ちょっといい話

上野東京ライン

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 日本の鉄道は 本当に素晴らしいんですけど

  地方の各駅停車が だんだん減ってきているのが

 青春18きっぷファンとしては 少々残念です  (^_^;)

 

日本を定期的に訪れている筆者(英国人 Colin Joyce)は数年前、都内に「上野東京ライン」という新しいJRの路線ができたことに気がついた。

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上野駅と東京駅はすでに結ばれていなかったか? そう思い、やや困惑した

なるほど、それは都心を走り抜け、5つの都県を一度も乗り換えることなく縦断できる路線であることが分かった。

複数の路線を結ぶ難しい事業を見事に成し遂げたことで、乗客の利便性は高まり、世界最先端の日本の公共交通はさらに良くなった。

南北270キロメートルにも及ぶ鉄道路線の名称に、徒歩で行き来できる都心の2つの駅名を使うのは、かなり控え目な名称に思えた。

しかし、それこそ日本人が自分たちの大きな業績を正しく評価しない、「平成」という時代の典型だった。

平成で成長した日本サッカー

同世代の日本人と違い、筆者は平成以外の日本を知らない。

1992年に英国から来た私には、バブルの記憶も、昭和への郷愁もない。

平成時代に対して日本人の多くが抱く「停滞」さらに言えば「後退の時代」という見方を理解しつつも、自分でそう感じることはなかった。

私は、自分が出会ったこの国に深く感銘を受け、特筆すべき改善する力や、遅れを巻き返す能力に目を見張っていた。

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後者の例として挙げられるのはサッカーだ。

私が学生として神戸に初来日した当時、日本はサッカーの「へき地」だった。

しかし、1993年のJリーグ発足は日本を強豪国へと押し上げた。

日本代表は実力をつけ、国内リーグの人気は高い。

スタジアムは素晴らしく、サポーター層も磐石。

欧州に渡ってトップリーグでプレーできるようになった選手もいる。

関西を代表するクラブチームといえば「ガンバ大阪」。

1993年当時、そう思っていたことを覚えている。

大阪にもう1つ、さらに神戸、京都にもクラブができる余地があるなど想像もしなかった。

これはすべて一世代の間に起きたことだ。

おっと、2002年に日韓が共催したワールドカップ(W杯)の成功に言及し忘れるところだった。

複雑な直通運転の謎

日本について語り出すと、申し訳ないが鉄道の話が止まらなくなる。

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運賃が高く、時刻表は当てにならず、腹立たしいほど遅れがちで、運休することもある(そして休暇シーズンには代行バスに切り替わる)英国に比べ、日本の鉄道の旅がどんなに素晴らしいか、皆に伝えたくて仕方がない。

来日当時、この国の鉄道システムはすでに十分素晴らしかった。

北は盛岡、南は博多までしか新幹線が延びていないのは当然のことと受け入れていた。

日本の大部分がカバーされていると感じたし、そこから先に行きたければ、特急列車に乗り換えるか、最初から飛行機を利用すればいいと考えていた。

都内を電車で移動するにも、JR山手線を乗り降りして私鉄のターミナル駅間を行き来するのをわずらわしいと思ったことはなかった(何しろ山手線は3分おきにやってくる恐るべき電車だ)。

しかし、そこに「上野東京ライン」が登場した。

他にも直通運転の路線が増えた。

電車に乗ったら途中で別の会社が運行する路線に変わり、その先はおそらくまた別の会社が運行している。

技術的な問題をどう解決したのかは言うまでもなく、運賃をどう分け合っているのか、どの会社が運転手に給料を払っているのか、私にはまったく見当もつかない。

1つではなかった本州と四国を結ぶ橋

1988年に開通した瀬戸大橋も偉業だと感じた。

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行きは電車、帰りは大型トラックをヒッチハイクして橋を往復した。

