今回も「あの横丁」は
変わらないみたいですね
(^_^;)
今回も「あの横丁」は
変わらないみたいですね
(^_^;)
先日の紅葉旅2021で
見てきたばかりです
(^_^;)
「うどん県」を称するほど独特の麺類文化を築き上げてきた香川県で、最大の鉄道駅であるJR高松駅構内の「連絡船うどん」が、2021年11月末をもって営業を終了します。
最終日には駅長による花束贈呈などの、ささやかなセレモニーが行われる予定です。
今回の閉店は、2023年度に完成が予定されている駅ビル建設のための立ち退き。
同店横にあったスーパーマーケットも2019年に閉店。
跡地に作られたパーク&ライド駐車場も「連絡船うどん」とともに閉鎖が告知されています。
連絡船うどんは、中国ころな生物兵器の影響で数か月休業し、10月に営業を再開したばかり。
その矢先の閉店発表とあって、ひさびさに来店してうどんを味わいつつ、同時に別れを惜しむ人々が多くみられました。
伊達政宗の、非常に有名な漢詩(↓)です
シンプルですが、実に味わい深いなぁと思います
東京都心の日比谷公園のあたりが、伊達藩の江戸上屋敷で
晩年の政宗は、ここで江戸幕府相手の外交関係の安泰維持に心を砕きつつ
私生活では、趣味の世界に生きて、平和な時代の余生を大いに楽しみました
「伊達」がオシャレの代名詞になるくらい、芸術的センスにも富んでいました
江戸時代初期には、戦国の夢と野心が捨てられず
幕府と諍いを起こして改易(お家とりつぶし)になった大名も多かったのですが
政宗はサッと頭を切り替えて、太平の世に順応したようです
(^_^;)
馬上少年過ぐ
世平らかにして白髪多し
残躯天の赦す所
楽しまずして是を如何にせん
戦場に馬を馳せた青春の日々は遠く過ぎ去った。
今や天下は泰平。俺の髪の毛はすっかり白くなった。
生き残ったこの身の処し方くらい
どうしようと天は許してくれる。
楽しまないでどうするというのだ。

▲江戸の大名屋敷のイメージ 江戸東京博物館
これは50万石だった越前福井藩の上屋敷がモデル
伊達藩は62万石だったので、これより大規模か

▲放火されて炎上する金閣寺
ネット界では「炎上」が日常茶飯事ですが
戦後すぐの世間を騒がせたのが金閣寺炎上事件
三島由紀夫や水上勉など、文学ネタにもなりました
いま我々が金ピカの金閣寺(再建)を見れるのは
この事件があったからかもしれません
(^_^;)
江上泰山(えがみ・たいざん、→)氏が11/19、誤嚥(ごえん)性肺炎のため死去した。
85歳。
金閣寺元執事長で、臨済宗相国寺派宗務総長を務めた。
1949年に中学2年で金閣寺(鹿苑寺)に入る。
翌年、兄弟子の放火で炎上した金閣(舎利殿)を目撃した。
葬儀は11/24午前10時、京都市北区等持院北町61真如寺。
喪主は長男で真如寺住職の正道(しょうどう)氏。
洛北大原の三千院に来ています
中学校の修学旅行以来です(ウン十年ぶり)
紅葉もさることながら、庭がスゴい!
この空間感覚は、写真や動画では伝わらない
この場に身を置くしか味わえない
作庭を芸術にまで高めた先人に感動します
これに比べたら、西洋庭園なんて・・・
(^_^)
今日も良い天気で、東山をプラプラ散策です
清水寺、高台寺、八坂神社、知恩院など、すでに何度も歩いた道ですが、やはり紅葉シーズンは別格
(^_^)
「号外なんて大げさな!」なんて言うなかれ
出身地の阿波徳島では「郷土の偉人」です
ご自身も「寂聴連」をつくって踊ってました
「好きなことをやり尽くした人生!」のように見えて
はたから見てると、まことにうらやましい大往生
本当の心の中は、本人以外には分かりませんけど
(^_^;)

▲阿波踊りに参加した寂聴連
▲寂聴さんの出家得度には、作家の今東光氏が深く関わっている
私が17~18歳の青春時代には、街のいい男はみんな戦争に取られて、年頃の女を相手する男はいなかったんですよ。
それを「トラック1杯の女に男が1人」というふうに言ってね。
女が留守を守っていたんだから、男を頼りにする未来なんていうのを考えもしませんでしたね。
男がいないんだから、男の留守にお嫁さんが舅と仲良くなったり、いまで言う女性の不倫みたいなことも、たくさんあったんですよ。
それをみんながけしからんなんて責め立てたけど、いま考えたら、無理もないことですよね。
彼らのせいではなく、戦争している国家が悪いのよね。
1957年に『花芯』を発表した時は、「子宮作家」と呼ばれて、随分叩かれましたけどね。
平気でしたよ。問題にしなかった。
ひどいことをいろいろ言われたり、されたり、そんなのをいちいち相手にしてたら、書くことなんてできませんから。
いまとなっては、もう昔々のことでね。
よくまぁ、がんばってきたなと思いますけど。
ここ最近になって作品が受け入れられるようになったというのは、私の考え方が世の中より少し進んでいたのよね。
周りがついてこられなかったんですよ。
かつては男女間のタブーがあっても、それに目をつぶって綺麗ごとを書くのがよしとされていたでしょう?
当時は、社会を変えたいとか、そんな大層なことは考えていなかった。
私はただ、ありのまま、本当のことを書いただけだったのね。
道に外れたことをする男や女は、やっつけられるんです。

