ロビン・ファーマンファーミアン⇒
起業家、エンジェル投資家、講演者。いくつかの初期ステージの医療系スタートアップに関わるほか、非営利組織Organ Preservation Allianceのボードメンバーなどを歴任。
シリコンバレー在住の起業家ロビン・ファーマンファーミアンは、自らがクローン病という難病を抱えながら「医療テクノロジーの進化は、患者を力づける」と提唱し、一昨年、著書『The Patient as CEO』(患者こそが最高経営責任者)を米国にて上梓し、話題となった。
発明家で未来学者、レイ・カーツワイルは、同著推薦の辞として「医療、製薬の分野は、情報テクノロジーの領域となりつつあり、故に、かつてない早さで進化している。医師たちの多くは、現在臨床の最先端にある新しい治療法のすべてを知らない。その結果、患者自身がその進化を知り、追跡し、自らの健康に責任を持つことは今後ますます重要になる」と寄せている。
現代の医療イノベーションの恩恵を受けるために、患者は何を知り、どう行動すれば良いのか。
彼女自身の「プロの患者」としての経験とともに、話を聞いた。
最先端テクノロジーが 医療を変え
世の中と人生を変えてくれそうです
平等主義的な日本の医療制度 維持できるかな? (^_^;)
「テクノロジーの集合」が今、医療界で起こっています。
嵐のような劇的な技術の進化は、「患者」の時代の到来を意味しています。
「患者」中心のケアというだけでなく、「患者」自身が采配する医療の時代です。
私は、シリアルアントレプレナーとして10以上の初期ステージの医療、バイオ系のスタートアップに関わってきました。
また、シンギュラリティ大学で戦略関係のバイスプレジデントを務め、急速に進化、統合するテクノロジーの中で競争力を保つための講義を行ってきました。
2015年に上梓した著書で私が言いたかったことは、「テクノロジーは希望だ」ということです。
どんな病気も治せる日が来る、患者はそれを信じて待つべきです。
慢性病を治療しながら暮らしている人も、たとえ完治しなくても、患者としての生活は技術革新でだんだん楽になる。それを知ってほしい。
イノベーションの恩恵を積極的に取り入れて、患者としての生活を豊かにしてほしいと思っています。
■10代で43回の入退院、6回の手術
私自身、クローン病(編集部注・全消化管に炎症性の潰瘍などが起こる難病)を抱えています。
16歳の時に自己免疫性疾患と誤診されて、43回入退院を繰り返し、6回も手術を受け、1つならず臓器を摘出されました。
10代ながらも、セカンド・オピニオンどころか、10人近くの医師を訪れ、意見を聞きました。
しかし、誰も「ロビン、手術は少し待とう。君は若いし、新しい治療技術が出てくるかもしれない」とは言ってくれませんでした。
「テクノロジーは希望だよ」とも言ってくれませんでした。
しかし実際、その当時腹腔鏡手術の技術は既に発明されていました。新しすぎて、まだ広まっていませんでしたが。
もし私があと数年手術を待っていたら、腹腔鏡の技術で5回の手術が1回に減っていたかもしれないし、切開がインチ単位ではなく、ミリ単位で済んでいたかもしれません。
リスク、回復、私の人生にとっても大きな違いです。
手術を繰り返しても治らず、激しい痛みに悩まされ、26歳の時に強力な鎮痛剤を一生服用し続けなければならないと宣告されました。
そこで私は、ついに「キレた」のです。
「体重38kgの私が毎日80mgのオピオイド? それも一生? 冗談じゃない!」と。
そこで、それまでのメディカルチーム全員を「クビ」にしました。
「これからは私が、CEOになる!」と固く決心をして。
だから私も患者、「プロフェッショナルな患者」です。
チームをクビにしてからはまず、徹底的に勉強しました。
それから医師も病院も保険会社も慎重に選んで、新しいメディカルチームをつくり、そのチームと相談して2週間すべての治療と服薬をやめました。
その後で抗TNFレミケードの点滴を受けたら、嘘のように痛みが消えました。あの日のことは忘れません。
■ウェアラブルの第2次開発ブーム
現在の医療は「テクノロジーの集合」の時代に入っています。
ワイヤレス、ブロードバンドといったインフラストラクチャー、センサー、カメラ、3Dプリンターといったハードウェア、ビッグデータ、MRxのようなソフトウェア、ゲノミクス、プロテオーム、診断学といったメディカル・サイエンス、それらが相互に関連し、急速に変化しています。
なかでも、患者の生活に関わるところでは、センサーテクノロジー、ウェアラブル端末の進化には目覚ましいものがあります。
かつては病院の中だけでしか使えなかった大掛かりなセンサーが、腕時計や携帯電話に入ってしまう時代になりました。
しかもワイヤレスで記録はクラウド上に保存できます。
病院に行かなくてもデータが取れてリアルタイムで医師と共有できるとなれば、患者の行動の自由が格段に広がりますよね?