そして英国に住む家族に、5つの島にまたがるこの驚くべき「2階建て橋」について手紙を書いた。

日本は本州と四国を結ぶ橋を完成させた──。

当時はそれで終わりだと思い込んでいた。

もう1つの連絡橋プロジェクトが進行していた事実に気づかなかったのは、そのせいだろう(後に3つ目の橋建設も始まる)。

恥ずかしいことに、神戸から四国まで、岡山を通らずバスで行けたことに驚いたのはそれから10年後のことだ。

同じく東京湾アクアライン連絡道の建設も、2003年ごろ飛行機から見るまで気づかなかった。

橋梁部がトンネルに変わって海中にもぐる部分が、なぜ水であふれないのかはいまだに謎だ。

「平成日本」は総じて安定

平成の30年間に日本が直面した深刻な問題を、軽んじるつもりはない。

自然災害、政財界のスキャンダル、増大する政府債務、終身雇用の崩壊と非正規労働者の増加、高まる自殺率、少子高齢化など枚挙にいとまがない。

いずれもこの国が解決しなくてならない重大な問題であり、日本で記者をしていた頃は、深く憂慮しながら取材をした。

しかし、平成日本に暮らした1人として、この国の社会は総じて安定しており、回復力と対応力を備えているとも感じていた。

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経済危機が、ロンドンで起きた暴動のような社会の不安定化につながらなかったことをうれしく思っていた(私が物心ついてから、大きな暴動だけでも4回起きている)。

最後にもう1つ、日本で不思議だったのは外国人観光客が少ないことだった。

英国は、1990年代初めまでに年間2000万人の観光客を受け入れていた。

卓越した観光資源と交通インフラを備えた魅力的な国であるにもかかわらず、日本の実績は明らかに実力を下回っていた。

今はそれがどうなったか。私がここで話すまでもないだろう。

筆者 コリン・ジョイス(Colin Joyce)

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英エセックスを拠点に活動するジャーナリスト。

オックスフォード大学卒業後、日本語を学ぶため1992年に来日。

埼玉県の高校で英語を教えた後、週刊誌ニューズウィーク日本版に4年間、英紙デイリー・テレグラフ東京支局に7年間勤務した。

15年に及ぶ日本での生活をもとにした「『ニッポン社会』入門──英国人記者の抱腹レポート」(NHK生活人新書)、「マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの<すきま>」(同)などの著書がある。

*本コラムは、ロイターに掲載され、筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

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 英国人でコリンと言うと

  どうしても、コリン・ウィルソン

 思い出してしまいます  (^_^;)

 

益川教授引退「読書やクラシック音楽を楽しみたい」

WS000 京都産業大学は3月20日、2008年にノーベル物理学賞を受賞した益川敏英教授(79)が3月31日付で退職すると発表した。

2009年に設置された同大の教育・研究機関「益川塾」の塾頭も同日付で退き、同塾は廃止される。

年齢や体力を理由に退職の意向が示されたという。

4月1日付で名誉教授の称号を授与する。

益川敏英教授は

「若い人には夢中になれることを探してもらいたい。指導する立場にある人には、若い人を正しく導いてもらいたいと思う。これからは、大好きな読書やクラシック音楽を楽しみながら、ゆっくりと過ごしたい」

とのコメントを発表した。

山潤さんのホルン演奏


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 娘さんと一緒に ホルンの演奏

  まさにクラオタ・ファミリーですね  (^_^;)

 

「ありがとう」の反対語は?

