7/9~10/20 東京・六本木の国立新美術館
マネ、モネ、ルノワール、ドガ、セザンヌら印象派を牽引した画家たちの作品を始め同時代のコロー、ミレー、クールベ、カバネル、ブグローらの作品全84点 が展覧されるということです。
同時期開催の世田谷美術館「ジャポニスム展」(6/28~9/15)と合わせて観覧すれば、19世紀のヨーロッパ、 とりわけフランスを中心とした絵画の流れを比較しながら総覧できそうです。
オルセー&世田美 世界の二大美術館 (^_^;)
第一回印象派展(1874年)にいたるまでのフランス美術の押さえどころ
そもそも美術は社会を支配していた宮廷や教会を前提に存在していたので、そのあり方は必然的に宮廷絵画や権力者顕彰の歴史画、そしてまた神話世界の宗教画 で、同時にそれらが絵画価値として最上位の位置にありました。
18世紀後半のフランス革命、それに続く19世紀前半の市民革命という時代の変遷を経て、美 術は宮廷や教会の束縛から解放され、次第に作家の視点で捕えられた対象を自由に表現するように発展して行きます。
18世紀後半のフランス革命以降、古代ギリシャローマ時代への回帰的風潮によって「古典主義」が台頭してきます。
パリの数ある凱旋門はその時代の産物で す。
一方で、形式的で模倣的なその古典主義とは正反対に、民族精神の母胎とも言える中世宗教精神を新しい時代に理想化しようとする情熱的理想風潮の「浪漫 主義」が現れてきます。
中世以来の大寺院、例えばパリのノートルダム寺院の復旧や中世イメージの建物が造られました。
産業革命による産業の隆盛で19世紀 前半から中間裕福層が増え、この新興層が好んだものが肖像画と自宅の客間を飾る伝統的絵画で、19世紀中頃は依然として「古典主義」と「浪漫主義」が混在 して幅を利かせていた時代です。
現実の平凡な労働者や物事をそれまでの歴史画のように誇張したり美化したりせずありのままに描こうとした画家が、クールベです。
この現実描写は写実主義と 呼ばれますが、このアプローチも近代化以前の社会には登場しえない切り口です。
当時の社会にはまだまだ認められる状態ではありませんでしたが、次の印象派 が生まれる土台となります。
クールベの考え方は新しいものでしたが、画法は旧来の絵画作法によるものでした。
ありのままの色を描くのではなく、例えば、色や形は明暗で描き、原色を使 うのは下品な時代なので中間色主体で、色と色が接する境界にはさらに中間色を置く、結果的に全体は鈍く暗い画面になって、ことさら色については写実ではな かったのです。
現実の人や物をありのままに描こうとするスタイルのなかで、形式的な色ではなく、光の輝きや明るさ、そして色の純粋さを見たまま感じたままに視覚的印象を重視して描こうとする動きが出てくるのは当然の流れです。
また、19世紀中ごろから実用化され始めた「写真」の出現は、人為的に美化誇張のしようがないレンズで切りとられたそのままの風景の存在を画家達に再認識させたでしょうし、写真では表わせない絵画的表現を指向させたはずです。
マネ
マネの作品と言えば、1863年サロン出品の「草上の朝食」、1865年サロン出品の「オランピア」が有名でともに裸婦が描かれています。
中間色を制御あ るいはなくして色をダイレクトに描き込んだ明るい描写、またつるつるの画面でなく筆のタッチを見せた躍動感のある画面、また裸婦をビーナスのように美化す ることなく日常のひとこまのごとく描く現実的な描写、さらに「オランピア」の娼婦の裸婦や複数の白を描き込み白と黒の対比という色の画面構成、これらはど れも当時の絵画作法を逸脱したもので、当時の画壇からは容易に認められませんでしたが、新しい表現の始まりです。
今回、日本公開となるのは「笛を吹く少年」(1866年)ですが、ここで見られるアプローチは、人物の背景をなくして無彩色系にした点です。
ズボン部分はインパスト(厚塗り)で、立体描写は平塗の上からウェットインウェット(半乾き状態で絵具を乗せる)で描かれています。
コローやクールベの現実描写、マネの明るい色彩やのびやかなタッチ、イギリスの風景画のターナーの光と大気の描写、これらの延長線上に光と色の表現を指向した印象派が誕生します。
コローやミレーに代表されるハルビゾン派
産業革命による社会の目まぐるしい近代化、そして市民革命による自由平等思想という社会的な潮流の中で、都会の騒音を離れた自然風景やそこに暮らす人の情 景そのものを絵画の対象としてありのままに描こうとする画家達が現れます。
パリの郊外のハルビゾンを拠点にしたことから「ハルビゾン派」と呼ばれますが、 社会の近代化の中で登場した新しい自然主義絵画で、例えば農民の生活を情緒深く描いたミレーの作品は、近代化以前の時代には登場しえない切り口です。