▲明治40年ころの新宿駅
1885年(明治18年)に日本鉄道により現在の山手線が開業したのが当駅の始まりである。
4年後の1889年(明治22年)には南豊島郡淀橋町となる。開業時から新宿を副都心にする計画が発表される迄は当駅周辺はまだ街の外れであり利用客は少ないものだったが、大正期に入り次第に市街地が拡大するにつれ、多くの私鉄が乗り入れるようになる。ターミナルとなって周辺が発展するにつれて利用客は増え続け、さらに1960年代から当駅西側一帯で進められた新宿副都心計画によって多くの超高層ビルが建てられ、利用者の増加に拍車がかかった。
そして、1966年(昭和41年)に池袋駅を抜いて乗車人員数日本一になった[1]。同年の当駅の乗車人員数は44万69人で、池袋駅の44万67人をわずか2人上回っての日本一だった。
現在ではJR・私鉄・地下鉄の多くの路線が周辺地域のベッドタウンとを結んでおり、多くのビジネス客が利用する。また、当駅周辺は日本最大の繁華街・歓楽街となっており、昼夜を問わず人の流れが絶えることはない。JRの駅を中心に東・西・南口、周辺の各地下鉄駅、商業施設などが通路や地下街などで広範囲に連絡している。
一日平均乗降者数は346万人と世界一(ギネス世界記録認定)多い駅であり、地下道などで接続する西武新宿駅まで含めると364万人以上になり、この数字は横浜市の人口に匹敵する。