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ありがとうの語源はご存知の通り、形容詞「有り難し(ありがたし)」の連用形「有り難く(ありがたく)」がウ音便化し、ありがとうとなりました。

「有り難し(ありがたし)」は、「有る(ある)こと」が「難い(かたい)」という意味で、本来は「滅多にない」や「珍しくて貴重だ」という意味を表しています。

それでは、「ありがとう」の反対語は?「当たり前」です。

毎日の生活で、特に「当たり前」と思っていることを振り返ってみましょう。

「当たり前」と思っていることが、たくさんの人に支えられて成り立っていること、身近な家族のおかげで可能になっていることに気が付いた方は、今、ワンランク上の視点を獲得しました。

3月9日は、「ありがとう」の日(サンキュー=39の日)

「ありがとう」にまつわるよもやま話、始まります。

今日1日で「ありがとう」って言ったことあった⁉言われたことあった⁉

「ありがとうと言ったこと、ありがとうと言うべきことをしていただいたこと」

「ありがとうと言われたこと、ありがとうと言われるべきことをして返したこと」

「迷惑をかけて誰かにサポートしてもらったこと、許してもらったこと」

今日1日で、あったことを何か一つずつでよいので思い出してください。

私たちは、何かしら人とつながりながら毎日生きています。

このように、東洋的心理療法の一つに「していただいたこと」「して返したこと」「迷惑をかけたこと」をひたすら思い返す方法があります。

これは浄土真宗の「見調べという精神修養法をベースにしています。

毎日「見調べ」をくりかえすことは、自分と周囲の関係を理解し、人への安心感や信頼感を増したり、自分の責任感が増したり、意欲的な活動につながるとされています。

特に友達や家族はいつも一緒にいることがあまりにも「当たり前」だったので、「ありがとう」という言葉を一番言わない相手だったかもしれませんね。

言わなくても当然と思っていることも、ただひとこと「ありがとう」と言葉にすることで、その人との関係が感謝に満ち溢れ助け合っている絆を認識しあうことができます。

「ありがとう」の一言が、やる気や安心感につながるというのは面白いですね!

人生で感謝していることリスト」を作ってみたことがありますか?

こちらは、「人生がうまくいくシンプルなルール」の筆者でもあり、スタンフォード大学の心理学者ケリーマクゴニカル教授が、新年が来る前にこのリスト作成をおすすめしています。

面白いことに、リストアップをしていくと、実は自分の中で大事にしたいことが明確になっていき、将来の目標や優先すべきことが、形になって見えてきます。

また、その感謝すべき環境をつくりだしている人間関係についてどうしていきたいのかもはっきりしませんか?

ちょうど4月から新年度、新学期がはじまる準備の月が3月です。

忙しい月でもありますが、少し立ち止まって考えてみませんか?

「ありがとう」は照れくさいという方は、なんていう⁉

それでも、「ちょっと照れ臭いな」なんていう方、日々、使う言葉にも感謝がもりこまれている言い回しありませんか?

あなたのまわり人とのつながりが広くいつも輝いて見える方は、そんな感謝の言葉のバリエーションをたくさんもっていることが多いですよ。

気になる方の「感謝の伝え方」に注目してみるのもいいですね。

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「すごくたすかる!」

「恩に着るよ!」

「感謝!」

「いつもおつかれさま」

「お礼に●●するよ!」

「〇〇さんが一緒でよかった」

「もう〇〇さんには足をむけ寝られないな」

「お礼をいうね」

「おかげさまで、なんとかなったよ」

輝いている方は、相手が、気遣いや好意をもってやってくれたことに対して、一言、さりげなく感謝の言葉を付け加えている方が多いことと思います。

そのような方と仕事をすること、その方と一緒にいることは、気持ちのよいことですので、よい関係がはぐくまれていくのかもしれませんね。

このような感謝の言葉のシャワーで、周囲や相手との関係の芽を大事に育てていくイメージをしてみてください。

いつか芽が成長し美しい花を咲かせたり、大きな木々に育ったりしてくれそうですね。

改まっては照れ臭いけど、シンプルに「ありがとう!」をしょっちゅう言葉にする習慣をつけてみませんか?

思ったより簡単で、率直にたくさんのことを伝え、相手とよい関係を作り出す素敵な便利フレーズです。

また、例え相手が自分に対して何もしていなくても「おかげさまで」を使うのは、「巡り巡って相手に支えられている」という日本独自の文化に由来しているのでしょうね。

あなたも「ありがとう」の言葉のリレーで、人と人をつないで幸せ上手になりませんか?

