初戦を制した藤井三冠、このまま連勝するのか?
将棋オタクさんたちの関心は、盤面だけでなく
お昼やおやつに何を食べたか?にも集まっています
(^_^;)
▲ライブビデオ▼
豊島将之竜王に藤井聡太三冠が挑戦する、第34期竜王戦七番勝負の第2局が、10月22・23日(金、土)に、京都府京都市「総本山仁和寺」で行われています。
初戦を制した藤井三冠、このまま連勝するのか?
将棋オタクさんたちの関心は、盤面だけでなく
お昼やおやつに何を食べたか?にも集まっています
(^_^;)
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豊島将之竜王に藤井聡太三冠が挑戦する、第34期竜王戦七番勝負の第2局が、10月22・23日(金、土)に、京都府京都市「総本山仁和寺」で行われています。
▲ライブカメラ
小笠原付近で海底火山の噴火が続いているので、地震に警戒していたのですが、近づいてきた感じがします
東京など大都市の直下型地震や、富士山噴火などにならないといいのですが
((((;゚д゚))))
10月20日午前11時43分頃、熊本県の阿蘇山で噴火が発生した。
気象庁は警戒レベル3に引き上げ、入山規制を発表している。
火砕流が火口から1キロ以上のところに達したとして、阿蘇山の噴火警戒レベルを、火口周辺への立ち入り規制が必要な「火口周辺規制」の2から、山への立ち入り規制が必要な「入山規制」の3に引き上げました。
気象庁は、火口からおおむね2キロ以内では、噴火に伴い大きな噴石が飛んできたり、火砕流が流れたりするおそれがあるとして、警戒を呼びかけています。
阿蘇山では今月13日、火山活動が高まっているとして、気象庁が噴火警戒レベルを、危険度が最も低い1から2に引き上げていました。
なんだか不気味で、ミステリアス!
こうゆう事件には、興味があります
常温で3年というのは、かなりすさまじい
人間の遺体と分からないほどだったと思う
((((;゚д゚))))
福岡県宗像市の民家で、ポリ袋に包まれた男性の遺体が見つかった事件。
福岡県警は9/10、この家に住む渋村美彦(58)を死体遺棄容疑で逮捕した。
DNA鑑定などから遺体は、渋村美彦の兄の渋村政憲さん(59)と判明。
「兄は約3年前に気が付いたら死んでいた。
そのまま放置した」
などと供述し、容疑を認めているという。
捜査関係者によると、渋村美彦は、宗像市自由ヶ丘8の自宅で、渋村政憲さんの遺体を遺棄した疑いが持たれている。
司法解剖の結果、死因は不詳で、外傷はなかった。
渋村美彦は、亡くなる前の渋村政憲さんの様子について
「体調が悪そうだった」
などと説明しているという。
事件は10/8午前、競売物件だったこの家に、立ち退きの強制執行で訪れた裁判所の執行官らが、室内で渋村政憲さんの遺体を発見して発覚した。
渋村美彦は9/3に家を出て逃走していましたが、9/10に宗像警察署に出頭。
「ネットニュースで遺体が発見
されたことを知り、出頭した」
と説明しているということです。
警察は渋村政憲さんの遺体に目立った外傷がなく、病死の可能性もあるとして詳しく調べています。
工藤会は極道界でも飛び抜けて凶暴で、ヤクザのくせにカタギに手を出して殺害しました
これは言語道断で、極道の風上にもおけない!
死刑は当然だと思います
工藤会の組織そのものも、壊滅まで追い込むべきでしょう
ただ、暴力団の有無に関係なく、世の中には凶暴な人間が、一定比率必ず発生します(統計的異常値)
暴力団には、その連中の受皿として、連中(チンピラ)に一定の規律を与え、極端な暴走を抑えてきた側面もあります
全ての暴力団を壊滅させると、半グレとか中国人ヤクザとか、もっと始末に負えない奴らが、世の中にハビコることになります
警察には、角を矯めて牛を殺すこと無きよう望みます
((((;゚д゚))))
福岡地裁は8/24の判決公判で、特定危険指定暴力団・工藤会トップ、野村悟に死刑を言い渡しました。
指定暴力団のトップに死刑が言い渡されるのは、全国で初めてです。
ナンバー2の田上不美夫には、無期懲役の判決が言い渡されました。
* * * * * * *
午後4時ごろ、足立勉裁判長(→)から死刑判決を言い渡されると、野村悟は
「公正な判断をお願いしたんだけど、
全部追認、追認。こんな裁判あるんか?
あんた、生涯、この事後悔するよ!」
と足立勉裁判長に向かって強い口調で脅迫した。
無期懲役を言い渡された工藤会ナンバー2の田上不美夫は
「ひどいな、あんた、足立さん!」
と述べた。
足立勉裁判長は冷静に2度、
「退廷してください」
とだけ求めた。
足立勉裁判長の勇気と公正さに、拍手を送りたいです
おそらく工藤会は、チンピラをヒットマンにして
足立勉裁判長の殺害を狙ってくるでしょう
警察は組織の名誉にかけて、足立勉裁判長を守っていただきたい!
