遺伝子解析1万円

 

筆者:渡辺千賀(わたなべ・ちか)

2013年5月17日  読売新聞

以前、「ゲノム解読巡る野望」(1月16日)でご紹介した、ゲノム解析ベンチャーの23andMeは、誰でも1万円ほどで自分の遺伝子を解析してもらうことができるというサービスです。

私も早速申し込み、送られて来た容器に唾液を入れて郵送。

2ヵ月ほど待ったところで「結果をウェブで見ることができます」 というメールが来たのでアクセスしてみました。

 

 

情報は膨大、「それがどうした」

解析結果情報はかなり膨大です。これまでに発表された様々な研究で「Aという遺伝子の人は、Bになりやすい」という傾向がわかっているものについて、私の遺伝子がどのタイプかを綿々と列記してあります。解説情報まで含めるとたいへん長大で、分厚い専門書1冊分は優にあるはず。 さまざまな病気のなりやすさ、薬の効き具合、特徴(アルコールを飲んで赤くなるか、など)、先祖の発祥地などに加え、50を超す遺伝病の素因があるかどうかもわかります。

ただし、現在の科学では「A→B」の因果関係についてまだ決定的にわかっていないものも多いのですが、そうしたものも「信頼度低」という但(ただ)し書きで結果が表記されています。(どれくらい信頼度があるかは、それぞれの傾向について星1つ~4つで表記されています)。そして、「信頼度低~中」という結果が多数。もちろん、中には因果関係がかなり高い確率で立証されているものもあるのですが、それでも「平均的に0.3%の確率でかかる病気に0.9%の確率でかかる」といったものが多く、「だからどうした」という感じ。 しかも、ほとんどの結果が「ヨーロッパ系の人種に限る。アジア人の傾向は不明」となっています。

 

中には悩ましい情報も

とはいえ、中にはかなり重大な情報もちらほら。たとえば、 アルツハイマーの最強遺伝リスクとして知られるApoEと呼ばれる遺伝子の配列も見ることができます。(こうした「因子があったらそれなりに衝撃、しかも予防法も治療法も無い」というような一部の遺伝情報に関しては、その重要性情報を読んだ上で「本当に知りたい」というボタンをクリックしないと開かないようになっています)。遺伝病を含め、このあたりは実際に因子があったら悩ましいところ。独身だったら、将来結婚する時に相手に伝えるべきか。 自分の子供の結果だったら、果たしてそれを本人に伝えるべきか。
99.9%東アジア人という瞠目(?)の結果

私の結果の一部を開示しますとこんな感じです。

o 99.9%アジア人(残りの0.1%は不明)
o アルコールを飲んでも赤くならない
o 耳垢(あか)は乾いている
o 目は茶色
o 髪の毛はちょっとカーリー
o カフェインの代謝が遅い

……「知ってます」という結果ばかり。変わったところでは、

o アスパラガスの代謝後物質の臭いがかげる

という結果もありました。なぜかアメリカ人は「アスパラガスを食べた後は尿が独特な臭いになる」ということにこだわりがあり、「臭う」「臭わない」で論争があるのですが、遺伝的にその臭いに敏感な人とそうでない人がいるという発見があった経緯があります。「だからどうした」ですが。

もうちょっとシビアなところでは、こんな結果もありました。

o アルツハイマーになる確率が平均値の1.98倍
o 1型糖尿病になる確率が平均値の3.71倍
o しかし2型糖尿病になる確率は平均値の62%
o 加齢黄斑変性(老人の失明の原因になる病気)になる確率が平均値の14%
o ヘロイン中毒になりやすい

1型糖尿病はいまさらならなそうな気がするので、アルツハイマーに気をつけたいと思います。

 

当たるも八卦、当たらぬも八卦

総合しますと、現在のところ、23andMeで検査をする意味があるのは、
o かなり遺伝に興味がある
o 特定の遺伝病の因子の有無を知りたい
o ヨーロッパ系人種

というところかと思います。私自身の最もクリティカルな発見はアルツハイマー因子ですが、これについては祖母が一人罹患(りかん)していたので、遺伝子検査をするまでもなくリスクがあることはわかっていました。たとえヨーロッパ人種でも、23andMeでわかるのは「当たるも八卦(はっけ)、当たらぬも八卦」的な内容がほとんどです。

 

狙いは「発見」

しかし、23andMeの狙いは「検査」ではなく「発見」にあるようです。彼ら自身がユーザーを使ったリサーチを進めており、「23andMeのリサーチに検査結果を使ってよい」という承認を与えると、様々なアンケート調査に回答するよう促されます。この病気になったか、あの病気になったか、 酒は飲むか、煙草(たばこ)は吸うか、泣き上戸か、兄弟姉妹はいるか…と、それはもう無限に質問があります。23andMeのユーザーが大量になれば、このアンケートと遺伝子の相関を調べることで新しい「遺伝的関連性」がわかるというもの。さらに、この発見をベースとした遺伝子治療が見いだされれば、この情報の価値は非常に大きなものになります。

とはいえ、そこに至るには「大量のユーザの検査データがたまる」→「多くのユーザが調査参加を承認する」→「多くのユーザがアンケートに回答する」→「ゲノムのどの部分が、どんな病気・特徴に関連しているか特定できる」→「それをターゲットとした治療法ができる」という長い長い「わらしべ長者」の道が待っています。まずその第一歩として、破格の99ドル(約1万円)という価格でゲノム解析を提供、「大量のユーザ」を得ようとしているのが現状ということでしょう。

 

見つかった?「5番目のいとこ」

とりあえず現段階での23andMeユーザである私の直面する問題は、「私とあなたは5番目のいとこ)らしい」と23andMe内で連絡をくれたシンガポールの人に返答するか否か。ちなみに、first cousinは普通のいとこ、second cousinは、はとこ(いとこの子供同士)。fifth cousinはコンタクトを取って何か新しい発見のある相手なのかどうなのか。悩ましいところです。

 

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筆者:渡辺千賀(わたなべ・ちか)

東京大学工学部卒、米スタンフォード大MBA。

三菱商事勤務などを経て、米シリコンバレーでコンサルティング会社Blueshift Global Partnersを経営。

ITの戦略立案などに携わるほか、共同で設立したNPOのJapanese Technology Professionals Associationを通じて、シリコンバレーで活躍する日本人のネットワーク強化にも取り組む。

ブログ「ON,OFF AND BEYOND」を執筆中

 

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