 

アレクサンドロス大王の墓ディオゲネス

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長くもどかしい発掘の最終日、カリオペ・リムネオス=パパコスタ氏はもう帰るつもりだった。

エジプト、アレクサンドリアの中心部にある公園「シャララート・ガーデン」で、ギリシャ人考古学者の彼女が発掘調査を始めてから、もう14年が過ぎていた。

目的は、ファラオになった古代の征服者にして、この街の名前のもとになった人物、アレクサンドロス大王の痕跡を探すことだ。

しかし成果はなく、時間切れが迫っていた。

そのとき、穴の中にいた助手たちが彼女を呼んだ。

土から白い大理石のかけらがのぞいていると言う。

それまでの発掘状況に落胆していたパパコスタ氏だが、白い石の輝きを目にして、希望が湧き上がるのを感じた。

「祈っていました」

と彼女は振り返る。

「ただの大理石のかけらではありませんようにと」

祈りは通じた。

遺物は、アレクサンドロス大王のあらゆる特徴を備えたヘレニズム期初期の像だと判明した。

これが大きな励みとなり、気落ちしていた考古学者は発掘を続けることになった。

詳細はここをクリック

Diogenes Of Sinope in wine barrel with dog and Alexander the Great Original edition from my own archives Source : Illustrierte Geschichte 1880

「何か望みがあれば、余がかなえてあげる!」と言ったアレクサンドロス大王に対して

 「日陰になるから、そこをどいてくれないか?」とだけ望んだディオゲネス

二人は親子以上に歳が離れていたが 同じ日に死んだと言われています  (^_^;)

ディオゲネスのエピソード

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この絵は額に入れて 部屋にかけてます  (^_^;)

地球防衛軍ポインター号

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04221603_5719ccaf2569d「ウルトラセブン」には小田急線がよく似合う。

製作した円谷プロダクションが小田急沿線にあったことから沿線各地で撮影が行われた。

ロマンスカーの車内に宇宙人が出現したこともある。

さて、ここに地球防衛軍の「ポインター号」とロマンスカーが一緒に映っている写真がある。

ウルトラセブンが放送された1967年ごろの写真のようにも見える。

しかし、この写真が撮影されたのは実は昨年9月。

よく見ると、映っているロマンスカーはNSEではなく、その後に登場したLSEである。

では、ポインター号は?

どう見ても本物そっくりなのだが、実はファンによる自作である。

詳細はここをクリック

 

中目黒スタバ

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 今春の東京のお花見で

  一番の名所になりそうですね  (^_^;)

 

ここは工場なのか、はたまた高級ホテルなのか――。

コーヒー豆を作る製造工場とホテルのラウンジが融合したような不思議な空間が広がる。

上を見上げると、巨大なロースター(焙煎機)で煎られた豆が、建物内に張り巡らされたパイプの中をぐるぐる流れていく。

スターバックス コーヒージャパン(SBJ)は2月28日、東京・中目黒に

スターバックス リザーブ ロースタリー 東京」を開店した。

同店は、これまでの店舗と全く異なる新しい“体験型”の店舗。

最大の特徴は、生豆からコーヒー豆ができる過程をライブ感覚で眺めながら、その豆を使ったオリジナルドリンクが味わえるところだ。

豆を触ってみたり、香りを嗅いだり、五感でコーヒーを体験できる。

4階建ての建物の吹き抜け部分は、高さ17メートルの豆の貯蔵庫がある。

ここで作られたコーヒー豆は袋詰めされ、全国のスターバックス店舗に送られる。

こうした焙煎機を併設したロースタリーと呼ばれる旗艦店は、シアトルやミラノ、上海、ニューヨークに続き世界で5番目の出店となる。

提供されるコーヒーも他店舗では飲めない限定商品が多い。

例えば、バーボンウイスキーの樽の中で熟成された豆を使った「バレルエイジド ゴールド ブリュー」(1200円、税抜き以下同)や、メープルシロップとレモン果汁を使った「カスカラ レモン サワー」(1200円)など、手の込んだカクテルのようなコーヒーだ。