一般に出回っている商品にはまだ精度が低いものもありますが、現在、米国はウェアラブルの第2次開発ブームで、コンシューマー・グッズではなく、医療機器としての小型センサー・モニターが次々とFDA(食品医薬品局)に承認申請を出していますから、臨床レベルのデータが取れるデバイスが出回るのも時間の問題だと思います。
例えば、iHealthというシリコンバレーのスタートアップは、血糖値や血圧、脈拍、水分量などをモニターして自分だけでなく家族や医師と共有できるクラウドベースのヘルスケアサービス展開しています。
個別のデータだけでなく、すべてのデータをまとめて毎日トラッキングできることで、患者は今までよりも多くのことが学べるようになります。患者を病院から遠ざける一役を担ってくれるかもしれません。
オンタリオ(カナダ)のMedella Healthをはじめ、世界の多くのスタートアップが涙液中の血糖値を測るコンタクトレンズ・センサーの開発に取り組んでいます。
グーグルから独立したVerilyもノバルティスとパートナーシップを組んで同様の製品を開発しています。
個人的には、手首に何かをつけるのが苦手なので、早く実用化されてほしい! と待っているのが、皮下に埋め込むタイプのバイタル・センサーです。
2〜3週間継続して使えるものならありますが、一度入れたら半永久的に入れ替えなしに機能するデバイスが欲しい。
忙しくてバッテリーを充電するのを忘れがちなので、充電しなくてよいもの。
そうすればモニターしていることすら忘れて毎日快適に過ごせます。
自動チャージ技術の開発が進んでいるから、近い将来には実現すると思って待っています。
私自身、iHydorateというアプリで日常的に水分摂取量をモニターしています。
大腸を切除したせいで水分の自然な再摂取ができないので、必要な摂取目標値をクリアするよう管理していないと、脱水のために生命に関わりかねません。
クローン病は難病ですが、日頃は生活スタイルを一定に保っているので、水分摂取量以外は特にモニタリングしていません。
しかし、新しい薬を服用するなど、別の治療を始めるような場合には、臨床レベルのデータが採取できる高精度センサーでモニターします。
EKG(心電)をモニターできるシャツを着るなどでしょうか。それにしても、こういった高性能機器も手軽に買えるようになって嬉しいです。
■AIと医療現場
医療現場での最先端は、何と言っても、画像解析・画像診断です。
米国では、MergeHealthcare(IBMが買収)やNature Article、眼の画像解析や皮膚がんの画像診断の技術でよく知られているDeepMind Health(グーグルが買収)などが先行例です。
何によらずパターン解析はAIが圧倒的に優れていますから、まだまだポテンシャルがあります。
IBMのワトソンが医学部の教科書や学術論文を徹底的に学んでいることはよく知られていますが、この学習でワトソンは時にドクターが見過ごしがちな希少難病の患者の診断が得意になりました。
画像診断のほか、抗がん剤治療の適否の判断など、個別化医療の進展へのAIの貢献も大きいです。
個別化医療のデザインには遺伝子情報なども含めた患者の膨大なデータをAIで解析することが前提になりますから。
さらに、こういう医療の中枢部だけでなく、もっと身近にAIと接する機会も増えていきます。
Sense.lyの遠隔医療サービスに登場するアバター看護師「Molly」がその代表格ですが、患者とのコミュニケーションのインターフェースになるバーチャル・ナースやロボットにはすべてAIが実装されています。
米国では、音声コミュニケーションはすでにトレンドになっています。
音声情報データの蓄積とAI技術の進化で音声認識技術も急速に進んでいます。
患者は今後ますます自分にカスタマイズされたバーチャル・ナースやロボットと滑らかな会話を交わしながら毎日の疾病管理をしていくことになるでしょう。
■ロボット、ドローンの医療への応用
ロボット技術も幅広くて、単純に語れません。
手術ロボットは目に見えてわかりやすいですし、最近ではいわゆるウェアラブル・ロボットも一般化してきました。
たとえばEksoは脳梗塞の後遺症などで下肢に麻痺のある患者のためのセンサー付きの外衣(exoskeleton)です。
歩行トレーニングのリハビリ支援に使われています。
このようなロボット技術は米国国防総省の研究機関DARPAが最先端。ここの基礎技術の多くが医療用に転用されて優れた製品になっています。
義手・義足の技術も進んでいます。The DEKAArm Systemは、事故などで腕を切断された人につける義手を開発しています。
脳神経科学とロボット技術の融合で実現したアートと言ってもいいレベルの技術。本当に考えた通りに動きます。
郵便物を開封して封筒から便箋を出したり、生卵を指先でつまんでケースからケースに移し替えたり、YouTubeで映像を見られますが、見るたびにびっくりします。
やがて3Dプリンターで失った腕を再現・再構築してDEKAの技術と接続できるようになれば、腕の再現が可能になるかもしれません。
体内ロボットの例でいうと、わかりやすいのは飲み込むタイプです。
PillCam COLONはカプセルに入れて飲み込む、大腸の内視鏡検査をするカメラ・ロボット。
