キリル・ペトレンコ ベルリン・フィル次期首席指揮者、芸術監督

 

クラオタの皆さんには、旧聞に属するかと思いますが・・・ (^_^;)

 

キリル・ペトレンコ指揮ベルリン・フィルによるスクリャービン“法悦の詩”より

 

6月22日(月)(日本時間午後8時)ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は、サー・サイモン・ラトルの退任に伴う次期首席指揮者、芸術監督にロシ ア(オムスク)出身のキリル・ペトレンコを選出したと発表しました。

僅か3回の共演で世界最高のオーケストラの楽員たちの心を捉えた、指揮者としての優れ た手腕や豊かな音楽性が注目されます。

キリル・ペトレンコは現在はバイエルン州立歌劇場の音楽監督を務めており、ミュンヘンでの公演ではかのカルロス・クライバーと比較された(フォーブス誌の速報記事より)ほどの天才肌で、今後の活躍が期待されます。

昨日のオーケストラの集会で、キリル・ペトレンコがメンバーの大多数により首席指揮者、及びベルリン・フィルハーモニー財団の芸術監督に選ばれました。

彼は、2018年8月にオーケストラを去るサー・サイモン・ラトルの跡を継ぎます。

ベルリンフィルの現首席指揮者サイモン・ラトル氏は今年初め、18年での退任を表明し、誰が後任となるかがクラシック音楽界での大きな話題だった。

ベルリンフィルは団員が首席指揮者を投票で選ぶが、5月に行われた投票では議論が11時間にも及び、異例の先送りとなっていた。

楽団員による首席指揮者選びは、カラヤン氏の後任を選んだ1989年に始まり、今回が3回目。

 

キリル・ペトレンコは以下のように述べました。

「私の感情を言葉で言い表すことができません。

それは幸福感とものすごい喜び、そして畏怖と信じられない気持ちまでの全てです。

私は責任と私への高い期待 に気づいています。

そして、 私はこの偉大なオーケストラにふさわしい指揮者となるよう全力を尽くします。

しかし、私はとりわけ、われわれの激務に報い、意味のある芸術家としての命を 満たす、われわれの音楽作りにおける多くの芸術的な幸福の瞬間を望みます。」

http://www.berliner-philharmoniker.de/en/titelgeschichten/2014-2015/kirill-petrenko-2015/)より抄訳

 

キリル・ペトレンコ(Kirill Petrenko, 1972年~)

ヴァイオリニストの父と音楽学の講師を務める母のもと、ロシア・オムスクに生まれる。

同地の音楽院でピアノを学び、僅か11歳でオムスク交響楽団のソリス トとしてデビューした。

1990年、父親がオーストリア、フォアアールベルク州のオーケストラと音楽講師の職を得たため一家で移り住んだ。

ペトレンコは始 めフェルトキルヒで音楽を学んだが、ウィーン音楽大学に移り指揮法をウロス・ルトヴィチに学び、1991年に卒業した。

1997年にウィーン・フォルクス オパーのアシスタント、リハーサル伴奏者に就任。

1999年から2002年にマイニンゲン歌劇場の音楽総監督に任命され、ショスタコーヴィチの“ムツェン スク郡のマクベス夫人”でデビューした。

2002年から2007年までベルリン・コーミッシェ・オーパーの音楽総監督。

2013年よりケント・ナガノの後 任として、バイエルン州立歌劇場の音楽総監督に就任した。

2015年6月22日、サー・サイモン・ラトルの後任として、2018年からベルリン・フィル ハーモニーの首席指揮者・芸術監督に就任する事が発表された。

 

【ベルリン・フィル歴代常任・首席指揮者】
ルートヴィヒ・フォン・ブレナー(1882年~1887年 常任指揮者)
ハンス・フォン・ビューロー(1887年~1892年 常任指揮者)
アルトゥール・ニキシュ(1895年~1922年 常任指揮者)
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1922年~1945年 常任指揮者)
レオ・ボルヒャルト(1945年 常任指揮者)
セルジュ・チェリビダッケ(1945年~1952年 常任指揮者)
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1952年~1954年 終身指揮者)
ヘルベルト・フォン・カラヤン(1955年~1989年 終身指揮者・芸術監督)
クラウディオ・アバド(1990年~2002年 首席指揮者・芸術監督)
サイモン・ラトル(2002年~2018年[予定]  首席指揮者・芸術監督)
キリル・ペトレンコ(2018年~[予定]首席指揮者・芸術監督)

 

2018年からなのに 2015年のいま決めるとゆーのは

じっくり心の準備をしておけ とゆーこと?  (^_^;)

 

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