています
(^_^;)~♪
山潤さん情報です ありがとねー
Netflixシリーズ「ガス人間」は、7/2(木)世界独占配信(全8話一挙配信)
下は初代の「ガス人間第一号」、八千草薫が主演!
(^_^;)~♪
▲八千草薫が主演女優「ガス人間第一号」
▲「ガス人間第一号」予告編
先日4/19の当ブログ記事「除菌用アルコール(1)」に書いた通り、ついに自宅在庫が完全に切れて、Amazonに注文し、本日届きました
先日調べたら5300円でしたが、結局5230円でしたので、日々価格が変動しているようです
食品用や除菌用のエタノール(エチルアルコール)は、トウモロコシ、サトウキビ、米などの糖質を含む植物を原料に、糖化・発酵させることで微生物の働きにより生成されます
トウモロコシなどのコモディティ穀物相場に、エタノール価格が連動しているのかもしれません
1缶目は2021年6月に買って、すっかり除菌習慣がつきました
武漢コロナが猛威をふるっていた期間も含めて1缶で5年もったので、コロナが落ち着いた今日このごろだと、10年くらい持つかもしれませんねぇ
このエタノール1缶が尽きるのと、私の寿命が尽きるのと、どっちが先かな?
(^_^;)~♪
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追伸1 日常よく使うアルコールは2種類
エチルアルコール(エタノール) C2H5OH お酒 除菌
メチルアルコール(メタノール) CH3OH 燃料 工業原料
化学式(分子構造)が違っていて、化学的性質もかなり違う
お酒に含まれているアルコールは、エチルアルコールで、「酒精」とも呼ぶ
除菌以外にお酒や食品添加物にもなり、大量に摂取しなければ毒ではない
除菌用エタノールはお酒より安いので、これを薄めて飲用されると酒税収入が減るから国税庁は困る
そこで除菌用エタノールには、イソプロパノールなど「とても飲めないような味(香り)成分」を人為的に加えて、酒税逃れを防いでいるようです
一方、燃料として使われるメチルアルコールは、「木精」とも呼ぶ
アルコールランプの燃料になるのはこっち
メチルアルコールは飲むと猛毒で、失明することもある(「目散る」と覚えましょう)
第二次大戦の直後(昭和20年代)にお酒が不足し、禁断症状に苦しむアル中(アルコール依存症)患者が、メチル(目散る)アルコールを含んだ粗悪密造酒を飲用し、大量の失明者を出す事件も起きています
実は私が子供のころ、遠い親戚にそんな盲目のジイサンがいました
中島らも「今夜、すべてのバーで」は、アル中文学の傑作
彼がアル中治療で入院中、周囲にも重度のアル中患者がいる
夜になるとその中から、ベッドを抜け出して地下室へ忍び込む者がいる
患者が病院で亡くなると、遺体の引き取りが来るまで、地下の霊安室に保管される
今だと遺体保存用の冷蔵庫が使われそうだが、そんな便利な装置が無い場合は、除菌用エタノールにひたして遺体保存したらしい
ベッドを抜け出した重度のアル中患者は
その除菌用(遺体保存用)エタノールを
飲みに(ナメに)来る!
芥川龍之介「羅生門」を思い出すような、鬼気迫る恐ろしい光景だが、人は本当にお酒の禁断症状で苦しくなると、そうなることもあるらしい
((((;゚д゚)))) ヒエー
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追伸2 中島らも、天才作家だと思うんですけど
人生の最後の方はかなり重症でしたねぇ (T_T)
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追伸3 中島らもの名曲「いいんだぜ」
「言葉狩り」をしている偽善者を吹き飛ばすような、とても優しい曲
(^_^;)~♪
無修正版(ピー無し)は、ここをクリック
中学生(高校受験生)とそのご家族向けのイベント
難関校サミットin錦糸町
というのが開催されるそうです
新宿高校が選ばれているのは結構なことですが、開成とか筑駒が入ってないので、本当の超難関校とはちょっと違うのかな?
