大田市場を歩く

汁パス(東京都シルバーパス)を手に入れた日の翌日7/2の汁パス散歩

私の父は八百屋(青果商)をしていたので、青果市場に毎朝仕入れに行ってました

子どものころ、父に連れられて青果市場を見に行ったことがありますが、大人たちが大きな声でワーワー騒いでいて、「ケンカしてるのかな?」と少し恐かった想い出があります

もちろんそれは「せり」だったんですけど、まだ子どもだったので、何をしているのか理解できなかった

「せり」では、買いたい価格を手(指)で表しますが、これは江戸時代(1730年、今から300年前)の大阪堂島コメ取引所(米会所)始まる長い伝統です

▲大阪堂島コメ取引所

父が通っていた青果市場は、「荏原青果市場」といって、現在の目黒駅と不動前駅の間にありました

脇を目黒川が流れていて、そこに今でも「市場橋」という橋がありますが、かつて青果市場があったなごりです

▲市場橋

ずっと後になって、都内の青果市場を統合する構想が持ち上がり、「荏原青果市場」は他のいくつかの市場と一緒に統合されて、現在の「大田市場」になりました

品川駅から都バスで大田市場に行けるので、汁パスを手に入れた7/2、大田市場まで行ってみましたが、昔の荏原市場の記憶がかすかによみがえり、なつかしかった

大田市場への統合で荏原市場は廃止になり、跡地に今ではオフィスビルやマンションが建ち並んでいます

毎朝通う市場が遠くなった父は、もう歳だったので、八百屋(青果商)をやめて引退しました

もう30年以上も前の話ですけどね

先日亡くなったMくんは、お父さんが移転前の築地市場で魚屋さん(仲買?)をしていたそうです

生前Mくんは年に数回、五反田のNTT病院での診察があったので、ときどき病院の食堂でランチしました

そのとき、お互い親の仕事つながりで、市場の話をしたこともあります

(T_T)

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