万が一、足立勉裁判長のクビ獲られたら、警察幹部全員、切腹ものですよ
(^_^;)
野村悟(74、→)とはどんな男なのか。
「当時は痩せていて身長も低く、『ヤクザ』のトップ
になるような人間だとは思わなかった」
野村悟の幼なじみという70代の男はこう明かす。
野村悟は、裕福な農家に生まれ、6人きょうだいの末っ子。
1988年に母親から莫大な遺産を相続。
中学時代から素行が悪くなり、20代で暴力団の世界に入った。
「博徒」としても鳴らし、80年ごろからは小倉北区の繁華街の元すし店や自宅でサイコロの賭場を開帳。
野村悟は
「一晩に2億円以上の上がりがあった」
と話し、暴力団関係者や金融・不動産業者、近隣の市議や町議らも客だったと証言した。
1986年に工藤会の傘下組織の組長となって以来、豊富な資金力を背景に組織内の抗争をくぐり抜ける形で昇格していく。
母親からの遺産でのし上がる
鳩山由紀夫(←)に似てますね
(^_^;)
2000年に会長に就任し、工藤会の実質的トップとなり、組織内で人望を集めたとされる溝下秀男・前総裁が2008年に病死すると、誰も逆らえない権力者として振る舞うようになった。
そして2011年、総裁に。
周囲を自身の出身母体で固め、意に逆らうと一般人でさえ襲撃する「恐怖支配」が顕著になり、「みかじめ料」(用心棒代)の支払いを拒む飲食店や建設会社などが狙われる事件が相次いだ。
ある県警幹部は
「先代以上に『カリスマ化』を目指し、凶暴化したのではないか」
と指摘する。
私生活は結婚と離婚を繰り返した。
ワイン好きで自宅に業務用ワインセラーを備え付けていた。
夜は繁華街に繰り出すことが多く、ある古参組員は
「酒は強くないが、飲食店では女性従業員
への気配りもできるし、スマートだった」
と振り返る。一方で
「自宅で飲んでいるとすごい形相になり
『若いころにやられた奴のことを思い出した
あいつは絶対に許さん!』
と口にした」
と、執念深い一面をのぞかせることもあったという。
気のせいかもしれませんが
「経験したことがない大雨」
とやらが、しょっちゅう起きている!
そんな気がする今日このごろ
((((;゚д゚))))
一週間のなかに
四季があります
(^_^;)
北海道の上空には寒気が流れ込んだ影響で、北部を中心に冷え込みが強まりました。
稚内市の沼川では2.6度と、この時期としては128年ぶりの低い気温を記録しました。
稚内市民:「寒いですね。極端に寒くなったり暖かくなったり大変です」
稚内市沼川では12日午前5時前の気温が2.6度で、8月前半としては128年ぶりの強い冷え込みになりました。
朝から作業にあたる市民の口元からは、白い息が漏れていました。
また、5日前には33.7度の真夏日を記録した幌加内町朱鞠内でも午前5時前の気温が3.4度で、30度以上の気温差に市民も戸惑い気味でした。
「京都の金銀銅めぐり」
とかやればいいのにと思いますけど
残念ながら銅閣寺、通常は非公開
だそうです
(^_^;)
京都には金閣寺、銀閣寺のほかに銅閣寺(どうかくじ)があります。
銅閣寺の正式名称は、龍池山 大雲院(だいうんいん)。
1587(天正15)年に織田信長、信忠親子の菩提を弔うために、正親町(おおぎまち)天皇の勅命により建てられました。
1973(昭和48)年に、現在の祇園・東山界隈の位置に移転しました。
この場所は、もともと大倉喜八郎(→)の別荘でした。
大倉喜八郎は一代で巨万の富を築き、大成建設や鹿鳴館、帝国劇場、帝国ホテルの創始者でもある人物です。
大倉喜八郎氏は、
「金閣も銀閣もあるんだから、銅閣も作る!」
と京都の名物にすることを考えて銅閣を建てました。
銅閣寺のモチーフは「祇園祭の山鉾」(↓)です。
上の写真は、三内丸山遺跡のシンボル、巨大な物見やぐら?