建物の2階には「ティバーナ」というお茶専門のバーがあり、日本茶や紅茶、中国茶を使ったドリンクも楽しめる。

日本酒のグラスに注がれた玉露茶などを提供し、インバウンド(訪日客)の需要も取り込む構えだ。

詳細はここをクリック

 

三浦大知「歌声の響き」

2月24日、歌手の三浦大知(31)が「天皇陛下御在位三十年記念式典」で、天皇陛下がご作詞、皇后陛下がご作曲された『歌声の響き』を歌唱し、話題となっている。

午後2時より東京・国立劇場で行わた式典で、沖縄出身である三浦は『歌声の響き』を記念演奏として披露。

同曲は沖縄周辺の島々に伝わる八・八・八・六の音数律をもつ定型詩である琉歌で、天皇陛下が1975年に初めて沖縄を訪れ、名護市のハンセン病療養所を訪問したことがきっかけで詠んだ歌だという。

同式典は、NHK総合、テレビ朝日、またインターネットで生中継が行われ、三浦の歌唱が終わるとネットでは大反響。

TwitterやYahoo!のトレンドランキングに「三浦大知」「大地くん」がランクインした。

ネットでは

「歌声も演奏も素晴らしかったです。もぅ…言葉にならない」

「正座して聴きました。感動!鳥肌立ちました!式典の雰囲気を崩さずに、尚且つ三浦大知のスタイルも崩さずに、本当に人間性が滲み出ててた。日本の宝です」

「素晴らしい歌唱 感動を有り難うございました 同じ時代に生まれて良かったぁ」

と三浦の歌声に称賛の声が殺到している。

 

東京音大 中目黒キャンパス

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東京音楽大学の中目黒・代官山キャンパスで竣工式が行われました。

野島稔学長:

すばらしいキャンパス・音楽ホールがここに完成しました。

音楽を通じた人間形成、教養教 育など、これからの音楽大学のあるべき姿とは何かを一所懸命考えています。

自分の中で響いた音楽を人と共有 していくためのコミュニケーションがいかに大事かを、地域の方々との音楽を通じた自然なコミュニケーション の中から学生たちに実感してほしいと思います」と挨拶しました。

なお、開校記念式典は 5 月 18 日に行われる 予定です。

詳細はここをクリック(PDF)

 

なぜ日本語で小説を書いたのだろう?

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▲イラン人作家、シリン・ネザマフィ

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 日本語を母国語としない人が

  日本語で小説を書いて芥川賞候補だそうです

 なんだかうれしいような

  ショッキングのような  (^_^;)

 

日本語で小説を執筆し、2度にわたり芥川賞候補に選出された。

彼女が紡ぐ物語には、世界の不条理と対峙し、迷い苦しみながら、儚くもどこかへと流されてゆく個人の姿がしきりに描かれる。

ネザマフィがあえて母国語を用いずに、この普遍的な題材に挑戦し続けるのはなぜなのだろうか?

  「この作者は、なぜ日本語で小説を書いたのだろう?」

彼女の物語を読んだ読者の多くは、そんな疑問を抱くだろう。

あるいは本の奥付にある彼女の略歴を一読して、「本当は日本人なのでは?」と疑う読者すらいるかもしれない。

それも無理はない。小説家、シリン・ネザマフィは、言葉の壁など微塵も感じさせないスマートな文体で日本語を操り、物語を構築して見せる“外国人作家”なのだから。

2009年に発表した代表作『白い紙』は、第198回文學界新人賞を受賞。

その後も精力的に創作を続け、2度にわたって芥川賞候補にも選出された。

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