今回も「あの横丁」は
変わらないみたいですね
(^_^;)
今回も「あの横丁」は
変わらないみたいですね
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先日の紅葉旅2021で
見てきたばかりです
(^_^;)
「うどん県」を称するほど独特の麺類文化を築き上げてきた香川県で、最大の鉄道駅であるJR高松駅構内の「連絡船うどん」が、2021年11月末をもって営業を終了します。
最終日には駅長による花束贈呈などの、ささやかなセレモニーが行われる予定です。
今回の閉店は、2023年度に完成が予定されている駅ビル建設のための立ち退き。
同店横にあったスーパーマーケットも2019年に閉店。
跡地に作られたパーク&ライド駐車場も「連絡船うどん」とともに閉鎖が告知されています。
連絡船うどんは、中国ころな生物兵器の影響で数か月休業し、10月に営業を再開したばかり。
その矢先の閉店発表とあって、ひさびさに来店してうどんを味わいつつ、同時に別れを惜しむ人々が多くみられました。
▲放火されて炎上する金閣寺
ネット界では「炎上」が日常茶飯事ですが
戦後すぐの世間を騒がせたのが金閣寺炎上事件
三島由紀夫や水上勉など、文学ネタにもなりました
いま我々が金ピカの金閣寺(再建)を見れるのは
この事件があったからかもしれません
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江上泰山(えがみ・たいざん、→)氏が11/19、誤嚥(ごえん)性肺炎のため死去した。
85歳。
金閣寺元執事長で、臨済宗相国寺派宗務総長を務めた。
1949年に中学2年で金閣寺(鹿苑寺)に入る。
翌年、兄弟子の放火で炎上した金閣(舎利殿)を目撃した。
葬儀は11/24午前10時、京都市北区等持院北町61真如寺。
喪主は長男で真如寺住職の正道(しょうどう)氏。
「号外なんて大げさな!」なんて言うなかれ
出身地の阿波徳島では「郷土の偉人」です
ご自身も「寂聴連」をつくって踊ってました
「好きなことをやり尽くした人生!」のように見えて
はたから見てると、まことにうらやましい大往生
本当の心の中は、本人以外には分かりませんけど
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▲阿波踊りに参加した寂聴連
▲寂聴さんの出家得度には、作家の今東光氏が深く関わっている
私が17~18歳の青春時代には、街のいい男はみんな戦争に取られて、年頃の女を相手する男はいなかったんですよ。
それを「トラック1杯の女に男が1人」というふうに言ってね。
女が留守を守っていたんだから、男を頼りにする未来なんていうのを考えもしませんでしたね。
男がいないんだから、男の留守にお嫁さんが舅と仲良くなったり、いまで言う女性の不倫みたいなことも、たくさんあったんですよ。
それをみんながけしからんなんて責め立てたけど、いま考えたら、無理もないことですよね。
彼らのせいではなく、戦争している国家が悪いのよね。
1957年に『花芯』を発表した時は、「子宮作家」と呼ばれて、随分叩かれましたけどね。
平気でしたよ。問題にしなかった。
ひどいことをいろいろ言われたり、されたり、そんなのをいちいち相手にしてたら、書くことなんてできませんから。
いまとなっては、もう昔々のことでね。
よくまぁ、がんばってきたなと思いますけど。
ここ最近になって作品が受け入れられるようになったというのは、私の考え方が世の中より少し進んでいたのよね。
周りがついてこられなかったんですよ。
かつては男女間のタブーがあっても、それに目をつぶって綺麗ごとを書くのがよしとされていたでしょう?
当時は、社会を変えたいとか、そんな大層なことは考えていなかった。
私はただ、ありのまま、本当のことを書いただけだったのね。
道に外れたことをする男や女は、やっつけられるんです。
▲高輪築堤(たかなわちくてい)
石に白い札のようなものが貼ってあるのは
正確に移築するために、石に番号をふっているのか
鉄道は軍事物資の輸送に重要な役割を果たすのに
明治の初めには、軍が鉄道建設の邪魔をしていた!