右は、ギッチリ詰めれば数百人が集会を開けそうな巨大建築で、30×10メートルくらいあります
下のニュースにも書いてありますが、遺跡というものは基本的に、地下に埋まっているので、地上からは簡単には見えません
上のような建物は、柱の跡(穴)などから、現代の考古学者が推察して地上に再現した実物大の模型です
正しいのは、柱の位置と太さや深さくらいで、あとは考古学者の想像(空想)です
左の物見やぐらも、本当に4階建てだったのか、高さや形なども、真実は闇の中です
右の巨大建物(公民館?)も、屋根が茅葺きになっていたのか、こんな形だったのか、こんな大きな建物の中で何をしていたのか、正確なところは不明で、ほとんどは考古学者の想像です
でも巨大な遺跡(多くは県立や市立の遺跡公園と資料館になっている)を維持し、今後の発掘研究の費用を捻出するためには、歴史マニアのお客さんをいっぱい呼び込んで、入場料収入をいただく必要があります
そこで、なるべく話題性があってニュースネタになりそうな地上模型を作るのも、考古学者の腕の見せ所かもしれません
もちろん真っ赤なウソは、いけないんですけどね
とにかく世界遺産に登録されれば、またお客さんで、ドット混むことでしょう
* * * * * * * * * *
20年くらい前に、遺跡(石器)をねつ造する事件がありました
余りにも見事に石器を発掘(発見)するので「神の手」と呼ばれていた考古学者が、実は事前に自分で石器を埋めて、それを後から掘り出して「発見」したと主張していたことが発覚した事件です
当時は大騒ぎになりました
これは縄文時代より前の旧石器時代(260~1万年前)のことなのですが、考古学者だって人の子ですから、「大発見をして脚光を浴びたい」という欲求はあって当然です
「神の手」(藤村新一、→)が発見した石器は、後から調べたらいろいろ矛盾だらけだったのですが、考古学会の主流は、その矛盾を追求せずに、彼の「発見」を鵜呑みにしていました
このねつ造(犯罪)をあばいたのが、考古学者ではなく新聞記者だったので、考古学会に対する世間の信用は地に堕ち、日本の旧石器時代の歴史は、全面的に書き換えを迫られました
一部の考古学者の間で「あるウワサ」が広がっているのを聞きつけた新聞記者が、夜中に遺跡の近くで張っていたら「神の手」がやってきて、石器を埋めていたのです
もちろんカメラマンも一緒でしたから、バッチリ証拠写真を撮って公表しました
私は、ある考古学者が書いた旧石器時代の本を、事件の前と後に出た2冊もっていますが、まったく書いてあることが変わっています
(^_^;)
ユネスコは7/27、「北海道・北東北の縄文遺跡群」の世界文化遺産への登録を決めた。
ユネスコの諮問機関は5月、
「先史時代の農耕を伴わない定住社会と複雑な精神文化、
定住社会の発展段階や環境変化への適応を示している」
と報告した。
「縄文都市」の異名を持つ巨大集落、三内丸山遺跡(青森市)では、道路や大型建物を計画的に作ったことが分かるほか、石を環状に並べた大湯環状列石(秋田県)は葬送や祭祀(さいし)の文化をうかがわせる。
御所野遺跡(岩手県)では、焼けた木の実が見つかり、祭りに火が使われていた可能性が判明した。
地元自治体は観光への効果に期待するが、遺跡自体は定住跡などで地中にあるものも多い。
観光資源とするためには、わかりやすく価値を伝える工夫が必要になる。
ネットで見つけた写真です
場所は関西の某西成区だそうです
このくらいの価格で、十分に利益が出ます
中身の原価なんて、せいぜい2~3円
パッケージが5~10円くらいかな
一番カネかかるのが、ボトルを販売機に補充する人件費
あと場所によっては、地主に払う利益分配金
空気や水を売る商売は、儲かります
(^_^;)
▼某西成区の路上住宅街
出稼ぎ者が東京で行き倒れ、身元不明人として勝手に医大の解剖実験材料にされた事件の裁判闘争記録『ある告発-出稼ぎ裁判の記録』(佐藤不器ほか、日刊東北社、1972年刊)の映画化
実際の事件は、昭和41年に青森県十和田湖近くの寒村から出稼ぎに出た64歳の川村由松が、東京品川の大井町駅で亡くなった
その身元を証明する所持品があったにも関わらず、大井町警察署と港区役所のズサンな扱いで身元不明人とされ、8か月後には慈恵医大の冷蔵庫に移され、解剖実習の材料にされていた
遺族である妻が激しく憤り、地元で地方新聞『日刊東北』を出していた佐藤不器(原作本の著者)の支援で、青森県と東京都を相手に訴訟を起こした過程を映画にした
昭和41年の事件だから、すでにテレビもクルマもあるのだが、高度成長前期の日本の貧困が、実に暗くリアルに描かれている
その絶望感を音羽信子が名演している
後半は一転して、法廷が舞台の裁判ドラマ
原作本の著者が新聞記者のせいか、新聞記者や弁護士が「人権を守る良い人」、警察や役所が「権力をカサに着て人権無視する悪い連中」というように、ことさらに単純対比しているような印象も受ける
安保闘争が激しかったころの時代精神を感じる
(^_^;)