(^_^;)~♪
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難関校合格を目指す受験生・保護者の皆様。
この度、東武ホテルレバント東京にて、都立・私立の枠を超えた人気校である都立青山高校、都立新宿高校、そして2027年に新設される関東第一高等学校「叡智コース」による合同学校説明会「難関校サミットin錦糸町」を開催いたします。
本イベントでは、都立の伝統校として高い実績を誇る青山高校・
【本イベントの見どころ】
・都立青山高校・都立新宿高校:「三兎を追う」
・関東第一高校(叡智コース):2027年4月、
各校がどのようなビジョンを持ち、
「最高峰を目指す仲間と共に、未来を切り拓く。」 皆様のご来場を、心よりお待ちしております。
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開催概要
・日時:2026年6月13日(土)10:00~12:00(9:30受付開始)
・会場:東武ホテルレバント東京(JR・東京メトロ「錦糸町駅」徒歩3分)
・参加校:都立青山高校、都立新宿高校、関東第一高等学校(叡智コース)
・定員:100組(200名)/参加費無料
・お申込み:こちら
新宿高校出身こじのりさんのライブスケジュールです
情報提供ありがとうございます (^_^;)
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フルート小島のり子です。
4/21、新しいCD「オーディナリー」リリースいたしました。
ライブ会場(¥3,000税込)と、ネットショップ(¥3,30
kojinori002.stores.jp
オリジナル曲を、今回は歌もうたいました。手にしていただけたら
曲順など詳細、ブログにも載せました。夏みかんの歌詞も載せてあ
kojinori.exblog.jp
6月頭は、九州へレコ発ツアー。
6月下旬は、堀江洋賀、落合康介とのトリオで東北ツアー。
7月頭は、盛良さんと西へ、下松までツアーです。
7月下旬は、恒例の札幌ひとりツアー。
各所での再会を楽しみにしています。新しいCDも、どうぞよろし
ライブへのお越しをお待ちしています。
小島のり子 kojinori@mac.com jazzkojinori@gmail.com
Website(ライブ詳細こちらで) kojinori.com
YouTube youtube.com/@jazzkojinori
第1回ということは、今年から新たに始まったイベントのようです
山潤さんが、「タマリンバ」で
マリンバを演奏の予定
「ゆざわ」と言っても、越後湯沢ではありません
高幡不動、多摩動物公園、京王百草園が近いね
事前申込は不要だそうです
「日野札所巡りの会」というのがあるみたいなのでググったら
日野市の札所・七福神めぐりにオススメの神社お寺まとめ7件 | ホトカミ
というページがありました
(^_^;)~♪
前記事(同窓会誌「朝陽」来ましたね)で、牛丼「すき家」の創業者である小川賢太郞さん(新宿高校19回生)に触れましたので、そのつづきを書きます
上の絵は、牛丼「すき家」のお店の壁に大きく描かれています
私は「すき家」の牛丼がダイスキなので、この絵は前からよく見ておなじみなのですが、先日の
で、実際に横浜の街を歩いて
上の絵で人々が立っている場所は「象の鼻」だ!
ということに気付きました
それで当時の絵を探したら、ありました!
もう、そのものズバリ、牛丼「すき家」の店内壁画は、この絵を元にしてるのは間違いなさそうです
遠くに高台(港の見える丘公園のあたり)があって、右に海岸通り、これは現在の山下公園のあたりでしょう
となると上の絵で人々が立っている場所は、「象の鼻」以外あり得ない!
▲開港当時の「象の鼻」
▲現在の「象の鼻」
ではなぜ、牛丼「すき家」の店内には、開港当時の横浜の絵を飾っているのか?
牛丼「すき家」の創業者である小川賢太郞さん(新宿高校19回生)は、石川県の出身ですが、「すき家」の第1号店は、生麦駅の近くだった
生麦駅は、川崎と横浜の中間にありますから、横浜に縁が深い
そしてここから先は、まだ十分な事実確認をしていないので、私の推理になります
若いころの小川賢太郞さんは共産主義にハマっていたので、20歳代のほとんどを
港湾肉体労働者(沖仲仕)の組織化(オルグ)
に費やしています
いまでは想像することも難しいのですが、当時(1968年ころ)は、優秀な学生が全共闘運動に参加して革命を夢見るのは「当然」のことでした
1968年、小川賢太郞さんは20歳
日本が高度成長で、どんどん豊かになっていった時代
1969年にはアポロ11号が月面着陸、1970年には前回の大阪万博があったりして、お祭り気分もあった
でもまだ日本には、多くの貧困が残っていた
小川賢太郞さんは、共産主義に見切りをつけて実業家になってからも、社会における「貧困の解決」を自分の人生テーマにしていたようです
▲アポロ11号が月面着陸 1969年
▲前回の大阪万博 1970年
▲沖仲仕
「港湾」労働者の組織化(オルグ)ですから、主な活動場所が横浜だったであろうことは容易に想像できます
青春の情熱を注ぎ込んだ地である横浜
その近くに、「すき家」の第1号店を出し、今なお「すき家」の店内に横浜の絵を飾っている
小川賢太郞さんの横浜に対する思い入れが伝わって来ます
そうなると、
彼の20歳代の活動内容を知りたい!