なんだか牧歌的な時代精神を感じます
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1872(明治5)年の鉄道創建時に東京湾の浅瀬に築かれ、現在のJR高輪ゲートウェイ駅(東京都港区)西側で見つかった「高輪築堤」が、来春にも佐賀市の佐賀城公園で部分的に復元される。
築堤建設を決めた旧佐賀藩出身の大隈重信(→)の没後100年の記念事業として、佐賀県が乗り出した。
築堤の石約400個を東京から西に900キロ離れた大隈ゆかりの佐賀市に運び、鉄道開業150周年も併せて祝う。
高輪築堤は、新橋~横浜間の鉄道開業に合わせて、現・田町駅付近から品川駅付近まで約2700mにわたり建設された。
佐賀城本丸歴史館(佐賀市)などによると、当時の兵部省(後の陸軍省と海軍省)の反対で付近の陸地に鉄道線路を通すことが出来ず、鉄道建設の責任者だった大隈重信らの判断で、海上建設に踏み切ったという。
当時は品川駅も海岸にあり、海岸から築堤を見て
「海の上を走る陸蒸気」
として観光名所にもなった。
▲東京八ツ山下海岸蒸気車鉄道之図 明治4年(1871)頃
実は明治4年、まだ鉄道は出来ておらず
これらの絵は、海外の資料をもとに想像で描いたらしい
そのせいか、変な形をしている (^_^;)
▲現在の田町付近を新橋方面へ走る貨物列車
1906(明治39)年頃、、左下は海
その後築堤は、付近の埋め立てで姿を消したが、JR東日本による品川駅周辺の大規模再開発に伴い、約800mが最近出土した。
このうち、国史跡に指定された120m分は保存されるものの、ほかは記録後に解体される。
そこで
「築堤の石垣から外された石の有効活用を」
と佐賀県が移築に名乗りを上げた。
幸福度は主観(感想)ですが、生活水準は客観(事実)です
健康と衣食住と人間関係(特に家族)がまあまあの水準なら、幸福になれる必要条件は満たされています
それを幸福と感じるか、不幸と感じるかは、本人の感受性(気持ちの持ちよう)の問題です
ですから、世の中の生活水準(富裕度)は非常に個人差が大きくて不公平ですが、幸福度は意外と公平なのではないかと思います
不幸なお金持ち、貧しいけれど幸福な人、たぶんいくらでもいると思います
不幸になりたければ、豊かな他人と比べるのがよいと、ブータンの事例が明らかにしています
幸福になりたければ、この逆をすればいい訳で、現在の自分よりも劣った生活条件の人を見て、現在の自分の恵まれている点を再確認(実感)するのも一つの方法です
社会全体の幸福度を上げるには、生活水準を少しずつアップさせるのが良さそうです
幸福度には、生活水準グラフの高さより傾きが重要です
高度成長期(1955~1972年)の日本人は、現在の日本人より貧しかったけど、たぶん今より幸福でした
空から爆弾が降ってこない、強制的に戦場に送られたりしない、とりあえず今日の食べ物がある、それだけで幸せな気分になれる感受性の持ち主が、いっぱいいました
さらに、昨日より今日、今日より明日が良くなるという、強い確信がありました
豊かで成熟した先進国より、貧しい発展途上国の方が、たいてい幸福度が高いのは、この辺に理由がありそうです
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ブータンは発展途上国ながら、2013年には北欧諸国に続いて幸福度が世界8位となり、「世界一幸せな国」として広く知られるようになった。
ブータンでは、国民が皆一様に
「雨風をしのげる家があり、
食べるものがあり、
家族がいるから幸せだ」
と答える姿が報じられたのを覚えている人もいるだろう。
しかし、ブータンは2019年度に幸福度が156か国中95位にとどまって以来、幸福度ランキングには登場していない。
「かつてブータンの幸福度が高かったのは、
情報鎖国によって他国の情報が入ってこなかったからでしょう。
情報が流入し、他国と比較できるようになったことで、
隣の芝生が青く見えるようになり、
順位が大きく下がったのです」
それまで幸せを感じていたのに、人と比べ始めたとたんに、幸福度が下がった訳だ。
登場人物は4人だけ
舞台セットはボロ小屋ひとつ
非常に製作費が安そうな映画だが
奇妙な謎に引き込まれる
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米国の人里離れた森の中で、夫とドライブ中にガス欠になり、ガソリンを買いに行った夫を待つサマンサ。
同じように車のトラブルで立ち往生している男性のトムに遭遇し、無人の小屋で一緒に夫を待つことにした。
そこにもう一人、ジョディと名乗る不良っぽい女が現れる。
寒さと飢えに震えながら、3人は奇妙なことに気づく。
何度森に出ても、キャビンに戻ってきてしまう。
さらには、3人それぞれが認識している現在地や時代が全く違う。
▲開業当時の品川駅 東京湾の海岸スレスレ
現在、駅周辺の再開発やリニア始発駅の建設で、激しく変貌しつつある品川駅です
その開業は明治5年(1872年)ですから、来年で開業150年になります
日本で最初に開業した鉄道駅で、開業当時は「品川停車場」と呼ばれていました
幕末に徳川幕府軍と明治政府軍が戦った戊辰戦争
その戦いが終わったのが明治2年ですので、そのわずか3年後には鉄道の営業運転が始まっていますから、当時の社会変動の速さが分かります
今でも品川駅の近くには「旧海岸通り」という道路がありますが、埋め立てのせいで、海岸などどこにも見えません
品川駅なのに品川区ではなく港区にある
品川駅の南に北品川駅がある
巨大駅なのに地下鉄が通ってない
など、いろいろ話題豊富な駅でもあります
これらにはそれぞれ歴史的な事情があり、鉄道の歴史に関心がある人たち(歴鉄)の興味を引いています
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▲現在の品川駅
近所にラム(羊肉)のお店が出来てました
最近リバイバルしている往年の人気ドラマ
東京ラブストーリー
にうまく便乗して
東京ラムストーリー
(^_^;)
▼平成バージョン バブルムードたっぷり
▼大ヒットした主題歌
▼令和バージョン 平成版を超えるのは無理かな?