カプセルはビタミン剤のサイズ。中に入っているカメラ・ロボットが腸内を通過しながら写真を撮ってリアルタイムで外部に送信し、カメラは消化管を通過して体外に排出。
もちろん使い捨てで回収の必要はありません。内視鏡検査に比べれば患者は圧倒的に楽ですね。
消化管だけでなく、血管内で働くロボットも開発中です。血栓を掃除したり、傷んだ血管を修理したり。
でも、バッテリーの充電方法など、まだ解決しなければならない問題が残されているので実用化にはしばらく時間がかかりそうです。
また、ドローンの医療分野への応用も有望です。実用化間近なのが緊急心停止の人を救うためのAEDを搭載したドローン。
災害時や、救急車やヘリコプターのアクセスしにくい場所での救急対応に使えるかを試す実験がすでに始まっています。
関連して、ドローンに搭載するための素人向け除細動器、つまりAEDの使用方法の訓練を受けたことがない人にも使える除細動器を開発しているスタートアップもあります。
AEDは訓練を受けていないと使うのが難しいですから、ドローンがどこにでも飛んでいけると考えれば、素人向けの除細動器も確かに必要。
ベンチャーは次々とニッチを考えますね。
■リハビリや痛みの緩和のためのVR
米国では、鎮痛剤で薬物依存症になるケースがたくさんあります。
しかも依存のきっかけは手術や入院。術後の痛み対策に処方される強い鎮痛剤、特にオピオイドが問題になっています。
ある意味で医原病ですね。私も体調が悪いと痛みます。
痛みにも技術で対応して、薬物依存のリスクを回避しようという動きがあります。使われているのはVRの技術です。
たとえば南カリフォルニアのシーダーズ・サイナイ病院では、術後の患者さんにVRグラスを渡して、旅行で行ってみたい場所の映像や、可愛いキャラクターが出てくるアニメーションなど好きなものを見せて気を紛らわせ、痛みを忘れてもらえるかというクリニカル・トライアルをしています。
スタンフォード大学病院でも同じような試みを始めていて、私自身も試用しました。
そんなに期待していなかったのに効果絶大で、驚きました。
雪原でペンギンを捕まえるというゲームでしたが、面白くて夢中になってしまい、実験が終了した時には一瞬自分がどこにいるかわからなかったほど。
我に返ったら殺風景な小部屋にいるのが信じられませんでした。
VRは脳梗塞の予後のリハビリでは広く使われていますし、メニエール病(編集部注・激しいめまいと難聴・耳鳴り・耳閉感の4症状が同時に重なる症状を繰り返す内耳の疾患)の患者さんにも使われています。
また、教育ゲームとしても使われています。
「Re-Mission」と呼ばれるゲームは、既に市場に出て数年になりますが、プレイヤーが体内でがん細胞を退治するゲームです。
若年がん患者向けに病気への理解を深め、闘病に積極的な姿勢を導くことで、治療にも役立っているという研究結果もあります。
■過剰な情報にどう対応する?
近い将来、自分自身の健康に関して、広大な情報を収集することができるようになります。
それを使って、どうしますか? 過剰な情報に埋もれてしまう心配はないでしょうか。
追跡した健康情報を一元管理してくれる情報プラットフォームは今注目され、マーケットシェアを拡大しつつあります。
現在、多くの巨大テックプレイヤーがしのぎを削っていますが、一つの例は、クアルコム・ライフの「2netプラットフォーム」です。
メディカル・デバイスやセンサーの情報を取得、送信、集計してくれるクラウドベースのシステムです。
同プラットフォームは、クアルコムライフのケア・コーディネーションのプラットフォームと同期しており、心臓発作や、急な血圧の上昇などの急変事態も、介護人にアラートで知らせる仕組みもあります。
私自身も、専用のポータル・サイトにあらゆるデータを記録・保存して、医師はじめ医療チームと共有しています。
クラウドのおかげで安く、手軽にデータの保存・管理ができるようになりましたね。
米国では、病院や保険会社が患者や加入者にマイページを提供。ほとんどの患者が使っていると思います。
医師とのコミュニケーションも、診療や検査のアポイントメントをとるのもポータル経由。
患者には実に便利な時代になりました。
私は数週間ごとの定期検診も、3カ月ごとの血液検査も訪問看護師さんに自宅にきていただいています。
検査結果はリアルタイムで医療チームと共有でき、何か問題があればすぐ医師に遠隔診療してもらえます。
レミケードの点滴も自宅の居間で受けます。
病院より居間の方が快適、病院への往復時間も不要、なにより細菌感染のリスクが回避できて安心。
こういう条件は、すべて自分で医師・医療機関・保険会社と交渉して実現しました。いずれも技術進歩の恩恵です。
私だけが特例なのではありません。患者の希望が実現できる時代になったのです。
私は起業家としてヒト細胞のp53プロテインを修復してがんを治療する新薬を開発しています。
BenevolentAIのAI技術で開発手法を最適化しながら進めていますが、AIプラットフォームが利用できるようになって創薬の研究開発の効率は格段に向上。開発が加速しています。
患者のために役立つ新しい技術がたくさん開発されています。
最先端技術とそのベネフィットを、世界中のすべての患者の方にわかりやすく伝えたい。それが私のミッションです。
そのために本を書き、講演もしています。
でもまだ日本には行ったことがないので、ぜひ行ってみたいと思っています。
(Forbes 2017/10/01 )