となるのですが、この辺の情報が意外に無いんです
ズバリ「伝記 小川賢太郞」のような本があれば一番いいけど、先月4/7にお亡くなりになったばかりで、まだ出てないみたい
wikiに経歴の概略が書いてありますが、ほとんどは牛丼業界に飛び込んだ30歳代以降で、20歳代の活動にはほとんど触れてない
共産党活動と言っても戦後ですから、それほど非合法なことはしてないと思いますが、港湾肉体労働者(沖仲仕)を雇っている荷役会社からすれば、共産党オルグは「招かざる客」で、ドロドロの戦いもあったのかもしれない
という訳で、小川賢太郞さんの20歳代についての情報を、これからWebやYoutubeなどでコマメに探していこうと思っています
(^_^;)~♪
▲クリックすると拡大します▼
▼最終ページ(裏表紙)
最終ページ(裏表紙)を見たら、ゼンショー(すき家の牛丼)の広告が載っていて、先日4/6、77歳で亡くなられた小川賢太郞さん(新宿高校19回生)の名前があります
ゼンショー創業者、小川賢太郞さんは朝陽19回生で、我々27回生とは8年違いですが、この違いは決定的でした
全共闘運動が、彼の人生を決定的に変えた
東大の安田講堂「落城」のあと、彼は港湾労働者(沖仲仕)の組織化に取り組み、オルグとして自ら港湾労働の世界に飛び込みました
▲沖仲仕
私は最近(1年くらい前)、ホッファーという人(沖仲仕として働き続けた哲学者)の本を2冊ほど読みました
もしかすると小川賢太郞さんも、港湾労働の世界に飛び込む前に、ホッファーを読んでいたのかもしれない
しかし最近半世紀ほどのコンテナ物流革命によって、沖仲仕は世の中から消えた
小川賢太郞さんは、そこから一気に方向転換(共産主義→資本主義)して、超人的な躍進が始まります
世の中には、周囲から「超人」とか「天才」とか呼ばれる人がいます
そんな人に共通しているのは、彼ら彼女らの言う「普通」とか「当然」の内容が、まったく普通でも当然でもないということです
「こんなこと簡単なのに
なんでみんなしないんだろう?」
みたいなことを言うんだけど、そんなの普通の人には出来ないよ
牛丼「すき家」を創業した小川賢太郞さんは、彼の考える「普通」のことを、従業員(普通の人)にやらせるために、軍隊のような「鉄の規律」を導入
それを物語るのが、企業理念に加え、社員や店舗スタッフの動き方までこと細かく記した「ゼンショーグループ憲章」だ。
たとえば、カウンター席の客には、注文から原則10秒で牛丼を出す。
外食産業に詳しい経営コンサルタントによれば、これは「業界最速」だ。
「営業報告から掃除に至るまでやるべきことのタイムテーブルも秒刻み。時間管理の厳しさは本社の管理部門でも同様で、商談は30分以内、歩く時は1秒に2歩以上が求められる。外食産業の多くでマニュアル化が進んでいるが、ゼンショーは突出している」
マニュアルというのは「聖書」のようなもので、きちんと布教活動をしないと誰も読まなくなる
今までは教祖が先頭に立って社内に布教してきた訳だが、教祖亡き今、すき家はどうなっていくのだろうか?
ゼンショーの後継者は、次男の小川洋平さん
1979年生まれ、東大教養学部を卒業後、財務省に12年間(2004~2016年)
元財務官僚ならそれなりに優秀だろうけど、大きすぎる父親を越えられるかな?
小川賢太郞さんは、極度の「筋トレおたく」だったそうで、会社にはベンチプレスを置いてあって、社員にもすすめていた(一時は義務づけていた)
「日本人は欧米人に比べて体格が貧弱すぎる。ちゃんとベンチプレスやって体鍛えて牛丼を食ってれば、戦争に負けなかった!」
というのが口グセ
日本が戦争に負けたことがよほど悔しくて、会社の名前を「ゼンショー(全勝)」にしたのかもしれない
小川賢太郞さんのご冥福をお祈りします
* * * * * * *
週刊誌記事(週刊ポスト2014年4月25日号)によると
小川賢太郞 ゼンショー(すき家の牛丼)創業者
1948年生まれの団塊世代で、1968年に都立新宿高校から東大に入学
全共闘運動に身を投じるが、安田講堂の“落城”で敗北を味わう。
そのときの身の振り方が他の学生と決定的に違った。
多くの学生が教室に戻り、就職したのに対し、大学を中退
港湾労働者(沖仲仕)を組織化すべく、荷役会社へと 潜り込んだ。
そんな挫折と幻滅を味わい、逆に資本主義の優位性を痛感する。
今度は、「資本主義体制の下で世界の飢餓と貧困を撲滅する」という大目標を立て、急成長中だった牛丼の吉野家に入社した。
1978年のことだ。これが今に至る道の始まりだ。
小川氏が入社した2年後(1980年)、吉野家は経営危機が表面化した。
小川氏は孤軍奮闘して自主再建を目指したが、会社は会社更生法の適用を申請。
「米、牛肉、醤油というシンプルな組み合わせの牛丼は必ずハンバーガー並みにポピュラーになる」
と確信していた小川氏は3人の部下を引き連れて独立し、ゼンショーを設立した。1982年のことだ。
社名の「ゼンショー」は「全勝」という意味
そこには、敗北の連続だった小川氏の「これからは全戦全勝だ」との思いが込められている。
昨日5/7のトラゲー研(大井町トラックス&高輪ゲートウェイシティを研究する会)
大井町トラックスが思っていたより広くて疲れたので、高輪ゲートウェイシティは延期にして、大崎のサイゼリアで中学友人Uちゃんとノンビリ飲みました
ここの最大のウリは、上のような「山手線の車庫」を見下ろせること
朝夕の通勤時間帯に活躍する山手線
昼間や夜間は、ここで眠ったり整備を受けたりしています
(^_^;)~♪
* * * * * * *
10年前の動画なので、現在の「電子レンジみたいな顔の山手線」が導入され始めたころですね
これ(↓)は、最近の動画
もっといろいろ見たい人は、ここをクリック