バイオリンやビオラ、チェロにコントラバスといった「バイオリン属」の楽器は、伝統的に楽器のボディ表面に「F」の文字をかたどった開口部のFホールを持っています。
このホールの形状は17~18世紀ごろに確立され、それ以降はほぼ形を変えずに受け継がれてきたのですが、なぜその形状になったのか、そしてその実際の効果がどのようなものなのか、科学的に検証した論文が発表されています。
芸術と科学の接点ですね (^_^;)
Why Violins Have F-Holes: The Science & History of a Remarkable Renaissance Design | Open Culture
http://www.openculture.com/2016/01/why-violins-have-f-holes-the-science-history-of-a-remarkable-renaissance-design.html
エレキギターやシンセサイザーなど、20世紀中盤から発達した電気楽器(または電子楽器)のように電気の力を借りて大きな音を再生できる楽器とは異なり、 弓でこすった弦の振動をボディで共鳴させるバイオリンなどの弦楽器は、その進化の中で「いかに音を大きく鳴らすか」ということが進化の狙いの1つとされて きました。そんな進化の過程で生みだされたのが、楽器の表面部分にある「表板(おもていた)」に「サウンドホール」と呼ばれる開口部を設けるという方法です。このサウンドホールは長い楽器の進化の中で次第に形状が変化し、現代のようなFホールにたどり着いたといわれています。
Fホールは表板を上から見て左右対称に配置されており、その間に4本の弦が張られるようになっています。このFホールの位置は実は厳密に定められており、 よく見ると弦を支える「駒(こま)」の位置とFホールの中心部分にある短い横棒の位置がほぼ一致していることがわかります。
このFホールの伝統は、同じ弦楽器に分類されるギターの一部のモデルにも受け継がれています。しかし、ギターが次第に電気の力を借りるようになると、Fホールは「音量をかせぐため」という本来の目的よりも、デザイン的な要素が強まっているともいわれています。
バイオリンにおけるFホールの歴史をたどると、その起源は10世紀ごろに使われていたバイオリンの先祖「fithele」にたどり着くと考えられていま す。fitheleは後にバイオリンを意味する「フィドル(Fiddle)」の語源にもなった楽器で、以下の図のいちばん左のように、表板の左右に円形の サウンドホールが設けられていました。その後、サウンドホールの形状は丸形から半円状、「C」の字へと変化し、さらに上下端を丸くかたどったものに変化。 そして前後長が長くなり、細くなったCの字型を経て、現在のF字型へと変化してきたと考えられています。
現代のバイオリンの形状を確立したのは、17世紀から18世紀ごろにバイオリン造りを行っていたイタリアのアマティ家やストラディバリ家、グァルネリ家な どの一族であると考えられていますが、F字型の形状に落ち着いた理由を、「クレメンタイン(小さなミカン)」の皮を用いて説明している人もいます。以下の ムービーでは、普通とは違った方法で皮をむくと、皮がまるでFホールのような形状になる様子を見ることができます。
バイオリンのFホールを説明するのに、なぜか皮を手に持つムービー作成者。
ムリムリッと皮をむき出しましたが、どうやら放射状に皮をむく一般的なやり方とは違う方法でむいている様子。
2個のミカンの皮をむき終わり、おもむろに机の上に並べると……
なんと、Fホールと良く似た皮の形になっていました。これは、Fホールとは完全な形状である球体の表面を効率よく広げ、平面に並べた形であるとする考え方を説明するムービーでした。
「ミカンの皮説」は非常に興味深いものですが、どうやらこれは必ずしも正解とは言えないとする見方が強い模様。実際に1560年から1750年に作られた 470台もの楽器を調査した研究結果からは、Fホールの進化は段階的に、そして着実に起こってきたことが明らかになっています。
研究を行ったマサチューセッツ工科大学(MIT)の音響技師、ニコラス・マクリス教授らの研究チームと、バイオリン製作者のローマン・バルナス氏らが発表した論文ではその変化を「生物進化論」に例え、突然変異による音の変化が自然淘汰によってふるい落とされ、より良い形状だけが最後に残ったものであると結論づけています。
研究チームは、「伝導性の一時比例性(linear proportionality of conductance)」と「サウンドホールの周囲長(sound hole perimeter length)」の間には関連性があることを発見しています。これを言い換えると「サウンドホールの全長さが長くなるほど、より多くの音(エネルギー)が バイオリン本体から外へ放出される」というものになるのですが、これはさらに「サウンドホールが細長くなるほど、失われるバイオリンの表面積が少なくな り、よりフルサウンド(完全な音色)を保つことができる」ということにつながっているとのこと。言うなれば、「Fホールは最も効率のよい形状である」とい うことが解明されたとしています。
Fホールの進化論を裏付けるようなエピソードも存在しているとのこと。現在のようなFホールの形状は18世紀ごろに確立されたと考えられていますが、当時 もその形状はあくまで暫定的なものであったと考えられています。その後の19世紀にもサウンドホールの形状には変化がもたらされていたことがわかったので すが、それらの変更によって導かれた変化は人々の支持を受けることができなかったため、次第に廃れて18世紀スタイルのFホールが結果的に後世へと伝えら れることになったそうです。
なお、マクリス教授らが発表した以下の論文では、複雑な計算式や圧力分布シミュレーションを用いてFホールの効率性が論じられているので、音響工学に関心がある人を中心に詳しく読んでみると面白い内容になっています。