▲高輪築堤(たかなわちくてい)
石に白い札のようなものが貼ってあるのは
正確に移築するために、石に番号をふっているのか
鉄道は軍事物資の輸送に重要な役割を果たすのに
明治の初めには、軍が鉄道建設の邪魔をしていた!
なんだか牧歌的な時代精神を感じます
(^_^;)
1872(明治5)年の鉄道創建時に東京湾の浅瀬に築かれ、現在のJR高輪ゲートウェイ駅(東京都港区)西側で見つかった「高輪築堤」が、来春にも佐賀市の佐賀城公園で部分的に復元される。
築堤建設を決めた旧佐賀藩出身の大隈重信(→)の没後100年の記念事業として、佐賀県が乗り出した。
築堤の石約400個を東京から西に900キロ離れた大隈ゆかりの佐賀市に運び、鉄道開業150周年も併せて祝う。
高輪築堤は、新橋~横浜間の鉄道開業に合わせて、現・田町駅付近から品川駅付近まで約2700mにわたり建設された。
佐賀城本丸歴史館(佐賀市)などによると、当時の兵部省(後の陸軍省と海軍省)の反対で付近の陸地に鉄道線路を通すことが出来ず、鉄道建設の責任者だった大隈重信らの判断で、海上建設に踏み切ったという。
当時は品川駅も海岸にあり、海岸から築堤を見て
「海の上を走る陸蒸気」
として観光名所にもなった。
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▲東京八ツ山下海岸蒸気車鉄道之図 明治4年(1871)頃
実は明治4年、まだ鉄道は出来ておらず
これらの絵は、海外の資料をもとに想像で描いたらしい
そのせいか、変な形をしている (^_^;)

▲現在の田町付近を新橋方面へ走る貨物列車
1906(明治39)年頃、、左下は海
その後築堤は、付近の埋め立てで姿を消したが、JR東日本による品川駅周辺の大規模再開発に伴い、約800mが最近出土した。
このうち、国史跡に指定された120m分は保存されるものの、ほかは記録後に解体される。
そこで
「築堤の石垣から外された石の有効活用を」
と佐賀県が移築に名乗りを上げた。

幸福度は主観(感想)ですが、生活水準は客観(事実)です
健康と衣食住と人間関係(特に家族)がまあまあの水準なら、幸福になれる必要条件は満たされています
それを幸福と感じるか、不幸と感じるかは、本人の感受性(気持ちの持ちよう)の問題です
ですから、世の中の生活水準(富裕度)は非常に個人差が大きくて不公平ですが、幸福度は意外と公平なのではないかと思います
不幸なお金持ち、貧しいけれど幸福な人、たぶんいくらでもいると思います
不幸になりたければ、豊かな他人と比べるのがよいと、ブータンの事例が明らかにしています
幸福になりたければ、この逆をすればいい訳で、現在の自分よりも劣った生活条件の人を見て、現在の自分の恵まれている点を再確認(実感)するのも一つの方法です
社会全体の幸福度を上げるには、生活水準を少しずつアップさせるのが良さそうです
幸福度には、生活水準グラフの高さより傾きが重要です
高度成長期(1955~1972年)の日本人は、現在の日本人より貧しかったけど、たぶん今より幸福でした
空から爆弾が降ってこない、強制的に戦場に送られたりしない、とりあえず今日の食べ物がある、それだけで幸せな気分になれる感受性の持ち主が、いっぱいいました
さらに、昨日より今日、今日より明日が良くなるという、強い確信がありました
豊かで成熟した先進国より、貧しい発展途上国の方が、たいてい幸福度が高いのは、この辺に理由がありそうです
(^_^;)
ブータンは発展途上国ながら、2013年には北欧諸国に続いて幸福度が世界8位となり、「世界一幸せな国」として広く知られるようになった。
ブータンでは、国民が皆一様に
「雨風をしのげる家があり、
食べるものがあり、
家族がいるから幸せだ」
と答える姿が報じられたのを覚えている人もいるだろう。
しかし、ブータンは2019年度に幸福度が156か国中95位にとどまって以来、幸福度ランキングには登場していない。

「かつてブータンの幸福度が高かったのは、
情報鎖国によって他国の情報が入ってこなかったからでしょう。
情報が流入し、他国と比較できるようになったことで、
隣の芝生が青く見えるようになり、
順位が大きく下がったのです」
それまで幸せを感じていたのに、人と比べ始めたとたんに、幸福度が下がった訳だ。
登場人物は4人だけ
舞台セットはボロ小屋ひとつ
非常に製作費が安そうな映画だが
奇妙な謎に引き込まれる
(^_^;)

米国の人里離れた森の中で、夫とドライブ中にガス欠になり、ガソリンを買いに行った夫を待つサマンサ。
同じように車のトラブルで立ち往生している男性のトムに遭遇し、無人の小屋で一緒に夫を待つことにした。
そこにもう一人、ジョディと名乗る不良っぽい女が現れる。
寒さと飢えに震えながら、3人は奇妙なことに気づく。
何度森に出ても、キャビンに戻ってきてしまう。
さらには、3人それぞれが認識している現在地や時代が全く違う。