小室問題の核心は、この小室佳代という女の強烈なウサン臭さにあるように思います
知人からの借金を返さないのは民事事件だし、今回の刑事告発が仮に事実だとしても、どちらかと言えば微罪です
息子の小室圭さんは、多少のヤンチャ時代があるにせよ、一流大学であるICUに合格し、英語も堪能で、米国の法科大学院で学び、弁護士を目指している
それなのに日本国民が小室問題にここまで過敏な反応を示しているのは、この小室佳代という女の持つ、強烈なウサン臭さが原因としか思えません
平気でウソをつく、平気で約束を破る、悪事を指摘されても開き直る、恩を仇で返すなどという、日本人が最も嫌う、最も軽蔑するものの臭気が、この女の周辺には充満している
このまま進むと、こんな女と皇室が縁続きになる訳ですが、そんな事態は、日本人として絶対に耐えられないという嫌悪感です
すでに事態は、小室佳代が望んでいる方向へ進んでおり、止めるのは不可能な状況です
日本国民の皇室に対する信頼感が、大きく損なわれるのは避けられないでしょう
天皇の地位が、「日本国民の総意に基づく」ことを考えると、由々しき問題です
日本国憲法 第1条
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。
弱肉強食の国際社会を考えれば、ある国家の統合が緩み、内部分裂の兆しが生ずるということは、周辺の「仮想敵国」が大喜びする事態であるのは間違いありません
(;´Д`)
秋篠宮家の長女・眞子さまと小室圭さんの結婚会見が10/26に迫るなか、10/6、小室さんの母・小室佳代さんが詐欺罪で刑事告発された。
あるジャーナリストが東京地方検察庁に告発状を提出したのだ。
「告発状は、受け取りが拒否されることもありますが、今回は拒否されてはいないので、第一関門は突破しています。次の関門は受理されるかどうか。受理されれば、本格的な捜査が始まることになります。眞子さまの“フィアンセ”の母親が捜査対象になれば、前代未聞の事態です」(全国紙記者)
そもそもなぜ、小室佳代さんは刑事告発をされるにいたったのか。
そこには2つの大きな疑惑がある。
まずは遺族年金の不正受給疑惑だ。
小室佳代さんは夫の敏勝さんを2002年に亡くし、その後は遺族年金を受給してきた。
しかしその間、元婚約者のAさんから金銭的なサポートを受けていた期間がある。
「小室佳代さんはAさんと婚約していました。当時、彼に送ったメールの中で、“夫の遺族年金を受け取っている間は、Aさんと事実婚状態であることは秘密にしてほしい”といった主旨の内容があったことが報じられています。夫との死別後に別の男性と生計を共にするようになれば、遺族年金の受給対象から外れます。しかし小室佳代さんは、Aさんから援助を受けながら遺族年金も受け取るべく、事実婚であることを隠し通そうと、Aさんに口止めを促すメールを送っていたというのです。これが遺族年金の不正受給に当たるのではないか、と指摘されています」(皇室記者)
もう一つは、傷病手当金の不正受給疑惑だ。
小室佳代さんは老舗洋菓子店の正社員として働いていた2018年頃、“適応障害”を理由に、勤務を休んでいた時期がある。
「この際に、勤務先の洋菓子店が加入する『東京都洋菓子健康保険組合』に傷病手当金の給付を申請して受理され、約1年半にわたって給付を受けていました」(前出・皇室記者)
ここまでは労働者の権利だが、問題は、傷病手当を受けながら、他の店で働き報酬を得ていた疑惑があることだ。
報道によれば、知人が経営する長野・軽井沢のレストランで住み込みで働いていたとされる。
軽井沢は夏がシーズンで、夏が終わると自宅に戻っていたようだが、また翌夏には戻ってきて働いていたという。
仕事はバックヤードが中心だったが、ホールに出ていたこともあるとの証言も報じられた。